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2016年8月15日 (月)

1テモテ3:14-16 教会とは何か、真理とは何か

3:14わたしは、あなたの所にすぐ〔近いうちに(新改訳)〕行きたいと望みながら、この手紙を書いている。
3:15万一わたしが遅れる場合には、神の家でいかに生活すべきかを、あなたに知ってもらいたいからである。神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。
3:16確かに偉大なのは、この信心の奥義である、
「キリストは肉において現れ、
霊において義とせられ、
御使たちに見られ、
諸国民の間に伝えられ、
世界の中で信じられ、
栄光のうちに天に上げられた」。”(口語訳)

 テモテへの手紙Ⅰを書いた理由とその時の気持ちを、パウロは14.15節で、「近いうちにあなたのところに行きたいと思いながらも、この手紙を書いています。それは、たとい私がおそくなった場合でも、神の家でどのように行動すべきかを、あなたが知っておくためです。」(新改訳)と記しています。

 15節の後半には、「神の家というのは、生ける神の教会のことであって、それは真理の柱、真理の基礎なのである。」とあります。
イエス様の両親ヨセフとマリヤは、過越の祭りには毎年エルサレムに上っていました。イエス様が十二歳になられたときも、両親は祭りの慣習に従って都へ上りました。そして、祭りの期間を過ごしてから、両親は帰路についたのですが、少年イエス様はエルサレムにとどまっておられたのです。しかし、両親はそのことを知らず、自分たちと一緒に帰路に着いたと思っていたのでした。それに気づかなかった両親はイエス様を捜しながらエルサレムまで戻ったのです。なんとイエス様はエルサレム神殿にいたのです。両者が出会った時に親子の会話がありましたが、イエス様はその中で、自分は自分の父の家にいたのだ、という旨を語っています(ルカ2:41-49)。イエス様が罪の贖いを成就する前は、神の家は、エルサレム神殿であったのです。また、イエス様が公生涯に入って人々に教えを語っていた時、イエス様ご自身が神殿であると、公言していました(ヨハネ2:19-21)。
イエス様が復活された後は、(ギ)エクレシア、即ちイエス様に呼び出された者達、即ち教会が、神の家、即ち神殿となったのです。
1コリント3:16には、「あなたがたは、自分が神の神殿であり、神の霊が自分たちの内に住んでいることを知らないのですか。」(新共同訳)とあり、
1コリント6:19には、「あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。」(新共同訳)とあります。

 パウロは更に、その教会こそは、真理の柱また土台なのです、と述べました。そして、その中のポイントを初代教会時代の讃美歌の一部であろう(注解付新改訳聖書の注)と思われている歌詞を用いて記したのが16節の内容です。

 16節には、「信心の秘められた真理〔敬虔の奥義(新改訳)〕は確かに偉大です。すなわち、/キリストは肉において現れ、/“霊”において義とされ、/天使たちに見られ、/異邦人〔諸国民(新改訳)〕の間で宣べ伝えられ、/世界中で信じられ、/栄光のうちに上げられた。」(新共同訳)とあります。新共同訳では「信心の秘められた真理」と訳され、新改訳では「敬虔の奥義」と訳された原語について、辞書に、(specially) the gospel plan という訳も載っていました。

 「キリストは肉において現れ」とあります。三位一体の第二位格の神であられた方が、確かに肉において現れたのです。このことを否定する異端も出てきました。使徒ヨハネは、その異端に惑わされないようにするために、1ヨハネ1:1-3に、「初めからあったもの、わたしたちが聞いたもの、目で見たもの、よく見て、手で触れたものを伝えます。すなわち、命の言について。――この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。――わたしたちが見、また聞いたことを、あなたがたにも伝えるのは、あなたがたもわたしたちとの交わりを持つようになるためです。わたしたちの交わりは、御父と御子イエス・キリストとの交わりです。」(新共同訳)と記しました。

 「“霊”において義とされ」とは、ローマ1:4に「聖なる霊によれば、死者の中からの復活によって力ある神の子と定められた〔明示された(筆者挿入)〕のです。この方が、わたしたちの主イエス・キリストです。」(新共同訳)とあるように、キリストは復活によって義と証されたのです。復活後は「命を与える霊となった」(1コリント1:45・口語訳・新共同訳)とも記されています。

 「天使たちに見られ」とあります。
人としてのイエスに関しての、天使たちとのかかわりは、マリアの受胎告知から始まり(ルカ1:26-38)、ヨセフにも現れ(マタイ1:18-25)、イエス様の誕生の時には、天使たちは、羊飼いたちにも現れて「いと高き所に、栄光が、神にあるように。地の上に、平和が、御心にかなう人々にあるように。」と賛美まで歌いました(ルカ2:8-18・新改訳)。時は流れ、イエス様は40日間に及ぶ断食の後サタンの試みを受けました。しかしそれに勝利した後、天使たちはイエス様に仕えました(マタイ4:1-11)。ゲッセマネの苦悩の時(ルカ22:43)にも、復活の時にも(マタイ28:1-7)、昇天に際して(使徒1:9-11)も天使が現れた記載があります。

 「異邦人〔諸国民(新改訳)〕の間で宣べ伝えられ」とあります。
福音はユダヤ人から始まって、使徒たちや多くの信徒たちによって至る所で宣べ伝えられました。

 「世界中で信じられ」とあります。
初代教会時代のキリスト者は、日本があるとは知らなかったでしょう。トマスはインドまで宣教したと伝えられています。しかし、彼らが「世界」と認識した地に於いて、至る所で、イエス様がキリストであることを信じる民がおこされたのです。

 「栄光のうちに〔in glory(NKJV)〕上げられた。」とあります。
使徒1:9-11には、「こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、言った。『ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。』」と記されています。

 <お祈り>天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
私たちには福音が明らかにされておりますことを感謝します。
まだ福音にふれたことの無い人にも、私たちをも含めあらゆるキリスト者を通して、また様々な方法で、福音が届いて行きますように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン  

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