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2016年8月 3日 (水)

使徒28:11-16 マルタを出発しローマに到着したパウロ

28:11三か月たった後、わたしたちは、この島に冬ごもりをしていたデオスクリの船飾りのあるアレキサンドリヤの舟で、出帆した。
28:12そして、シラクサに寄港して三日のあいだ停泊し、
28:13そこから進んでレギオンに行った。それから一日おいて、南風が吹いてきたのに乗じ、ふつか目にポテオリに着いた。
28:14そこで兄弟たちに会い、勧められるまま、彼らのところに七日間も滞在した。それからわたしたちは、ついにローマに到着した。
28:15ところが、兄弟たちは、わたしたちのことを聞いて、アピオ・ポロおよびトレス・タベルネまで出迎えてくれた。パウロは彼らに会って、神に感謝し勇み立った。
28:16わたしたちがローマに着いた後、パウロは、ひとりの番兵をつけられ、ひとりで住むことを許された。”(口語訳)

 11節には、「三か月後、わたしたちは、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航した。ディオスクロイを船印とする船であった。」(新共同訳)とあります。
マルタ島には三ヶ月いたことが分かります。パウロたち一行は、三ヶ月の間困ることなく過ごすことが出来ました。パウロ、ルカ、アリスタルコは、この島では医療宣教チームのようでした。島の首長であるポプリオの父の重い病をいやし、また島の病人たちをも癒したのです。主に祈りをささげ、手を置いて治していったのでしょう。祈って手を置いて癒したのですから、病人を初め、病人を連れてきた人たちもそれを見たことでしょう。パウロたちは祈って治療を行うので、どのような神様に祈っているのかをも訊ねてきたことと思います。そこで証をしたことでしょう。マルタ島で宣教したかどうかについて聖書は語っていませんからあくまでも想像です。
マルタ島に漂着して三か月後、一行は、この島で冬を越していたアレクサンドリアの船に乗って出航したのです(11)。この船の船首にはデオスクロイの飾りがついていました。これについて注解付新改訳聖書の注は、“デオスクロイとは、ゼウスの子である双子の兄弟カストルとポルックスのこと。当時の船乗りは、航海の守護神であるこの神々の像を、飾りとして船首につけた。”と記しています。

 12.13節には、「そして、シラクサに寄港して三日のあいだ停泊し、そこから進んでレギオンに行った。それから一日おいて、南風が吹いてきたのに乗じ、ふつか目にポテオリに着いた。」とあります。
一行が乗船した船は、その当時ローマの支配下にあったシチリア島のシラクサに入港しました。マルタとシラクサの距離は約150kmだそうです。シラクサには三日間停泊していました。シラクサ港を出発し、次は約130km北にあるレギオン港に停泊したのです。1日待つと南風が吹いてきました。そこで、船は出港し、二日目には約320km北にあるポテオリ港に着いたのでした。当時ローマに行く船客はナポリ湾の北岸にあるポテオリ港で下船したのです。ローマまでの約180kmは陸路を行きました。

 14節には、「そこで兄弟たちに会い、勧められるまま、彼らのところに七日間も滞在した。それからわたしたちは、ついにローマに到着した。」とあります。
パウロは囚人としてローマに向かったわけです。それはこの時も変わりません。ユリアス隊長が許可してくれなくでは、ポテオリでキリストにある兄弟たちに会い、彼らのところに七日間も滞在するということはありえないことです。ユリアス隊長は許可したのです。
一行は、ポテオリから1日ほど北に進んでカプアに行きました。カプアからローマへは、BC300年に時の執政官アッピウス・クラウディウスによって造られたアッピア街道を行きました。その途中に、アピオ・ポロとトレス・タベルネがあります。ローマ教会の兄弟たちはその所まで迎えに来たのです(15)。パウロは彼らに会って、神に感謝し、勇気づけられました(15)。パウロはローマまでの間、護送の兵士たちと共にまた一緒の囚人たちと共に行動していたのですから。
パウロは3年前にコリントからローマの兄姉達に宛てて手紙を書いて送ったことがありました。それはローマ人への手紙として新約聖書に残されています。そのローマ人への手紙の15:29には、「あなたがたのところに行くときは、キリストの満ちあふれる祝福をもって行くことと信じています。」(新改訳)と記されています。

 16節には、「わたしたちがローマに着いた後、パウロは、ひとりの番兵をつけられ、ひとりで住むことを許された。」とあります。
パウロは皇帝に上訴中でありました。総督フェストの送り状やローマ皇帝直属の部隊の百人隊長ユリアスの言葉添えもあったのかも知れませんが、パウロは番兵付ではありましたが家を借りて(使徒28:30)一人で住むことが許されました。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
パウロがローマに到着するまでの間、多くの艱難に見舞われ、その時々をもし私が経験したとしたら、「アーッ、もう駄目だ。」と幾度も思っていたかもしれません。
しかし、万事休す、というような状況を幾度経たとしても、神様の約束は成就していくことを覚えます。
真実なあなたの御手に守られて、今日も生かされて、歩ませていただけますことを感謝し、
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン

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