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2014年1月14日 (火)

1ペテロ2:16.17 神を敬愛する歩み

2:16自由人にふさわしく行動しなさい。ただし、自由をば悪を行う口実として用いず、神の僕にふさわしく行動しなさい。
2:17すべての人をうやまい、兄弟たちを愛し、神をおそれ、王を尊びなさい。
(口語訳)

 ヨハネ8:31-36で主イエス様は次のように教えられました。
“「もしわたしの言葉のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子なのである。また真理を知るであろう。そして真理は、あなたがたに自由を得させるであろう」。 そこで、彼ら〔ユダヤ人たち〕はイエスに言った、「わたしたちはアブラハムの子孫であって、人の奴隷になったことなどは、一度もない。どうして、あなたがたに自由を得させるであろうと、言われるのか」。
イエスは彼らに答えられた、「よくよくあなたがたに言っておく。すべて罪を犯す者は罪の奴隷である。そして、奴隷はいつまでも家にいる者ではない。しかし、子はいつまでもいる。
だから、もし子があなたがたに自由を得させるならば、あなたがたは、ほんとうに自由な者となるのである。」

 キリスト者は、キリストの故に罪の奴隷から解放されたのです。
ガラテヤ5:1-6でパウロは、「自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。
見よ、このパウロがあなたがたに言う。もし割礼を受けるなら、キリストはあなたがたに用のないものになろう。割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。キリスト・イエスにあっては、割礼があってもなくても、問題ではない。尊いのは、愛によって働く信仰だけである。 」と述べています。

 キリストは、信じる者たちを、罪の奴隷から解放し、律法の奴隷から解放してくださいました。キリストを信じる者たちを、罪からの自由人、律法からの自由人とされたのです。それと共に神様は、キリスト者の心にキリストの御霊を遣わしてくださいました(ガラテヤ4:6.7)から、キリストが父なる神を愛し、父なる神に信頼していたように、キリスト者もキリストの御霊に主権を委ねれば、父なる神を愛し、父なる神に信頼して歩むことが出来るのです。その結果として、神様の御旨、御命令に従った歩みをしていくことが出来ます。

 「すべての人を敬い」とありますが、すべての人は神様の被造物である、という発想が無ければ、敬うことなど出来ないのではないでしょうか。どう見ても「困った」という場合もあると思うのです。しかし、神様が目的をもっておられるとしたら、その時にはわからなくても神様の故に敬うことも出来るでしょう。

 「兄弟達を愛し」とありますが、主イエス・キリストにある兄弟達のことですから、とても価値高いものがあります。キリストがご自身の血をもって買い取られた一人一人なのですから。キリストを愛していたら、もし苦手な人がいたとしても「あの人もキリストが愛してご自身の血を流された方、キリストが愛されている方なのだから私も愛そう。」となるのではないでしょうか。肉の思いが十字架につけられて私たちの内にいてくださるキリストが輝き出るときには、自分でも驚くように自然に苦手な人をも愛することが出来るでしょう。

 「神を恐れ、王を尊びなさい」とあります。
王もすべての人の内の一人です。ですから尊ぶべき被造物の一人です。世の権力者に対して恐れを抱く場面もあると思います。そのような時の為にも主イエス様は次のように語られました。
「からだを殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな。むしろ、からだも魂も地獄で滅ぼす力のあるかた〔神〕を恐れなさい。」(マタイ10:28)と。
しかしながら、キリスト者に対しては、「平和の神ご自身が、あなたがたを全く聖なるものとしてくださいますように。主イエス・キリストの来臨のとき、責められるところのないように、あなたがたの霊、たましい、からだが完全に守られますように。あなたがたを召された方は真実ですから、きっとそのことをしてくださいます。」{新改訳(1テサロニケ5:23.24)}とあるのです。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めて感謝します。
主イエス様の御霊が、わたしのうちに住んでいてくださいますから感謝します。与えられている自由をもって、その御霊にいつでも主権を渡して歩む者であらせて下さい。
ちょくちょく生まれながらの人〔肉の人〕が十字架から降りてしまいますが、肉とその中にある罪Sinとを十字架につけ続けて、御霊によって歩む者であらせて下さい。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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