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2014年8月 9日 (土)

1ヨハネ5:3-5 世に勝つ者とはイエスを神の子と信じる者

5:3神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。
5:4なぜなら、すべて神から生れた者は、世に勝つからである。そして、わたしたちの信仰こそ、世に勝たしめた勝利の力である。
5:5世に勝つ者はだれか。イエスを神の子と信じる者ではないか。”(口語訳)

 「神を愛するとは、すなわち、その戒めを守ることである。そして、その戒めはむずかしいものではない。」と4節にありますが、少し前の1ヨハネ3:23に、「その戒めというのは、神の子イエス・キリストの御名を信じ、わたしたちに命じられたように、互に愛し合うべきことである。」と記されています。本当に救われて、イエス様に信頼して御霊によって歩んでいなければ、イエス様が命じられた戒めに歩むことは難しいことです。何故なら、ヨハネがこの手紙を記した時には恐らく、十二使徒たちの中で信仰の故に殉教していなかったのはこの使徒ヨハネだけになっていたのですから。ヨハネは逃げ回ったり、信仰を捨てたりして殉教を免れたのではなく、釜ゆでの刑になっても、神様のお考えと守りの故に生かされていたのです。また、信仰の故にパトモスという島へ島流しにされた時には、イエス様やイエス様が遣わされた天使がヨハネに現れ、また、幻も見せられて黙示録を書きあげたのでした。

 信仰に対する圧迫の中にあって、信仰を守り通し、また極限状態にあっては、拷問などで兄弟姉妹達を売るように要求されるかもしれません。その様な時でもイエス様を信じ、兄弟姉妹達を愛して歩み続けることが出来るのは、聖霊に強められ、イエス様に対する信仰、天への希望、神様が約束してくださっておられる体も贖われるという希望と主イエス様に愛されているという実感と主イエス様に対する愛に基づくものでしょう。

 世がキリスト者に対して挑みかかってくる時、その背後の中心にはサタンがいます。政治家でキリスト者を迫害した人たちの中の多くの人達は、サタンに用いられていたとも知らなかったことでしょう。宗教家と言われる人達でも同じです。中世のキリスト教会の中にあって、主イエス様と本当の交わりを持てていた人達が、悪魔がついていると言われて殺されていったのです。これからの時代にこの様なことは再現されます。現在〇チ×ンは相当危ない所まで来ています。初めは平和を装い羊の身なりをしていますが、やがて正体を現すのです。黙示録17:6には、「そして、私はこの女が、聖徒たちの血とイエスの証人たちの血に酔っているのを見た。私はこの女を見たとき、非常に驚いた。」と記されています。女と記されているのは、キリストが内におられないのにキリストを標榜しているその時代のある組織でしょう。その母体は今もあり過去からズーッと続いてきているのです。途中で変質したのです。

 イエス様は、「あなたがたは、世にあっては患難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。」{(ヨハネ16:33)新改訳}と言われました。イエス様は、復活後、天においても地においても一切の権威を持たれたお方です(マタイ28:19)。本物のキリスト者の内には、このキリストの御霊が住んでおられるのです。パウロは、ローマ8:31-39に次のように記しました。
“8:31 では、これらのことからどう言えるでしょう。神が私たちの味方であるなら、だれが私たちに敵対できるでしょう。
8:32 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。
8:33 神に選ばれた人々を訴えるのはだれですか。神が義と認めてくださるのです。
8:34 罪に定めようとするのはだれですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、私たちのためにとりなしていてくださるのです。
8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。
8:36 「あなたのために、私たちは一日中、死に定められている。私たちは、ほふられる羊とみなされた。」〔(詩編44:22)〕と書いてあるとおりです。
8:37 しかし、私たちは、私たちを愛してくださった方によって、これらすべてのことの中にあっても、圧倒的な勝利者となるのです。
8:38 私はこう確信しています。死も、いのちも、御使いも、権威ある者も、今あるものも、後に来るものも、力ある者も、
8:39 高さも、深さも〔高い所にいるものも、低い所にいるものも(新共同訳)〕、そのほかのどんな被造物も、私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません。”(新改訳)

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めます。
あなたはあらゆる時に勝利することが出来るような備えを与えてくださっておられますから感謝します。
いつも主イエス様に信頼し、御霊によって強められ、主イエス様の愛に守られ包まれ、天への希望を常に持ち、兄弟姉妹を常に愛して歩んでいけますよう助けていて下さい。
感謝し主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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