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2019年2月 8日 (金)

箴言7章 誘惑に負けて、不品行、姦淫の罪を犯さないように、という警告

(斜体文は口語訳1955
 7:1わが子よ、わたしの言葉を守り、わたしの戒めをあなたの心にたくわえよ。
7:2
わたしの戒めを守って命を得よ、わたしの教を守ること、ひとみを守るようにせよ。
7:3
これをあなたの指にむすび、これをあなたの心の碑にしるせ。
7:4
知恵に向かって、「あなたはわが姉妹だ」と言い、悟りに向かっては、あなたの友と呼べ。


 1節、2節の「戒め」の語の原語は、「ミツバー」です。
2
節の「わたしの教」の「教え」の語の原語は、「トーラー」です。
4
節の「知恵」は新約的に言えば、私たちの内に住んでくださるイエス様です(1コリント130)。
新約時代は、イエス様の十字架(ヨハネ19301ペテロ222-24)、復活(マタイ286)、昇天(使徒19、マルコ1619)、高挙(マタイ2818、マルコ1619、使徒755.56)の故に、御父が、天にあるすべての霊的祝福(エペソ13)を、主キリスト・イエス様を信じる者に与えられた時代です。御父によって与えられているものは、信仰によって実体化されるのです。即ち、神の約束が信じたとおりに実現するのです(マタイ922.29)。信じないと何も起こりません(マタイ1358)。
新約時代の聖徒、即ち新生したキリスト者は、神の子どもです(1ヨハネ3144)。
ですから、1-4節を新約的にまとめると、神の一人子の御子であられ、救い主、また主であられるキリスト・イエス様を信じ即ち心に受け入れ、いつも主イエス様と共に歩み、神の教え、神の戒めを心に刻み{キリストのことばを心に住まわせ(コロサイ316)}、御霊によって歩みなさい(ガラテヤ516)、ということになると思います。

 7:5そうすれば、これはあなたを守って遊女に迷わせず、言葉巧みな、みだらな女に近づかせない。
 1-4節を受けて、「そうすれば」、主のみ旨に叶った歩みをすることが出来るのです、と言うことも出来ます。
 箴言7章は、姦淫(姦通、不倫)、不品行に陥らないようにさせるための主の配慮ですから、この章では、ひたすら性的罪に陥らないように、という観点から述べられています。

 7:6わたしはわが家の窓により、格子窓から外をのぞいて、
7:7
思慮のない者のうちに、若い者のうちに、ひとりの知恵のない若者のいるのを見た。
7:8
彼はちまたを過ぎ、女の家に行く曲りかどに近づき、その家に行く道を、
7:9
たそがれに、よいに、また夜中に、また暗やみに歩いていった。
7:10
見よ、遊女の装いをした陰険な女が彼に会う。
7:11
この女は、騒がしくて、慎みなく、その足は自分の家にとどまらず、
7:12
ある時はちまたにあり、ある時は市場にあり、すみずみに立って人をうかがう。
7:13
この女は彼を捕えて口づけし、恥しらぬ顔で彼に言う、
7:14
「わたしは酬恩祭をささげなければならなかったが、きょう、その誓いを果しました。
7:15
それでわたしはあなたを迎えようと出て、あなたを尋ね、あなたに会いました。
7:16
わたしは床に美しい、しとねと、エジプトのあや布を敷き、
7:17
没薬、ろかい、桂皮をもって、わたしの床をにおわせました。
7:18
さあ、わたしたちは夜が明けるまで、情をつくし、愛をかわして楽しみましょう。
7:19
夫は家にいません、遠くへ旅立ち、
7:20
手に金袋を持って出ました。満月になるまでは帰りません」と。
7:21
女が多くの、なまめかしい言葉をもって彼を惑わし、巧みなくちびるをもって、いざなうと、
7:22
若い人は直ちに女に従った、あたかも牛が、ほふり場に行くように、雄じかが、すみやかに捕えられ、
7:23
ついに、矢がその内臓を突き刺すように、鳥がすみやかに網にかかるように、彼は自分が命を失うようになることを知らない。
7:24
子供らよ、今わたしの言うことを聞き、わが口の言葉に耳を傾けよ。
7:25
あなたの心を彼女の道に傾けてはならない、またその道に迷ってはならない。
7:26
彼女は多くの人を傷つけて倒した、まことに、彼女に殺された者は多い。
7:27
その家は陰府へ行く道であって、死のへやへ下って行く。


 いくつかの事例が具体的に書かれています。書かれた当時はこのようであったのでしょう。現代でも本質は同じです。罪の思いや罪の感情を持っていると、そのたぐいの誘惑が来ると、それに誘われて罪を実行してしまうのです(ヤコブ113-15)。罪とは、的外れ、という意味で、神のみ旨にそぐわないor神のみ旨に反する思い、感情、意思、言葉、行為です。主なる神様は聖なるお方ですから、キリスト者は既に聖徒の身分であり(1コリント12)、即ち神のものとして聖別された身分であります(ヘブル1010)が、そこで腰を下ろしてしまうのではなく、思い、感情、意思、言葉、行為においても、「聖なる者となりなさい」(1テサロニケ43)「聖なる者とされなさい」=「心を新たにすることによってつくり変えられなさい」(ローマ122)と命じられています。主の御言葉と自分のあり様が違うな、と思えた時には、「主よ、この御言葉のように私を変えて下さいorつくり変えて下さい。」と祈る必要があるのです。それによって、「聖徒は益々聖なる者とされていくのです。」(黙示録2211)。ですから聖徒は毎日みことばを読む(食べる)必要があるのです。みことばを読むと自然に祈ることになります。御言葉通りの完璧な人はいないからです。また、御言葉によっては主を賛美したくなる御言葉もあるでしょう。兎に角、読んでそれで終わりとはなりません。

 <お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
主のみ旨に叶わないことを行ったり、語ったり、思ったり、感情的な思いを持ったときなどには、御霊様が示して下さいますように。
御霊に示されたらすぐに悔い改め、つくり変えられながら地上生涯を主と共に喜びをもって歩み続けていくことが出来ますように。
われらの主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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