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2014年8月 4日 (月)

1ヨハネ4:7-12 神の愛

4:7愛する者たちよ。わたしたちは互に愛し合おうではないか。愛は、神から出たものなのである。すべて愛する者は、神から生れた者であって、神を知っている。
4:8愛さない者は、神を知らない。神は愛である。
4:9神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。
4:10わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。
4:11愛する者たちよ。神がこのようにわたしたちを愛して下さったのであるから、わたしたちも互に愛し合うべきである。
4:12神を見た者は、まだひとりもいない。もしわたしたちが互に愛し合うなら、神はわたしたちのうちにいまし、神の愛がわたしたちのうちに全うされるのである。”(口語訳)

 8節に「神は愛である」と記されています。
どれほどの愛ななか。神の愛の質と量は人の理解を超えていることがエペソ3:14-19のパウロの祈りを読むと分かります。
(エペソ3:14-19抜粋)「わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。
どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」(新共同訳)

 イエス様は、「私を見た者は父を見たのです」(ヨハネ14:9)と言われました。イエス様の愛を知ることによって、父なる神様の愛を知ることが出来ます。しかしながら、私たちは、イエス様の愛の一部を知っているにすぎないのだと思うのです。

 「神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」(エペソ3:19)とパウロは執り成しの祈りをしていますが、この祈りはパウロが自分の為に祈っていた祈りではないかとも思うのです。私でしたら、これほどの壮大な祈りを思いつきもしません。パウロは、ローマ11:33で、「ああ、神の富と知恵と知識のなんと深いことか。だれが、神の定めを究め尽くし、神の道を理解し尽くせよう。」(新共同訳)と述べていますが、これは愛についても同じことでしょう。

 人々の中には、父親の愛を知らないで成長してきた人がいます。父親の思い出は、肉体的精神的暴力だけという人も中にはいます。その様な人に、父なる神様は愛です、と言っても実感としてよくわからない場合もあります。その様な方に、祈る時は、父なる神様にイエス様の御名によって祈るのです、と教えても、祝福を感じなかったり、神様はいつもおこる方というイメージになってしまったりします。その様な方には、イエス様に対して祈るように勧めるとよいように思います。

 人間の父親でも、自分の子どもを救うためには、自分の命を投げ出す人もいます。人間の父親の愛でも、人によってはその位はあるのです。まして、父なる神様の愛は如何ばかりでしょうか。その父なる神様が、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。(10)のです。御子イエス様を十字架につけるよりは、自分でつく方が楽であったことでしょう。しかし、神の知恵と知識に照らして、御子を十字架につけるしかなかったのではないかと思うのです。
父なる神様が、御子イエス様を差し出す苦悩は、創世記22章によっても少し理解できます。また、これらのことを通して、父なる神様が如何程に私たち罪人である人間を愛してくださっておられるかを不十分ながらも理解することが出来ます。

 神が愛なら証拠を見せろ、という人がいますが、次の9.10節がその答えなのです。
「神はそのひとり子を世につかわし、彼によってわたしたちを生きるようにして下さった。それによって、わたしたちに対する神の愛が明らかにされたのである。わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。」

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めます。
あなたは義なる神ですけれども、それと同時に愛なる神です。
人間の中には、愛を神としてしまう人がいますが、それは間違えで、神が愛であることを教えて下さっておられますから感謝します。
あなたの愛と、御子イエス様の愛と、御霊の働きによって救いに与らせて頂いたことです。これらのことはすべてあなたから出ていることを覚え感謝します。
日々あなたの愛に感謝しつつ歩んでいけますように。
どのような状態に置かれている時も、あなたが愛してくださっておられることを忘れることがありませんように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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