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2014年8月 2日 (土)

1ヨハネ3:21-24 御子イエスを信じ互いに愛し合うことの幸い

3:21愛する者たちよ。もし心に責められるようなことがなければ、わたしたちは神に対して確信を持つことができる。
3:22そして、願い求めるものは、なんでもいただけるのである。それは、わたしたちが神の戒めを守り、みこころにかなうことを、行っているからである。
3:23その戒めというのは、神の子イエス・キリストの御名を信じ、わたしたちに命じられたように、互に愛し合うべきことである。
3:24神の戒めを守る人は、神におり、神もまたその人にいます。そして、神がわたしたちのうちにいますことは、神がわたしたちに賜わった御霊によって知るのである。”(口語訳)

 「わたしたちが神の戒めを守り、みこころにかなうことを、行っている」(22)という状態は、本当に幸いな状態です。即ち、「神の子イエス・キリストの御名を信じ、わたしたちに命じられたように、互に愛し合う」(23)という生き方を継続的にしている状態です。
即ち
神の子イエス・キリストの御名を信じ、兄弟姉妹が互に愛し合うという歩みをしている時、心が責められるようなことはありません(21)。
神の子イエス・キリストの御名を信じ、兄弟姉妹が互に愛し合うという歩みをしている時、神の御前に大胆に出られるのです{(21)新改訳}。
神の子イエス・キリストの御名を信じ、兄弟姉妹が互に愛し合うという歩みをしている時、願い求めるものは、なんでもいただけるのです(22)。
神の子イエス・キリストの御名を信じ、兄弟姉妹が互に愛し合うという歩みをしている時、自分が神の内におり、神がその人の内にいるということを御霊によって知ることが出来るのです(24)。

 パウロの書簡は、まず論理的に始まります。罪と死の法則や霊の法則や神と人との契約など、理解出来る人にとっては実にありがたいものですが、中にはそうもいかない人もいるのです。ペテロは、2ペテロ3:16で、「その手紙の中には理解しにくいところもあります。」とパウロの手紙を評しています。パウロ書簡で記されているみことばの約束にしっかり立つことによって幸いを得る人も多いと思いますが、ヨハネやペテロの場合は、体験から知ることが出来るというタッチで手紙を書いている箇所が多いように思います。
1ヨハネ1:1でヨハネは、私は、イエス様の御声を自分の耳で聞いたよ、イエス様を自分の目で見たよ、イエス様の体をボディータッチしたよ、と記し、今日の聖書箇所では、神と人との相互内住を感じることが出来るし、救いの確信を持つこともできるし、神との関係の良さも知ることが出来るよ、さらに御子を信頼し続け、愛に生きていれば、祈りも次々と答えられるから確信はより一層増していくよ、と言っているように思えます。
ペテロも、「あなたがたはイエス・キリストを見たことはないけれども愛しており、いま見てはいないけれども信じており、ことばに尽くすことのできない、栄えに満ちた喜びにおどっています。これは、信仰の結果である、たましいの救いを得ているからです。」{(1ペテロ1:8.9)新改訳}よ、と記しています。
論理的にもしっかりと掴み、体験的にも持っているというのがいいですね。

 イエス様に豊かに愛されていることが分かり、イエス様に信頼することが出来、内なる御霊によって互いに愛し合う生活を送れたら本当に幸いなことです。神様の祝福がついてきます。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇め感謝します。
イエス様、あなたは、恵みの上に更に恵みを与えてくださる方ですから感謝し、賛美します。
いつもイエス様に信頼し、兄弟姉妹を愛する愛の生活を送っていけますよう、常に御霊に満たして進み行かせてください。
感謝しイエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン

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