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2016年8月26日 (金)

1テモテ6:11-16 テモテ(私たち)への命令

6:11しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。
6:12信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。
6:13わたしはすべてのものを生かして下さる神のみまえと、またポンテオ・ピラトの面前でりっぱなあかしをなさったキリスト・イエスのみまえで、あなたに命じる。
6:14わたしたちの主イエス・キリストの出現まで、その戒めを汚すことがなく、また、それを非難のないように守りなさい。
6:15時がくれば、祝福に満ちた、ただひとりの力あるかた、もろもろの王の王、もろもろの主の主が、キリストを出現させて下さるであろう。
6:16神はただひとり不死を保ち、近づきがたい光の中に住み、人間の中でだれも見た者がなく、見ることもできないかたである。ほまれと永遠の支配とが、神にあるように、アァメン。”(口語訳)

 11節には、「しかし、神の人よ。あなたはこれらの事を避けなさい。そして、義と信心と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい。」とあります。
「あなたはこれらの事を避けなさい」とは、これまでパウロが述べてきた不敬虔な心の思い、ことば、行動等を指すと思います。
パウロは避けるべき事柄に続いて、追及すべき事柄を「義〔正しさ(新改訳)、正義(新共同訳)〕と信心〔敬虔(新改訳)〕と信仰と愛と忍耐と柔和とを追い求めなさい」と命じました。

 12節には、「信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて、永遠のいのちを獲得しなさい。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。」とあります。
「信仰の戦いをりっぱに戦いぬけ」とあります。敵は、人ではなく、サタンとその配下の悪霊たちです(エペソ6:11.12)。敵は、主と福音に敵対してくる人や権力の背後にいる目で見ることの出来ないサタン勢力なのです。サタン勢力との戦い方法は、エペソ6:10-18に記されています。
次に「永遠のいのちを獲得しなさい」とあります。
新生している人の霊は、すでに永遠ですが、体はまだ古いままです。永遠の命を持った霊の体は、キリストの空中再臨の時に与えられます。本文を間違った読み方をしてしまうと、立派に戦い抜かないと永遠の命を得ることが出来ないと捉えてしまうかもしれませんが、それは違います。新生の恵みを頂いた人の霊の内には、御霊が住んでくださっておられます。ローマ8:11には、「もしイエスを死者の中からよみがえらせた方の御霊が、あなたがたのうちに住んでおられるなら、キリスト・イエスを死者の中からよみがえらせた方は、あなたがたのうちに住んでおられる御霊によって、あなたがたの死ぬべきからだをも生かしてくださるのです。」(新改訳)と記されています。
パウロは、新生の恵みにあずかった人は誰でも永遠の命を頂けるのだけれども、あなた(テモテ)は、同じもらうにせよ、信仰の戦いをりっぱに戦いぬいた後、もらいなさい、と述べたのだと思います。ギリシャ語本文には、<のち>という語はないのですが、私は、「信仰の戦いをりっぱに戦いぬいて〔戦い抜いた後(筆者挿入)〕、永遠のいのちを獲得しなさい〔頂きなさい(筆者挿入)原語は「得る」であって「頂く」ではありませんが〕。あなたは、そのために召され、多くの証人の前で、りっぱなあかしをしたのである。」ということをパウロは語ったのではないのだろうかと想像します。
パウロは、キリストの空中再臨があることは教えられていましたが、それが起こる時については知らされていませんでした。主から教えられていたことは、それがいつ起きてもよいようにしていなさい、ということだけであったのでしょう。ですから、パウロは、14節で、「わたしたちの主イエス・キリストの出現〔空中再臨(筆者挿入)〕まで、その戒めを汚すことがなく、また、それを非難のないように守りなさい。」とテモテに命じたのでした。

 キリストの空中再臨の時について、パウロは、「神は、定められた時にキリストを現してくださいます。」(15・新共同訳)と述べました。

 余談になりますが、マタイ24章、ルカ21章、2テモテ3:1-7、エゼキエル38章、イザヤ17:1、ホセア4:2.3、ゼカリヤ12:2.3、黙示録に記されてある手や額の刻印の技術、その他数多くの預言が聖書に記されていますが、それらから時が近づいているのではないかという想像を致します。
キリストの空中再臨は、花婿であるキリストが花嫁である教会(キリスト者の集合体)を迎えに来てくれる時ですから、キリスト者自身に限って言えば大喜びの出来事ですが、地上に残された者にとっては、その後の数年間は、現在とは比べることが出来ないほど悲惨な状況になります。早く皆が信じてくれたらいいのにと思います。

 話を元に戻します。
パウロは、15bと16節で、「神は祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、ただひとり死のない方であり、近づくこともできない光の中に住まわれ、人間がだれひとり見たことのない、また見ることのできない方です。誉れと、とこしえの主権は神のものです。アーメン。」(新改訳)と主なる神様をほめたたえました。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
パウロは、テモテに、「私たちの主イエス・キリストの現れの時まで、あなたは命令を守り、傷のない、非難されるところのない者でありなさい。」(14・新改訳)と命じましたが、私には、これはレベルが高く感じられます。
私に対しては、私に見合うように御霊様が日々導いてくださいますように。
主イエス・キリスト様の御名によってお祈りします。アーメン

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