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2014年7月25日 (金)

1ヨハネ2:18-29 反キリストに引きずられないように

2:18子供たちよ。今は終りの時である。あなたがたがかねて反キリストが来ると聞いていたように、今や多くの反キリストが現れてきた。それによって今が終りの時であることを知る。
2:19彼らはわたしたちから出て行った。しかし、彼らはわたしたちに属する者ではなかったのである。もし属する者であったなら、わたしたちと一緒にとどまっていたであろう。しかし、出て行ったのは、元来、彼らがみなわたしたちに属さない者であることが、明らかにされるためである。
2:20しかし、あなたがたは聖なる者に油を注がれているので、あなたがたすべてが、そのことを知っている。
2:21わたしが書きおくったのは、あなたがたが真理を知らないからではなく、それを知っているからであり、また、すべての偽りは真理から出るものでないことを、知っているからである。
2:22
偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか。父と御子とを否定する者は、反キリストである。
2:23御子を否定する者は父を持たず、御子を告白する者は、また父をも持つのである。
2:24初めから聞いたことが、あなたがたのうちに、とどまるようにしなさい。初めから聞いたことが、あなたがたのうちにとどまっておれば、あなたがたも御子と父とのうちに、とどまることになる。
2:25これが、彼自らわたしたちに約束された約束であって、すなわち、永遠のいのちである。
2:26
わたしは、あなたがたを惑わす者たちについて、これらのことを書きおくった。
2:27あなたがたのうちには、キリストからいただいた油がとどまっているので、だれにも教えてもらう必要はない。この油が、すべてのことをあなたがたに教える。それはまことであって、偽りではないから、その油が教えたように、あなたがたは彼のうちにとどまっていなさい。
2:28そこで、子たちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、彼が現れる時に、確信を持ち、その来臨に際して、みまえに恥じいることがないためである。
2:29彼の義なるかたであることがわかれば、義を行う者はみな彼から生れたものであることを、知るであろう。”(口語訳)

 18節に、「今は終りの時である。」とあります。
色々な解釈があるでしょうが、私は、「終りの時」とは、大まかにですが、イエス様が地上に誕生されてから地上に再臨されるまでの間ではないかと考えます。即ち、教会時代+αです。大患難時代は終わりの時の最後の最後でしょう。
ペテロは、五旬節の時、聖霊の大いなる働きの下、
「2:16 これは、預言者ヨエルによって語られた事です。
2:17 『神は言われる。終わりの日に、わたしの霊をすべての人に注ぐ。すると、あなたがたの息子や娘は預言し、青年は幻を見、老人は夢を見る。
2:18 その日、わたしのしもべにも、はしためにも、わたしの霊を注ぐ。すると、彼らは預言する。
2:19 また、わたしは、上は天に不思議なわざを示し、下は地にしるしを示す。それは、血と火と立ち上る煙である。
2:20 主の大いなる輝かしい日が来る前に、太陽はやみとなり、月は血に変わる。
2:21 しかし、主の名を呼ぶ者は、みな救われる。』」{(使徒2:16-21)新改訳}と説教しました。
2章全体を読むと、聖霊が強力に働かれたことが分かります。当然、それは説教にも及んだことでしょう。
2:17.18は、このペンテコステの日にまず起こりました。ペテロは、自分たちの説教はその表れであると、このヨエルの預言を引用したのです。
ヨエルは、「終りの日」とは記していません。「その後」と記しています。「その後」とは、キリストの復活の後、ということになります。聖霊は、それは、「終りの日」である、と教えてくれたのだと思うのです。
更に、2:19.20は、大患難時代に起こることが黙示録の預言から分かります。即ち、終りの日のどんづまりの時です。ヨエルの預言は、終りの日の極めて初めの頃と極めて終わりの頃を預言しているのだと思うのです。ただし、21節は、イエス様を信じて呼び求めた時に、終りの時代であれば、いつでも救われるのです。「終りの日」の「日」はある一定期間を指します。
また、ヘブル人への手紙1:2には、「この終わりの時には、御子によって、私たちに語られました。」(新改訳)と記されています。
この出来事は、まだ十字架の前のことです。
私たちは、長生きした人でも約120年位ですから、神様の時間がよく捉えられないのだと思います。
人間が造られる前に、地球が創られましたが、地球が創られる前に、天使たちが造られています(ヨブ38:7)。そして、その時代がどのくらい続いたのかは記されていないので分かりません。
人類の始祖アダムが造られてからノアの時代までもかなりの時が流れました。
ノアの時代に神様は裁きをなされました。
ノアの8人の家族から、人類はまた増えていきました。かなりの時が流れ、やがてバベルの塔を作ったことににより、神様に裁かれて、一つの原語で理解しあえていた人類は、多くの原語に分けられてしまうという裁きを受けました。
多くの民族の中から、神様はアブラハムを召し出し、アブラハムと契約を結びました。
アブラハムからモーセの時代までもかなりの時がありました。
モーセからイエス様までもかなりの時があったのです。
神様の一区切りは、この様に結構長いのです。
終りの日といわれる期間が長くても何の問題もないでしょう。
神様の観点から言われているのでしょうから。

