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2013年6月 9日 (日)

ローマ6:1-11(1) 洗礼(バプテスマ)の霊的意味

ローマ6:1-11
6:1では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。
6:2断じてそうではない。罪に対して死んだわたしたちが、どうして、なお、その中に生きておれるだろうか。
6:3それとも、あなたがたは知らないのか。キリスト・イエスにあずかるバプテスマを受けたわたしたちは、彼の死にあずかるバプテスマを受けたのである。
6:4すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。
6:5もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。
6:6わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。
6:7それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。
6:8もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。
6:9キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。
6:10なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。
6:11このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。”
(口語訳)

 キリスト者の霊的バプテスマとは:キリストを信じた時、神は、信じた者をキリストの内においてくださいました。キリスト者は、キリストの十字架の死と埋葬と復活をキリストの中で受けたのです。即ち、古き人は、キリストとともに死に、キリストとともに埋葬され、キリストの復活とともに新しい霊として神に対して生きた者として再生されたのです。

ローマ人への手紙6章は、罪に対する裁きやキリストの贖いによる救いが書かれているのではありません。救われたキリスト者は、どのように歩むべきなのか。そのために神は何をしてくださったのか、というようなことが書かれています。ですから、この箇所は、キリストによって罪の刑罰から救われた人でないと体験的に知ることはできません。

<参考聖書箇所>
(1コリント1:30)
“あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。”
“But of Him you are in Christ Jesus, ”(NKJV)
(ヨハネ3:6)
“肉から生れる者は肉であり、霊から生れる者は霊である。”
(2コリント5:17)
“だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。”
(ガラテヤ2:20)
“生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。”
(ガラテヤ3:27)
“キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。”

 

 

 

 

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