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2014年8月 8日 (金)

1ヨハネ5:1-3 神を愛するとは神の戒めを守ること

5:1すべてイエスのキリストであることを信じる者は、神から生れた者である。すべて生んで下さったかたを愛する者は、そのかたから生れた者をも愛するのである。
5:2神を愛してその戒めを行えば、それによってわたしたちは、神の子たちを愛していることを知るのである。
5:3神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。”(口語訳)

 ヨハネは、当時流行していたグノーシスの誤りの教えにキリスト者が引きずられないようにとこの手紙を書いたと思いますが、聖書は聖霊の導きによって真理が書かれているので、如何なる時代の色々な偽りの教えであっても、それらの偽りの教えに対抗できるように書かれています。

 マリヤの夫ヨセフに天使が現れて、「マリヤは男の子を産みます。その名をイエスとつけなさい。この方こそ、ご自分の民をその罪から救ってくださる方です。」{(マタイ1:21)新改訳}と告げたと記されています。イエス様の天における名前は私には分かりません。天において、神のひとり子の御子であられた方が人間の体を持って生まれてきたのです。それは、聖霊なる神のわざであったのです。イエスのヘブル語の意味は、主は救い、という意です。キリストはヘブル語でメシアです。メシアは油塗られたものとか救い主の意です。
ですから、「イエスのキリストであることを信じる者」(5:1)とは、地上に肉体を持って現れ、十字架についてくださったイエスというお方は救い主である、と信じる者のことです。メシアは油塗られた者の意です。王や大祭司も油を注がれました。キリストは、救い主であり、王であり、大祭司です。(ルカ2:25-32)(黙示録19:16)(ローマ8:34、ヘブル9:11)

 イエスがキリストであると信じることの出来る者は、「神から生まれた者」(5:1)だからであると記されてあります。素直に読めば、神から生まれたからイエスをキリストと信じることが出来たということなのです。マタイ16:15-17にイエス様とペテロとのやり取りが次のように記されています。
“イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」
シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」
するとイエスは、彼に答えて言われた。「バルヨナ・シモン。あなたは幸いです。このことをあなたに明らかに示したのは人間ではなく、天にいますわたしの父です。”(新改訳)
イエスがキリストであると明らかに示してくださったのは父なる神ですよ、とイエス様が言っておられます。

 「すべて生んで下さったかたを愛する者は、そのかたから生れた者をも愛するのである。」(5:1)と記されています。
神から生まれた者即ちキリスト者は、同じように生まれた兄弟姉妹達を自然に愛するのです。それは内に御霊がおられるからです。
1ヨハネ4:20.21に、「神を愛すると言いながら兄弟を憎んでいるなら、その人は偽り者です。目に見える兄弟を愛していない者に、目に見えない神を愛することはできません。神を愛する者は、兄弟をも愛すべきです。私たちはこの命令をキリストから受けています。」(新改訳)と記されていますが、ヨハネは徹底的に「兄弟を愛すること」を取り上げます。これは、主イエス様の命令ですが、愛の無い者には神は分からないのです。森羅万象を見て神を知ったという人がいることでしょう。私も最初はそのひとりであったのですから。それは知的にそこに到達したに過ぎません。極めて浅はかな知り方なのです。神は愛なので、神の御性質の一端を知るには愛されていることを感じるようになり、また人を愛する人に変えられなければ神は分からなにのです。この様な事柄は知的な説明では無理なのです。しかし、神様は人と人の間の色々な愛の表れを通して神様の愛について少しわかるようにして下さっておられます。親が子を愛する愛とか、男女の間の恋愛とか。何しろ、神様の私たちを愛する愛の強さは妬むほどの激しい愛なのです。また、見捨てることの無い愛でもあります。
パウロのとりなしの祈りの中の一部に、「また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。」{(エペソ3:18.19)新共同訳}というのがありますが、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さとは一体どれほどのものであるのでしょうか。私などはほんの一部しかわからないのだと思うのですが、分かれば分かるほど神様を知ることになることでしょう。何しろ「神は愛」なのですから。
 神様と人との関係が、愛によって動いていく時、神を愛する人は神の御命令を守ることを喜びとすることでしょう。神の御命令を守ることを神は喜んでくださるのですから。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇め賛美します。
あなたは、あなたの愛の故に、天地創造の前に、わたしたちを愛して、御自分の前で聖なる者、汚れのない者にしようと、キリストにおいてお選びくださり、イエス・キリストによって神の子にしようと、御心のままに前もってお定めになられた方ですから、私などは、あなたの一方的な驚くべき愛に驚いてしまうと共に、お礼や感謝の言葉も見つかりません。でも、ありがとうございます。
イエス様も私たちを愛して、私たちのすべての罪を身代わりに負って十字架におかかりくださいました。本当にありがとうございます。
イエス様に救われた後もちょくちょく御旨から外れたことをしてしまうことの多い者ですけれども、イエス様はいつも天においてとりなしの祈りをして下さっておられますことを感謝します。
御霊様は、その様に駄目な私の内に飽きもせず、見捨てることもなく住み続けていて下さいますからありがとうございます。
願わくは、信じられないほど愛してくださっておられる三位一体の神様に喜んで頂ける歩みをし続けていくことが出来ますように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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