 次に、「反キリスト」(18)について考えてみたいと思います。
大患難時代の世界を統治する一人の人を「反キリスト」とよく称します。私もブログにそのように書いてきましたが、黙示録には、「反キリスト」という単語は記されていません。多くのキリスト者が黙示録の獣として登場する世界統治者を反キリストと慣用的に使っているのです。
ダニエルはこの獣のことを「荒らす忌むべき者」{(ダニエル9:27)新改訳}と記し、イエス様はこの預言を受けてマタイ24:15で「荒らす憎むべき者」(新改訳)と語っています。
ヨハネが「反キリスト」という表現を多用し、またイエス様は、マタイ24:5で、「わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ』と言って、多くの人を惑わすでしょう。」(新改訳)と語っています。
黙示録の「獣」は、反キリストの霊を持った最たるものですが、ヨハネの時代だけでも、反キリストは多く登場しているのです。この手紙が書かれてから1900年以上たちますが、それまでには非常に多くの反キリストが出たことでしょう。
19節によると、「反キリスト」は教会から出ていっていることが分かります。
イエス様は、次のような喩えを話されました。
“13:24 イエスは、また別のたとえを彼らに示して言われた。「天の御国は、こういう人にたとえることができます。ある人が自分の畑に良い種を蒔いた。
13:25 ところが、人々の眠っている間に、彼の敵〔サタンのこと〕が来て麦の中に毒麦を蒔いて行った。
13:26 麦が芽ばえ、やがて実ったとき、毒麦も現れた。
13:27 それで、その家の主人のしもべたちが来て言った。『ご主人。畑には良い麦を蒔かれたのではありませんか。どうして毒麦が出たのでしょう。』
13:28 主人は言った。『敵のやったことです。』すると、しもべたちは言った。『では、私たちが行ってそれを抜き集めましょうか。』
13:29 だが、主人は言った。『いやいや。毒麦を抜き集めるうちに、麦もいっしょに抜き取るかもしれない。
13:30 だから、収穫まで、両方とも育つままにしておきなさい。収穫の時期になったら、私は刈る人たちに、まず、毒麦を集め、焼くために束にしなさい。麦のほうは、集めて私の倉に納めなさい、と言いましょう。』」”(新改訳)
イエス様の喩え話を読んでみると、反キリストが大勢出ても不思議ではないと思います。キリスト者は、反キリストの誤りを見抜いてついていかなければよいのです。

 22.23節に、「偽り者とは、だれであるか。イエスのキリストであることを否定する者ではないか。父と御子とを否定する者は、反キリストである。御子を否定する者は父を持たず、御子を告白する者は、また父をも持つのである。」とあり、
また、1ヨハネ4:1-6には、「愛する者たちよ。すべての霊を信じることはしないで、それらの霊が神から出たものであるかどうか、ためしなさい。多くのにせ預言者が世に出てきているからである。
あなたがたは、こうして神の霊を知るのである。すなわち、イエス・キリストが肉体をとってこられたことを告白する霊は、すべて神から出ているものであり、イエスを告白しない霊は、すべて神から出ているものではない。これは、反キリストの霊である。あなたがたは、それが来るとかねて聞いていたが、今やすでに世にきている。
子たちよ。あなたがたは神から出た者であって、彼らにうち勝ったのである。あなたがたのうちにいますのは、世にある者よりも大いなる者なのである。
彼らは世から出たものである。だから、彼らは世のことを語り、世も彼らの言うことを聞くのである。
しかし、わたしたちは神から出たものである。神を知っている者は、わたしたちの言うことを聞き、神から出ない者は、わたしたちの言うことを聞かない。これによって、わたしたちは、真理の霊と迷いの霊との区別を知るのである。」(口語訳) と記されています。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めます。
イエス様の御救いに与った者たちにとっては、反キリストを識別することは難しいことではないことを教えてくださり感謝します。
当然のことですが、今の時代も、ここに書かれている忠告が大切な時代であることが分かります。主にある兄弟姉妹たち全員が騙されることがありませんように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン
・・・・・・・・・・・・・・・
<追記>
イエス様は神の一人子であり、神である、ということを認めない集団があります。
また、キリスト教もイスラム教も同じ神を礼拝しているから皆一緒の礼拝しよう、という集団もあります。御子を知らなければ、御父を正しく知ることは出来ませんし、また、天下に御子の御名以外に救いは無いのです(使徒4:12)。これでは、イエスがキリストであると言いつつも信じていないかのような行動です。人間が何かを礼拝すれば、礼拝される何者かがいるのです。礼拝されるお方がまことの神様でなければ、敵対する霊を礼拝している可能性も否定できません。
また、三位一体を認めない集団もあります。

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