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2020年7月18日 (土)

ヨシュア23:6-11 神の民であるイスラエルは律法を守れ/救いときよめについて(主と共に歩む)

ヨシュア23章の本文(新改訳2017)は斜体です。

6
また、モーセの律法の書に記されていることを、ことごとく断固として守り行いなさい。そこから右にも左にも外れず、7 これらの国々、あなたがたの中に残っている、これらの異邦の民と交わらないようにするためである。彼らの神々の名を口にしてはならない。それらによって誓ってはならない。それらに仕えてはならない。それらを拝んではならない。8 ただ今日までしてきたように、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕にすがりなさい。9 〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、大きくて強い異邦の民をあなたがたの前から追い払われた。だから今日まで、あなたがたの前に立ちはだかることのできる者は、一人としていなかった。10 あなたがたは一人で千人を追うことができる。あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕ご自身が、あなたがたに約束したとおり、あなたがたのために戦われるからである。11 だからあなたがたは自分自身に十分に気をつけて、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を愛しなさい。

 今日の箇所は単純明快です。
①ヤハウェを愛し、ヤハウェに信頼し、律法を守りなさい(6.7.8.11)。
②ヤハウェを愛し、ヤハウェに信頼し、律法を守る者には祝福が与えられる(9.10)。

 律法を守ることによる祝福については、申命記28章に、
1 もし、あなたが、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御声に確かに聞き従い、私が今日あなたに命じる主のすべての命令を守り行うなら、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、地のすべての国々の上にあなたを高く上げられる。2 あなたが、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の御声に聞き従うので、次のすべての祝福があなたに臨み、あなたについて行く。3 あなたは町にあっても祝福され、野にあっても祝福される。4 あなたの胎の実も大地の実りも、家畜が産むもの、群れの中の子牛も群れの中の子羊も祝福される。5 あなたのかごも、こね鉢も祝福される。6 あなたは入るときにも祝福され、出て行くときにも祝福される。7 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、あなたに向かい立つ敵どもをあなたの前で敗走させる。彼らは一つの道からあなたを攻めて来るが、あなたの前で七つの道に逃げ去る。8 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなたのために、あなたの穀物倉とあなたのすべての手のわざが祝福されるように命じられる。あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕があなたに与えようとしておられる地で、あなたを祝福される。9 あなたが、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令を守り主の道を歩むなら、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなたに誓われたとおり、あなたをご自分の聖なる民として立ててくださる。10 地上のあらゆる民はあなたに主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の名がつけられているのを見て、あなたを恐れるであろう。11 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕があなたに与えるとあなたの父祖たちに誓われたその地で、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなたの胎の実、家畜が産むもの、大地の実りを豊かに恵んでくださる。12 主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はその恵みの倉、天を開き、時にかなって雨をあなたの地に与え、あなたのすべての手のわざを祝福される。それで、あなたは多くの国々に貸すが、借りることはない。13 私が今日あなたに命じる、あなたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令に聞き従い、守り行うなら、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はあなたをかしらとし、尾とはされない。あなたはただ上になり、下になることはない。”(新改訳2017)と記されています。

 イスラエルは神の民とされた民族です。それを出エジプト記3章から見ると、
7 ・・。わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、エジプトにいるわたしの民の苦しみを確かに見、追い立てる者たちの前での彼らの叫びを聞いた。・・。10 今、行け。わたしは、あなた〔モーセ(筆者挿入)〕をファラオのもとに遣わす。わたしの民、イスラエルの子らをエジプトから導き出せ。」(新改訳2017)とあります。

 主(ヤハウェ)なる神様は、主の民をエジプトから救い出した後、イスラエルに律法を与え、イスラエルは律法を守ると約束し、そこに旧契約が実現したのです。
契約を結んだ箇所は、出エジプト24章に、
3 モーセは来て、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のすべてのことばと、すべての定めをことごとく民に告げた。すると、民はみな声を一つにして答えた。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の言われたことはすべて行います。」4 モーセは主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕のすべてのことばを書き記した。モーセは翌朝早く、山のふもとに祭壇を築き、また、イスラエルの十二部族にしたがって十二の石の柱を立てた。5 それから彼はイスラエルの若者たちを遣わしたので、彼らは全焼のささげ物を献げ、また、交わりのいけにえとして雄牛を主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に献げた。6 モーセはその血の半分を取って鉢に入れ、残りの半分を祭壇に振りかけた。7 そして契約の書を取り、民に読んで聞かせた。彼らは言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の言われたことはすべて行います。聞き従います。」8 モーセはその血を取って、 民に振りかけ、 そして言った。 「見よ。これは、これらすべてのことばに基づいて、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕があなたがたと結ばれる契約の血である。」”(新改訳2017)と記されています。

 私たちキリスト者からすれば、以上が旧契約です。
そして、この契約には、祝福と呪いが伴いました。
申命記11章に、
26 見よ、私は今日、あなたがたの前に祝福とのろいを置く。27 祝福とは、私が今日あなたがたに命じる、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令〔律法のこと(筆者挿入)〕に聞き従った場合であり、28 のろいとは、あなたがたの神、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の命令に聞き従わず、私が今日あなたがたに命じる道から外れて、あなたがたの知らなかったほかの神々に従って行った場合である。”(新改訳2017)と記されています。

 イスラエルの歴史は、主が約束を実行されたことを見せてくれています。
主が語られた御言葉は実現するのです。
ルカ137には、いつも御父の近くで仕えている天使ガブリエルの言葉が、「神が語られたすべてのことば(「語られたことば」の原語は「レーマ」)に、不可能なことは何もない。」(私訳)と記されています。(新改訳2017のルカ137の欄外を参照してください。)
この箇所を文語訳は、「それ神の言(ことば)には能(あた)はぬ所なし」と訳しています。

