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2020年5月29日 (金)

ハバクク2:5-20 バビロンに対する災いの預言/いかなる場合にも先ず主のみ前に静まり、主に信頼すること

 ハバククは、「悪しき者〔バビロン(筆者挿入)〕が自分より正しい者〔ユダ(筆者挿入)〕を吞み込もうとしているときに」(ハバクク113)と、主に訴えましたが、主のお考えは、先ず、ユダ王国をその罪のゆえにバビロンを用いてさばき(ハバククには語っていませんが)、その後で、バビロンをバビロンの悪のゆえに裁く、というものでした。バビロンは、ベルシャツァルの時代に主に裁かれました(ダニエル5章)。  

 ハバクク2章の5-20節の大部分は、ハバククの質問に対する主の答えであり、それはバビロン滅亡の預言です。少し説明を加えると、読んでいくだけでも分かるような箇所なので、本文に説明を入れながら記していきたいと思います。本文は新改訳2017を中心に用います。

 5節を2017は、「実にぶどう酒は裏切るもの。勇士は高ぶっていて、定まることを知らない。彼はよみのように喉を広げ、死のように、満ち足りることを知らない。彼は自分のもとに、すべての国々を集め、あらゆる民をかき集める。」と訳し、

 聖書協会共同訳は、「確かに富〔ヘブライ語聖書は「ぶどう酒」、死海写本は「富」(欄外注)〕は欺く。高ぶる者は定まりがなく〔直訳は「目標に達しない」(欄外注)〕、陰府のように喉を広げ、死のように飽くことを知らない。彼〔バビロン(筆者挿入)〕はあらゆる国を自分のもとに集め、すべての民を自分のもとに引き寄せる。〕と訳しています。
 リビングバイブルは、「そのうえ、このおごり高ぶったカルデヤ人は、自分たちのぶどう酒によって裏切られる。ぶどう酒は人を欺くものだからだ。彼らは貪欲で、多くの国をかき集めてきたが、まるで死や地獄のように、決して満足しない。」と意訳しています。

6節には、“これらはみな〔バビロンに苦しめられている諸国の民は(筆者挿入)〕、彼〔バビロン(筆者挿入)〕に対して嘲りの声をあげ、皮肉たっぷりに、風刺して〔呪いの言葉を(筆者挿入)〕言わないだろうか。「わざわいだ。いつまでなのか。自分のものでないもの〔他国の土地、人、物(筆者挿入)〕を増し加え、その上に担保〔負債(聖書協会共同訳)、「罪」のこと(筆者挿入)〕を重くする者」と。”(新改訳2017)と記されています。

7.8節には、「7 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕にかみつく者〔バビロンに反逆する者(筆者挿入)〕が突然起き上がり、揺り動かす者が目覚めて、おまえは彼らに略奪されないだろうか。8 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕が多くの国々を略奪したので、ほかのあらゆる民がおまえを略奪する。おまえは人の血を流し、地に暴虐を行った。町々とそのすべての住民に対して。」(2017)とあります。

9-11節には、「9 わざわいだ。〔バビロンよ。(筆者挿入)〕自分の家のために不正な利得を貪り、悪の力から逃れるために、自分の巣〔城(筆者挿入)〕を高い所に構える者。10 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕は自分の家のために恥ずべきことを謀り〔あなたは事をはかって自分の家に恥を招き(口語訳)〕、多くの国の民を滅ぼした。おまえのたましいは罪を犯した。11 まことに、石は石垣から叫び、梁は家からこれに答える〔城壁の石垣も宮殿の梁もその様に証言している(筆者挿入)〕。」(2017)とあります。
城壁の石も宮殿の梁も他国から略奪してきた物なのでしょう。

12.13節には、「12 わざわいだ。血〔暴力や圧政(注解付新改訳聖書の注)〕によって町を建て、不正で都を築き上げる者〔バビロン(筆者挿入)〕。13 見よ、万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕によるのではないのか。諸国の民が、ただ火で焼かれるために〔バビロンのために(筆者挿入)〕労し、国々が、ただ無駄に疲れ果てるのは。」(2017)とあります。
何故災いなのか。
それは暴力や不正によってバビロンを築き上げても主(ヤハウェ)が、滅ぼされるから。

14節には、「バビロン(ヘブライ語では「バベル」)とは反対に(筆者挿入)」まことに、水が海をおおうように、地は、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の栄光を知ることで満たされる。」(2017)と記されています。
 これはキリストの千年王国時代のことを預言しています。
 キリストの千年王国時代の預言の中の一つの、イザヤ116-9には、
6 狼は子羊とともに宿り、豹は子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜がともにいて、小さな子どもがこれを追って行く。7 雌牛と熊は草をはみ、その子たちはともに伏し、獅子も牛のように藁を食う。8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子は、まむしの巣に手を伸ばす。9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、滅ぼさない。〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を知ることが、海をおおう水のように地に満ちるからである。”(新改訳2017)と記されています。

