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2015年2月 1日 (日)

詩篇61篇 あなたの幕屋にいつまでも住み、御翼の陰に身を避けたい

“聖歌隊の指揮者によって琴にあわせてうたわせたダビデの歌
61:1神よ、わたしの叫びを聞いてください。わたしの祈に耳を傾けてください。
61:2わが心のくずおれるとき、わたしは地のはてからあなたに呼ばわります。わたしを導いてわたしの及びがたいほどの高い岩にのぼらせてください。
61:3あなたはわたしの避け所、敵に対する堅固なやぐらです。
61:4わたしをとこしえにあなたの幕屋に住まわせ、あなたの翼の陰にのがれさせてください。〔セラ
61:5神よ、あなたはわたしのもろもろの誓いを聞き、み名を恐れる者に賜わる嗣業をわたしに与えられました。
61:6どうか王のいのちを延ばし、そのよわいをよろずよに至らせてください。
61:7彼をとこしえに神の前に王たらしめ、いつくしみとまこととに命じて彼を守らせてください。
61:8そうすればわたしはとこしえにみ名をほめうたい、日ごとにわたしのもろもろの誓いを果すでしょう。”(口語訳)

 ダビデは、神様が大好きでした(4)。心が衰えはてる時も主に呼ばわり(2)、殺されそうになる時にも守られるようにと主に嘆願しました(3)。

 4節の口語訳は、「わたしをとこしえにあなたの幕屋に住まわせ、あなたの翼の陰にのがれさせてください。」とあり、神様のもとにあれば、神様に守られていれば大丈夫だ、と信じていることが分かります。
4節の新改訳は、「私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、御翼の陰に、身を避けたいのです。」と訳されています。
イエス様を信じ、イエス様を愛している者達は、主なる神様が大好きですから、主の守りと共に、何時までも主の内に住んでいたい、という気持ちをよく理解出来ると思います。

 5節には、「神よ、あなたはわたしのもろもろの誓いを聞き、み名を恐れる者に賜わる嗣業をわたしに与えられました。」とあります。
ダビデが神様から与えられた約束をダビデは念頭においていたのでしょう。ダビデは6.7節で、「どうか王のいのちを延ばし、その齢を代々に至らせてください。彼が、神の御前で、いつまでも王座に着いているようにしてください。恵みとまこととを彼に授け、彼を保つようにしてください。」(新改訳)と神様が与えて下さった嗣業を神様なしで守ることが出来るわけではないので、神様に神様が与えて下さった嗣業を守って下さるようにお願いしています。
神様から預言者ナタンを通してダビデに与えられた約束は、2サムエル7:8-17に次のように記されています。
“7:8 ・・・わたしは牧場の羊の群れの後ろからあなたを取って、わたしの民イスラエルの指導者にした。
7:9 あなたがどこに行こうとも、わたしは共にいて、あなたの行く手から敵をことごとく断ち、地上の大いなる者に並ぶ名声を与えよう。
7:10 わたしの民イスラエルには一つの所を定め、彼らをそこに植え付ける。民はそこに住み着いて、もはや、おののくことはなく、昔のように不正を行う者に圧迫されることもない。
7:11 わたしの民イスラエルの上に士師を立てたころからの敵をわたしがすべて退けて、あなたに安らぎを与える。主はあなたに告げる。主があなたのために家を興す。
7:12 あなたが生涯を終え、先祖と共に眠るとき、あなたの身から出る子孫に跡を継がせ、その王国を揺るぎないものとする。
7:13 この者がわたしの名のために家を建て、わたしは彼の王国の王座をとこしえに堅く据える。
7:14 わたしは彼の父となり、彼はわたしの子となる。彼が過ちを犯すときは、人間の杖、人の子らの鞭をもって彼を懲らしめよう。
7:15 わたしは慈しみを彼から取り去りはしない。あなたの前から退けたサウルから慈しみを取り去ったが、そのようなことはしない。
7:16 あなたの家、あなたの王国は、あなたの行く手にとこしえに続き、あなたの王座はとこしえに堅く据えられる。」
7:17 ナタンはこれらの言葉をすべてそのまま、この幻のとおりにダビデに告げた。”(新共同訳)

 7節の、「彼が、神の御前で、いつまでも王座に着いているようにしてください。恵みとまこととを彼に授け、彼を保つようにしてください。」とある祈りは、実際にはキリスト様に当てはまるものです。
神様はダニエルにイエス様について次のように幻を与えられました。
“人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。”(ダニエル7:13.14・新改訳)
「人の子」とは、イエス様ご自身が地上におられる間、人々に、ご自分を指して使っておられたことばです。更に、このお方は、「恵みとまことに満ちておられた」(ヨハネ1:14)方です。

 4節に、「私は、あなたの幕屋に、いつまでも住み、御翼の陰に、身を避けたいのです。」(新改訳)とありますが、私達キリスト者に対して、何という驚くべき祝福を既に与えられていることでしょう。神様はモーセに幕屋を造らせました。幕屋とは神様がご臨在されたところです。後に、ソロモンが神殿を建てました。
イエス様の十字架と復活の後、パウロは御霊によって、1コリント3:16.17で、
“3:16 あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。
3:17 神の神殿を壊す者がいれば、神はその人を滅ぼされるでしょう。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたはその神殿なのです。”(新共同訳)と語りました。
また、1コリント6:19では、「あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。」(新共同訳)と語り、また、「わたしたちは、この宝〔キリストの御霊(筆者挿入)〕を土の器〔肉体(筆者挿入)〕の中に持っている。」(2コリント4:7・口語訳)とも言っています。
神様の幕屋に住みたいという願いどころか、イエス様を信じている者には、その人の内に主が住んで下さっておられるのです。そのことは、古き人がキリスト共に十字架につけられた、ということを信仰によって体験している人にはより明白なことですが、よくわからなくてもイエス様を信じているならば、主は内にいて下さいます。肉の思いが邪魔しているとよくわからないのです。魂が主の御霊に占有されていればよく分かるのです。主は何時も共にいて下さいます。主と豊かな交わりを持ち、主に輝き出でて頂くためにはすべてを主に明け渡している必要があるのです。

 <お祈り>
天のお父様
あなたの御名を崇めます
あなたは私の内に住んでいて下さいますから感謝します。
それ故、大声であなたに呼ばわらなくても、心の中で黙祷するだけでもあなたはその祈りを聞き、また、常に交わりを持って下さいますからありがとうございます。
あなた様ご自身が、私のような者とも交わりを持たれることを喜んで下さいますことを心から感謝します。
主の御名を崇め、主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。
アーメン
・・・・・・・・・・・・・・・・・
♫キリストは生きておられる 我が内におられる すべては主の御手にあり 今日も励もう主に守られ♬

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