 さて、キリスト者の場合、今日の聖書箇所をどのように考えたら良いのでしょうか?
キリスト者の中には、律法不要論の人がいます。
しかし、イエス様は、律法は天地が滅び失せない限りなくならない、と語られました。
マタイ518には、「まことに、あなたがたに言います。天地が消え去るまで、律法の一点一画も決して消え去ることはありません。すべてが実現します。」(新改訳2017)と語られ、それに続いて、「ですから、これらの戒めの最も小さいものを一つでも破り、また破るように人々に教える者は、天の御国で最も小さい者と呼ばれます。しかし、それを行い、また行うように教える者は天の御国で偉大な者と呼ばれます。」(マタイ519・新改訳2017)と語られたのです。

 キリスト者の中には、このような聖句に触れると、律法を守らなければ救われないのだろうとか、と不安を覚える人もいますが、上記の御言葉は天の御国に入っている人に対しての御言葉です。

 ご安心ください。
救いは、律法を守れるか守れないかとは関係ありません。
イエス・キリスト様を信じる者は誰でも救われるのです。
ローマ人への手紙10章には、
9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われるからです。10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。11 聖書はこう言っています。「この方に信頼する者は、だれも失望させられることがない。」12 ユダヤ人とギリシア人の区別はありません。同じ主がすべての人の主であり、ご自分を呼び求めるすべての人に豊かに恵みをお与えになるからです。13 「主の御名を呼び求める者はみな救われる」のです。”(新改訳2017)と記されています。

 イエス様を信じた人は「永遠のいのち」を得ます(ヨハネ336)。
イエス様を信じた人は、永遠の滅びへ行くという裁き(火と硫黄の池)を受けることがありません(ヨハネ318)。{キリスト者は、キリストの裁きの座に立たされる、というのはあります(2コリント510)。このさばきは報酬と関係があります(1コリント310-15、マタイ2514-30、ルカ1912-27参照)。}
イエス様を信じた人は神の子どもです(1ヨハネ31.2)。
イエス様を信じた者の集合体{教会(エクレシア)}はキリストの花嫁です(2コリント112、エペソ532、黙示録196-8)。
イエス様を信じた結果与えられた驚くべき恵みです。

 今日の聖書箇所は、救われたキリスト者の聖なる歩みに関することと関係します。
キリスト者が地上に置かれているとき、キリスト者は、主のみ旨の内を御霊の導きによって歩むほうが、そうではない歩みよりも御父から祝福されます。この祝福は霊的なものです。とはいえ、物質的にも祝福される場合が多いですが、物質的祝福については絶対とは言えません。しかし、主は必要を満たしてくださいます(ピリピ419)。
主のみ旨の内を歩む歩みを聖い歩みと言います。
きよい歩みのすばらしさは、主をより豊かに知ることが出来ること、主との交わりがとても豊かになることです。きよい歩みの根底には、主への愛があります。
 世の中には、主イエス様を信じようとはしないけれども人格的に優れている人たちがいます。そのような人達は、対人的に、ある意味かなり正しい人かもしれませんが、きよくはありません。
黙示録2211に、「・・・。正しい者には、ますます正しいことを行わせ、聖なる者は、ますます聖なる者とならせなさい。」(新改訳2017)という面白い表現の聖句が記されています。
私たち、キリスト者は、「聖なる者は、ますます聖なる者とならせなさい。」に該当します。
本質的に聖なるお方は、三一の主なる神様だけです。
聖とは、他の者と区別されている、ということです。
主のお名前は、ヤハウェですが、ヤハウェには、自存と永遠という意があります。
自存にて永遠なるお方は、主しかいません。それ故、主は聖なるお方です。
他のすべてのものは、主によってつくられたもの、すなわち被造物です。
但し、例外が一つあります。
それは新生したキリスト者の霊です。
イエス様は、「まことに〔原語は「アーメン」(筆者挿入)〕、まことに、あなたに言います。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」(ヨハネ33・新改訳2017)と語られ、更に、「肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。」(ヨハネ36・新共同訳)と語られました。
神の霊から生まれた霊は聖いものです。そこにイエス様がお住みになられるのです。
更にイエス様が魂にも満ち、体にも満ちてくださったら素晴らしいです。
そのためには、魂のきよめが必要です。魂は、イエス様を信じた時に救わました(1ペテロ19)。魂は、救われた時に初次的聖化を受けました。即ち、イエス様を信じない魂から、イエス様を信じ、イエス様に従いたいという思いを与えられたのです。
そして、主と共に歩み続けることによって、あの部分もこの部分も一つ一つ、主は、主のみ旨と一致するように変えてくださるのです。これを聖化と言います。
主は、一人一人にご計画をお持ちですから、一人一人の聖なる歩みの外見は、皆同じ、というわけではありません。人と比べないように、人と比べるのではなく、わたしイエスについて来なさい、というのがイエス様の教えです(ヨハネ2122)。
主と共に歩めば、聖徒は益々聖なる者とされるのです(1ヨハネ17、黙示録2211参照)。
主と共に歩むという聖なる歩みは、益々豊かに、主の愛の中で、主のすばらしさを知り、主の豊かさを知りながら歩む地上生涯となるのです。
ヘブル1214には、「すべての人との平和を追い求め、また、聖さを追い求めなさい。聖さがなければ、だれも主を見ることができません。」(新改訳2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
主を愛し、主に信頼し続け、いつも主と共に歩む聖い歩みをする者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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神様の恵みに感謝します。

アーメン

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