15-17節には、“15 わざわいだ。その裸を見ようと、友に酒を飲ませ、毒を混ぜて酔わせる者。16 おまえは栄光ではなく恥で満ちている。おまえも飲んで、陽の皮を見せよ。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の右の手の杯は、おまえの上に巡り来る。恥辱が、おまえの栄光の上に。17 レバノンへの暴虐がおまえをおおい、獣への暴行がおまえを脅かす。おまえは人の血を流し、地に暴虐を行った。町々とそのすべての住民に対して。”(新改訳2017)と記されています。

 15節のバビロンの行為は、諸国に対してor個人に対して、どちらにも取れますし、その両方を兼ねているのではないかと思います。
 16節の「陽の皮を見せよ」というのは、単に陰部をさらして恥をさらせということか、あなたは割礼を受けていないではないかという嘲りのことか、あるいはまたバビロンが隠している宝物ということ等であろうと思います。
 17節の「レバノンの暴虐」は、字面通りの意で「レバノンへの暴虐」か、或いは「レバノン」は暴虐を受けた国々の代表としてか、あるいはまた、エルサレム神殿とエルサレム宮殿にはレバノン杉が用いられていたので、エルサレムへの暴虐のことを述べているのか、等と考えられます。

 この箇所は、色々に解釈することが可能ですが、リビングバイブルの訳者の意訳を下記します。
リビングバイブルは、「15 災いだ。酔っぱらいをこづくように、近隣の国々をよろめかせ、その裸と恥を眺めて楽しんでいる者。16 やがて、おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕の全盛期は終わり、辱められる。神のさばきの杯を飲みほすがいい。よろめいて倒れよ。17 おまえ〔バビロン(筆者挿入)〕はレバノンの森を切り倒した。今度は、おまえが切り倒される。おまえは罠で捕らえた野獣を恐ろしい目に会わせた。今度は、おまえが恐ろしい目に会う。至るところの町々で、殺人と暴虐を行ったからだ。」と意訳しています。

18.19節には、“18 彫像はいったい何の役に立つのか。彫刻師がそれを刻んだところで。鋳像や、偽りを教える物は何の役に立つのか。これを造った者がそれに頼ったところで。その者は、もの言わぬ偽りの神々を造ったのだ。19 わざわいだ。木に向かって目を覚ませと言い、黙っている石に起きろと言う者。これが教えることができるというのか。見よ、それは金や銀をかぶせたもの。その中には何の息もない。”(新改訳2017)と記されています。
まことの神に仕えない者の愚かさが述べられています。
私も主を知る前は、偶像に何の疑問も持ちませんでした。
主を知った今では、早く偶像が一掃される時が来るといいなと、主の千年王国を待ち望んでいます。それよりも強く待ち望んでいるのは、主の空中再臨で携挙されることです。

20節には、「しかし主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、その聖なる宮におられる。全地よ、主の御前に静まれ。」(2017)とあり、この聖句で2章は結ばれています。

 最後に脱線して、新約時代の恵みについて考えたいと思います。
「聖なる宮」とは、新生したキリスト者を指します。
 1コリント316を口語訳は、「あなたがたは神の宮であって、神の御霊〔神の霊(新共同訳、聖書協会共同訳)〕が自分のうちに宿っていることを知らないのか。」と訳し、
文語訳は、「汝ら知らずや、汝らは神の宮にして、神の御靈なんぢらの中に住み給ふを。」と訳しています。
 1コリント619には、「・・あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり・・・」(2017)とあります。

 1コリント617には、「・・主と交わる者は、主と一つの霊になる・・」(2017)とあり、
新共同訳は「主に結び付く者は主と一つの霊となる・・」と訳しています。
新生した人は、自分の霊の内に静まることです。それは主の霊の内に静まることです。
その霊によって歩む人は霊の人です(1コリント31・新共同訳、口語訳、聖書協会共同訳)。
パウロは、「主があなたの霊とともにいてくださいますように。」(2テモテ4222017)とテモテに、最期の手紙を書き送りました。また、ピリピ人への手紙には、「主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊とともにありますように。」(4232017)と書き送りました。
キリスト者は、大脳によって心理学的or哲学的or様々な宗教の言葉の中に静まるのでもなければ、たましいの中に静まるのでもありません。魂と霊は違います(ヘブル412)。キリスト者は、霊の中に静まるのです。主は天におられるだけではなく、新生した人の霊の中に住んでおられます。魂がきよめられると(主と同じ思いを持つようになると)霊のことがよく分かるようになります。

主は、主を信じた者に、聖霊を内住させてくださいました。もし、怒りやねたみを持っていたとしても、主を信じた者(キリスト者)には、聖霊を内住させてくださったのです。
御父と御子は天におられますが、御父と御子の霊もキリスト者に内住してくださいます。ただし、イエス様は、条件を付けられました。「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたち〔御父と御子(筆者挿入)〕はその人のところに来て、その人とともに住みます。」(ヨハネ14232017)と語られました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
三一の主なる神様を愛し、主に在る兄姉を愛し、隣人を愛し、あなたに信頼し、あなたにあって喜び、すべてのことを感謝して歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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