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2016年8月10日 (水)

1テモテ1:18-20 テモテへの命令の再確認

1:18わたしの子テモテよ。以前あなたに対してなされた数々の預言の言葉に従って、この命令を与える。あなたは、これらの言葉に励まされて、信仰と正しい良心とを保ちながら、りっぱに戦いぬきなさい〔その預言に力づけられ、雄々しく戦いなさい(新共同訳)〕。
1:19ある人々は、正しい良心を捨てたため、信仰の破船に会った〔その信仰は挫折してしまいました(新共同訳)〕。
1:20その中に、ヒメナオとアレキサンデルとがいる。わたしは、神を汚さないことを〔神を冒涜してはならないことを(新共同訳)〕学ばせるため、このふたりをサタンの手に渡したのである。”(口語訳)

 18節には、「わたしの子テモテよ。以前あなたに対してなされた数々の預言の言葉に従って、この命令を与える。あなたは、これらの言葉に励まされて、信仰と正しい良心とを保ちながら、りっぱに戦いぬきなさい。」とあります。
テモテに与えられた預言の言葉の内容はこの箇所には記されていませんが、「あなたは、これらの言葉に励まされて、信仰と正しい良心とを保ちながら、りっぱに戦いぬきなさい。」と命じられていること及び使徒の働きの内容などから、テモテに与えられた預言のことばは、教師として、牧会者として、伝道者としての召命に関するものではないかと考えられます。

 パウロが、テモテにこの手紙を書かなければならなかったのは、違った教えを説く者(偽教師)が教会を荒らしていること、偽りの教えによって信仰の破船にあう者が出てきたこと、ということがあったからでした。

 「この命令を与える」とあるのは、既に語られた、1テモテ1:3-5の
“1:3 マケドニア州に出発するときに頼んでおいたように、あなたはエフェソにとどまって、ある人々に命じなさい。異なる教えを説いたり、
1:4 作り話や切りのない系図に心を奪われたりしないようにと。このような作り話や系図は、信仰による神の救いの計画の実現よりも、むしろ無意味な詮索を引き起こします。
1:5 わたしのこの命令は、清い心と正しい良心と純真な信仰とから生じる愛を目指すものです。”(新共同訳)という内容でした。
即ち、エペソに留まって、①偽りの教えを説く者をただし、教会員に何が正しい教えであり、何が偽りであるかを明らかにし、
②作り話や系図のはてしない詮索を止めさせ、
そして③清い心と正しい良心と純真な信仰とから生じる愛を目指させること、という命令でした。
「きよい心」について、イエス様は「心のきよい者は幸いです。その人は神を見るからです。」(マタイ5:8・新改訳)と語られました。
「正しい良心」とありますが、「良心」に「正しい」がついています。へブル人への手紙には「邪悪な良心」という表現が出てきます。へブル10:22には、「・・心に血の注ぎを受けて邪悪な良心をきよめられ・・」(新改訳)とあるのです。
広辞苑によると、良心とは、何が自分にとって善であり悪であるかを知らせ善を命じ悪をしりぞける個人の道徳意識、とあります。
善悪の判断は、時代や国や教育によっても変化します。この世はサタンの支配のもとにありますから(1ヨハネ5:19)主イエス様に従うことを「絶対的な善」とはまずみなさないでしょう。それは邪悪な良心です。邪悪な良心であっても対神的な事柄ではなく、対人的な事柄であれば聖書に照らして善と思える内容を含んでいると思います。
一方、正しい良心は、神のみ旨にかなう善悪の判断をします。
「純真な信仰」(口語訳)を、新改訳は「偽りのない信仰」と訳しています。
パウロは、テモテに、清い心と正しい良心と純真な信仰とから生み出される愛を目当てとするように指導しなさい、と命じました。

 19.20節には、「ある人たちは、正しい良心を捨てて、信仰の破船に会いました。その中には、ヒメナオとアレキサンデルがいます。私は、彼らをサタンに引き渡しました。それは、神をけがしてはならないことを、彼らに学ばせるためです。」(新改訳)とあります。
ヒメナオやアレキサンデルを含むある人たちは、信仰の破船にあったのです。偽りの教えをを信じ、救いはイエス・キリストのみによる、という信仰から脱落してしまたのです。
1コリント5:1-5には、今回とは異なる理由によってサタンに引き渡された人がいたという記述が、
“5:1 現に聞くところによると、あなたがたの間にみだらな行いがあり、しかもそれは、異邦人の間にもないほどのみだらな行いで、ある人が父の妻をわがものとしているとのことです。
5:2 それにもかかわらず、あなたがたは高ぶっているのか。むしろ悲しんで、こんなことをする者を自分たちの間から除外すべきではなかったのですか。
5:3 わたしは体では離れていても霊ではそこにいて、現に居合わせた者のように、そんなことをした者を既に裁いてしまっています。
5:4 つまり、わたしたちの主イエスの名により、わたしたちの主イエスの力をもって、あなたがたとわたしの霊が集まり、
5:5 このような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それは主の日に彼の霊が救われるためです。”(新共同訳)と記されています。
この人の場合は、「主の日に彼の霊が救われるため」であったのです。
蛇足になりますが、いわゆる義人がサタンに引き渡されることもあります。
聖書にはヨブの場合が記されています。ヨブ1:1には、「ウツの地にヨブという人がいた。無垢な正しい人で、神を畏れ、悪を避けて生きていた。」(新共同訳)とありますが、サタンの神様に対する敵対心の故に、ヨブは子供たちを失い、財産を失い、悪性の皮膚病に苦しめられたのです。しかし、ヨブの場合は、一定期間の苦しみの後、神様はヨブに大いなる祝福を与えました。

 話を元に戻します。
偽りの教えや作り話や切りのない系図に心を奪われたりしている人たちを正しい信仰へ戻すのは骨の折れることです。正しい道へ戻すのは霊の戦いでもあるのです。そこでパウロは、テモテに、テモテに与えられた預言の言葉に励まされ、信仰と正しい良心とを保ちながら、りっぱに戦いぬきなさい、と命じたのでした(18)。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
清い心と正しい良心と純真な信仰とから生み出される愛を目当てとし続けて歩めますよう祝福してください。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン

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