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2016年4月13日 (水)

使徒7:23-29 議会におけるステパノの弁明(説教)4

7:23四十歳になった時、モーセは自分の兄弟であるイスラエル人たちのために尽すことを、思い立った。
7:24ところが、そのひとりがいじめられているのを見て、これをかばい、虐待されているその人のために、相手のエジプト人を撃って仕返しをした。
7:25彼は、自分の手によって神が兄弟たちを救って下さることを、みんなが悟るものと思っていたが、実際はそれを悟らなかったのである。
7:26翌日モーセは、彼らが争い合っているところに現れ、仲裁しようとして言った、『まて、君たちは兄弟同志ではないか。どうして互に傷つけ合っているのか』。
7:27すると、仲間をいじめていた者が、モーセを突き飛ばして言った、『だれが、君をわれわれの支配者や裁判人にしたのか。
7:28君は、きのう、エジプト人を殺したように、わたしも殺そうと思っているのか』。
7:29モーセは、この言葉を聞いて逃げ、ミデアンの地に身を寄せ、そこで男の子ふたりをもうけた。”(口語訳)

 この箇所の元の内容は、出エジプト2:11-22に
“2:11 モーセが成人したころのこと、彼は同胞のところへ出て行き、彼らが重労働に服しているのを見た。そして一人のエジプト人が、同胞であるヘブライ人の一人を打っているのを見た。
2:12 モーセは辺りを見回し、だれもいないのを確かめると、そのエジプト人を打ち殺して死体を砂に埋めた。
2:13 翌日、また出て行くと、今度はヘブライ人どうしが二人でけんかをしていた。モーセが、「どうして自分の仲間を殴るのか」と悪い方をたしなめると、
2:14 「誰がお前を我々の監督や裁判官にしたのか。お前はあのエジプト人を殺したように、このわたしを殺すつもりか」と言い返したので、モーセは恐れ、さてはあの事が知れたのかと思った。
2:15 ファラオはこの事を聞き、モーセを殺そうと尋ね求めたが、モーセはファラオの手を逃れてミディアン地方にたどりつき、とある井戸の傍らに腰を下ろした。
2:16 さて、ミディアンの祭司に七人の娘がいた。彼女たちがそこへ来て水をくみ、水ぶねを満たし、父の羊の群れに飲ませようとしたところへ、
2:17 羊飼いの男たちが来て、娘たちを追い払った。モーセは立ち上がって娘たちを救い、羊の群れに水を飲ませてやった。
2:18 娘たちが父レウエルのところに帰ると、父は、「どうして今日はこんなに早く帰れたのか」と尋ねた。
2:19 彼女たちは言った。「一人のエジプト人が羊飼いの男たちからわたしたちを助け出し、わたしたちのために水をくんで、羊に飲ませてくださいました。」
2:20 父は娘たちに言った。「どこにおられるのだ、その方は。どうして、お前たちはその方をほうっておくのだ。呼びに行って、食事を差し上げなさい。」
2:21 モーセがこの人のもとにとどまる決意をしたので、彼は自分の娘ツィポラをモーセと結婚させた。
2:22 彼女は男の子を産み、モーセは彼をゲルショムと名付けた。彼が、「わたしは異国にいる寄留者(ゲール)だ」と言ったからである。”(新共同訳)と記されています。

 尚、使徒7:29には、「モーセは、・・・、ミデアンの地に身を寄せ、そこで男の子ふたりをもうけた。」とありますが、出エジプト2章には、一人の子どもの名前しか出てきません。モーセのもう一人の子については、出エジプト18:4に、「エリエゼル」と出てきます。
出エジプト18:1-5には、
“18:1 さて、モーセのしゅうと、ミデヤンの祭司イテロは、神がモーセと御民イスラエルのためになさったすべてのこと、すなわち、どのようにして主がイスラエルをエジプトから連れ出されたかを聞いた。
18:2 それでモーセのしゅうとイテロは、先に送り返されていたモーセの妻チッポラ
18:3 そのふたりの息子を連れて行った。そのひとりの名はゲルショムであった。それは「私は外国にいる寄留者だ」という意味である。
18:4 もうひとりの名はエリエゼル。それは「私の父の神は私の助けであり、パロの剣から私を救われた」という意味である。
18:5 モーセのしゅうとイテロは、モーセの息子と妻といっしょに、荒野のモーセのところに行った。彼はそこの神の山に宿営していた。”(新改訳)と記されています。

 この箇所でもステパノは律法(聖書)に反していない内容を語って弁明しています。

 ステパノの説教と何の関係もありませんが、神様はモーセが荒野で飢え死にしたり、奴隷にされたりすることの無いように計らってくださったのであろうと思います。それと共に、ミディアンの地での40年は、モーセの肉の力を削ぐのに必要な期間であったのだろうと思います。神様に属する働きを肉の力で行うことは出来ませんから、肉の力が削がれて神様に全面的により頼むことが出来るようになるまで、神様は、モーセをミディアンの地で養ったのだと思います。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
モーセは約80歳を過ぎてから、神様の導きと、神様の御力の現れの故に、実に大きな働きをしましたが、約40歳の時には、神の導きによるのではない肉の思いによる善行を行いましたが、それは、ほぼ何も成し得なかったことを見ます。
イエス様が、「わたしにとどまりなさい。わたしも、あなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木についていなければ、枝だけでは実を結ぶことができません。同様にあなたがたも、わたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。わたしはぶどうの木で、あなたがたは枝です。人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、そういう人は多くの実を結びます。わたしを離れては、あなたがたは何もすることができないからです。」(ヨハネ15:4.5・新改訳)のおことばを思い起こします。
何時でも御霊様の導きにしたがった言動でありますように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン

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