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2014年7月 4日 (金)

ヨハネ19:28-30 贖いの成就

19:28そののち、イエスは今や万事が終ったことを知って、「わたしは、かわく」と言われた。それは、聖書が全うされるためであった。
19:29そこに、酢いぶどう酒がいっぱい入れてある器がおいてあったので、人々は、このぶどう酒を含ませた海綿をヒソプの茎に結びつけて、イエスの口もとにさし出した。
19:30すると、イエスはそのぶどう酒を受けて、「すべてが終った」と言われ、首をたれて息をひきとられた。”(口語訳)

 十字架上のイエス・キリスト様が語られた福音書に記されている七つのことば(新改訳による)
(1)「父よ。彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分でわからないのです。」(ルカ23:34)
(2)「まことに、あなたに告げます。あなたはきょう、わたしとともにパラダイスにいます。」(ルカ23:43)
(3)「女の方。そこに、あなたの息子がいます。」「そこに、あなたの母がいます。」(ヨハネ19:26.27)
(4)「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」=「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」(マタイ27:46)
(5)「わたしは渇く。」(ヨハネ19:28)
(6)「完了した。」(ヨハネ19:30)
(7)「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」(ルカ23:46)

 今日の聖書箇所の中には、十字架上の七つのことばの中の二つが記されています。
イエス様が、「私は渇く。」(ヨハネ19:28)と言われた時、それまでに、激しい鞭打ちや十字架に釘で打ちつけられた為に出血していました。また、十字架につけられる前にも自分がつけられる木をゴルゴタの途中まではこんだのです。更に、鞭打ちや十字架の痛み苦しみによる発汗量はかなりのものがあったことでしょう。更に、肉体の中においては、十字架につけられていた故に肺水腫とか胸水が溜まったとか場合によっては更に心タンポナーデとかを起こして血管外に水が移動していた可能性もあります。ヨハネ19:34の「兵士のうちのひとりがイエスのわき腹を槍で突き刺した。すると、ただちに血と水が出て来た。」というみことばからの私の単なる想像ですが。
兎に角、血管内の水分量はかなり減少していたことでしょうから、肉体的にもかなりのどが渇いたのではないかと思うのです。
この肉体の渇きに対する詩編の預言に、「私が渇いたときには酢を飲ませました。」(詩編69:21)というのがあります。また、詩編22:14.15には、「私は、水のように注ぎ出され、私の骨々はみな、はずれました。私の心は、ろうのようになり、私の内で溶けました。私の力は、土器のかけらのように、かわききり、私の舌は、上あごにくっついています。」という預言もあります。
肉体的に脱水状態にあったことは容易に想像できます。
それと共に、「わたしは渇く。」とイエス様が言われたことばの前には、「わが神、わが神。どうしてわたしをお見捨てになったのですか。」(マタイ27:46)と叫ばれているのです。この叫びも詩編22:1に預言されていたおことばです。
即ち、私たち罪人であるすべての人間の罪を一身に負って罪まみれとなり義なる神に裁かれた時に発せられたことばであったのです。罪の故に父なる神から罪の呪いを受け、完全に断絶されました。それまで、御子は一度も御父と離れたことが無かったのです。御父から引き離されたことによって霊的にも激しい渇きを生じたのではないでしょうか。
罪を取り除く神の子羊として捧げられたのでした。

 次に、「完了した。」(ヨハネ19:30)というおことばです。
私は、この「完了した。」というみことばを読む時、本当にイエス様の贖いが成し遂げられたことを実感します。
「完了した。」のです。
贖いが完了したので、「父よ。わが霊を御手にゆだねます。」(ルカ23:46)と言うことが出来たのだろうと思うのです。御父と御子の関係は贖いが完了した時点で回復したのだろうと思います。
イエス様を信じる者は救われるという道が開かれたのです。
イエス様の十字架があったから、それによって、誰でも救われている、とは聖書に記されていません。
エペソ2:8には、「あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。」と記されています。ここに使われている「恵み」は、キリストの十字架によってもたらされた贖い〔キリストによる救い〕です。
イエス様が贖いを成就してくださったので、信じる者は誰でも救われるのです。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇め感謝します。
あなたは、イエス様によって救いの道を開いてくださいました。
イエス様が、十字架によって贖いを成就してくださいましたことを感謝します。
イエス様が一言、「完了した。」と発せられたおことばは何と力強いことでしょうか。
イエス様を信じるだけで救われるということに懐疑的な人が、信じるだけで救われるということの背景に何があるのかを熟知することが出来ますように。
感謝して、イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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