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2014年8月 7日 (木)

1ヨハネ4:17ー21 愛に全うされた人は裁きの日にも恐れなし

4:17わたしたちもこの世にあって彼のように生きているので、さばきの日に確信を持って立つことができる。そのことによって、愛がわたしたちに全うされているのである。
4:18愛には恐れがない。完全な愛は恐れをとり除く。恐れには懲らしめが伴い、かつ恐れる者には、愛が全うされていないからである。
4:19わたしたちが愛し合うのは、神がまずわたしたちを愛して下さったからである。
4:20「神を愛している」と言いながら兄弟を憎む者は、偽り者である。現に見ている兄弟を愛さない者は、目に見えない神を愛することはできない。
4:21神を愛する者は、兄弟をも愛すべきである。この戒めを、わたしたちは神から授かっている。”(口語訳)

 ヨハネはこの手紙をキリスト者に対して書いています。ですから、17節の「裁きの日」とは、キリスト者の裁きの日です。キリスト者は、「白い御座の裁き」(黙示録20:11-15)で裁かれて火の池に投げ込まれることはありません。また、マタイ25:31-46にあるキリストの地上再臨後にもたれる大患難を生き残った人達に対する裁きの対象者でもありません。ヨハネが福音書で「御子を信じるものは裁かれない。」(ヨハネ3:18)と記した裁きは、これらの裁きについてのことであろうと思われます。

 一方、キリスト者に対する裁きについて聖書に記されている箇所があります。それらに関係すると思われる聖書箇所を以下に列挙します。
 (2コリント5:10)「わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。」(新共同訳)
私たちの本体は、肉体ではなく見えない部分である霊魂です。
 (1コリント3:12-15)「もし、だれかがこの土台〔イエス・キリスト〕の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現れ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。」(新改訳)
 (2テモテ4:8)「今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現れを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」(新改訳)
この節はパウロが自分のことを書いていますが、パウロは自分がキリストの裁きの日には、正しい審判者である主キリストが自分に報いとして義の冠を授けてくださることを確信しています。
 マタイ24:45-51、マタイ25:14-30、ルカ19:12-27、ルカ12:46.47等も裁きの例話として書かれています。
キリストの裁きの座で、お褒めのおことばを頂き豊かな報いを貰う人、がっかりされる人、叱られる人、罰をあたえられる人等々がいるようです。しかしながら、キリスト者はいずれであっても救いを失うことはなく、永遠の命は保証されています。それは、「御子を信じるものは永遠の命を持つ」(ヨハネ3:36)と記されている通りです。キリストの裁きの座は、神の子どもとされた者たちの為のものです。その判定は地上での信仰生活のあり様によるといえるのだろうと思います。

 ヨハネはこの手紙のこの箇所で、キリストの裁きの座で恐れる必要が無い為には、御霊によって愛に生きることが大切であると教えてくれています。
完全な愛、全き愛とは、わたしたちが神の愛で人を愛すること即ち内におられる御霊によって全うされた愛です。そのような愛は恐れを締め出し、主キリストの来臨の時に、彼に罰せられるという恐れを持たないのです。
1ヨハネ3:23のおことばは、簡単にまとめてありますが、本当に重要だと思います。
(1ヨハネ3:23)「神の命令とは、私たちが御子イエス・キリストの御名を信じ、キリストが命じられたとおりに、私たちが互いに愛し合うことです。」(新改訳)

 御霊様に十分に働いて頂くためには、魂のきよめが必要です。魂は思い、感情、意思等の働きに携わっています。思いがきよめられ、感情がきよめられ、意思がきよめられることは本当に素晴らしいことです。ペテロは1ペテロ1:22で「あなたがたは、真理に従うことによって、たましいを清め、偽りのない兄弟愛を抱くようになったのですから、互いに心から熱く愛し合いなさい。」(新改訳)と語っています。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めます。
キリストの裁きの座で、お褒めのおことばを頂くことが出来ますよう整えてください。魂を全くきよめてくださり、日々御霊に満たされて歩ませて頂けますようお願いします。
あなたはあなたの御旨にかなうことについて出来ないことは一つもない方ですから御名を崇め感謝し主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
聖歌716、新聖歌379、聖歌総合版592
<主よわが罪と汚れをきよめ>
1.主よわが罪と 汚れをきよめ
  日々主を宿す者とし給え
 (折り返し)
  主よ今われの すべてをきよめ
  御旨にかなう者とし給え
2.主よわが意志を 砕きてきよめ
  日々主に従う者とし給え  
3.主よわが趣味を ことごときよめ
  日々主を愛す者とし給え  
4.主よわが声と 言葉をきよめ
  日々主を歌う者とし給え  
5.主よわが時と 宝をきよめ
  日々主に尽くす者とし給え

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