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2016年3月16日 (水)

ルカ24:44-49 イエス様の復活後の教え

24:44それから彼らに対して言われた、「わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する」。
24:45そこでイエスは、聖書を悟らせるために彼らの心を開いて
24:46言われた、「こう、しるしてある。キリストは苦しみを受けて、三日目に死人の中からよみがえる。
24:47そして、その名によって罪のゆるしを得させる悔改めが、エルサレムからはじまって、もろもろの国民に宣べ伝えられる。
24:48あなたがたは、これらの事の証人である。
24:49見よ、わたしの父が約束されたものを、あなたがたに贈る。だから、上から力を授けられる〔いと高き所から力を着せられる(新改訳)、高い所からの力に覆われる(新共同訳)〕までは、あなたがたは都にとどまっていなさい」。”(口語訳)

 ここに記されてあることは、イエス様が復活された後の数回にわたる内容をまとめたものではないかと思います。
使徒1:3.4に、
“1:3 イエスは苦しみを受けた後、四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り、数多くの確かな証拠をもって、ご自分が生きていることを使徒たちに示された。
1:4 彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。”(新改訳)と記されています。

 イエス様は、一度だけ教えた、というのではなく、「四十日の間、彼らに現れて、神の国のことを語り」(使徒1:3)と記されていますから、何度も教えられたのでしょう。

 44節に「それから彼らに対して言われた、『わたしが以前あなたがたと一緒にいた時分に話して聞かせた言葉は、こうであった。すなわち、モーセの律法と預言書〔預言者(新改訳)、預言者の書(新共同訳)〕と詩篇とに、わたしについて書いてあることは、必ずことごとく成就する。』」とあります。
ここで言われている詩篇は、諸書を含んでいるので、「モーセの律法と預言書〔預言者(新改訳)、預言者の書(新共同訳)〕と詩篇」というのは、一言で言えば旧約聖書全体ということになります。
また、イエス様が十字架にかかられる前の三年半の間に弟子たちに多くのことを語って教えましたが、聖書を悟る為には主に心を開いてもらわないと(45)聖書の真理を悟ることが出来ないのだということを知ります。

 イエス様は、聖書を悟らせるために、弟子たちの心を開いて(45)から、もう一度、キリスト(メシア)の死と復活について聖書(旧約聖書)から語りました(46)。死と復活についてのイエス様ご自身による予告(預言)は聖書(新約聖書)に記してある回数でも3回あります。弟子たちの行動を見ると、話を聞いてはいてもイエス様の十字架と復活について、その時には悟っていなかったことが分かります。
それゆえ、弟子たちは、イエス様が捕縛される時には逃走するし、イエス様が墓からいなくなっても、霊の体をもって復活するなどとは夢にも思わなかったのだろうと思います。
当たり前のことですが、聞くことと、悟ることは別であることが分かります。

 イエス様は、弟子たちに幾回にも亘って現れ、教え、証人としたのです(48)。
しかし、力をもって宣教していくためには、聖霊のバプテスマ(使徒1:5)によって力を着せられる(49)必要があったのです。
使徒の働き1:4.5.8には、
“1:4 彼らといっしょにいるとき、イエスは彼らにこう命じられた。「エルサレムを離れないで、わたしから聞いた父の約束を待ちなさい。
1:5 ヨハネは水でバプテスマを授けたが、もう間もなく、あなたがたは聖霊のバプテスマを受けるからです。」
1:8 しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」(新改訳)と記されています。

 パウロは、コロサイ人への手紙1:9に、「こういうわけで、私たちはそのことを聞いた日から、絶えずあなたがたのために祈り求めています。どうか、あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。」(新改訳)とパウロのとりなしの祈りを記しました。
「あなたがたがあらゆる霊的な知恵と理解力によって、神のみこころに関する真の知識に満たされますように。」(新改訳)の箇所を、新共同訳は、「“霊”〔聖霊(筆者挿入)〕によるあらゆる知恵と理解によって、神の御心を十分悟り、」と訳しています。TEVは、"We ask God to fill you with the knowledge of his will, with all the wisdom and understanding that his Spirit gives."と訳しています。

 イエス様は、最後の晩餐の席で、「わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。」(ヨハネ14:16.17・新改訳)と言われ、また、「その方、すなわち真理の御霊が来ると、あなたがたをすべての真理に導き入れます。御霊は自分から語るのではなく、聞くままを話し、また、やがて起ころうとしていることをあなたがたに示すからです。」(ヨハネ16:13・新改訳)と言われました。
イエス様は、復活の日の夜、弟子たちに、息を吹きかけて、「聖霊を受けなさい。」(ヨハネ20:22)と言われたのでした。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私たちが救われたのは、イエス・キリスト様が十字架の上で血を流して死んでよみがえってくださったゆえであり、真理を悟ることが出来るのは、聖霊様によるのであり、力強く宣教することが出来たとしたらそれも聖霊の力の現れであることを知ります。
この様に、何から何まで恵みによってあなたが導いてくださっておられますことを感謝し、主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン

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