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2020年9月 6日 (日)

1サムエル記3章 少年サムエル、主の御言葉を聞く

 1‐6節には、“
1 さて、少年サムエルはエリのもとで主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕に仕えていた。そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。2 その日、エリは自分のところで寝ていた。彼の目はかすんできて、見えなくなっていた。3 神のともしびが消される前であり、サムエルは、神の箱が置かれている主の神殿で寝ていた。4 主はサムエルを呼ばれた。彼は、「はい、ここにおります」と言って、5 エリのところに走って行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは「呼んでいない。帰って、寝なさい」と言った。それでサムエルは戻って寝た。6 主はもう一度、サムエルを呼ばれた。サムエルは起きて、エリのところに行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは「呼んでいない。わが子よ。帰って、寝なさい」と言った。7 サムエルは、まだ主を知らなかった。まだ主のことばは彼に示されていなかった。”(新改訳2017)と記されています。

 祭司エリの家系に主の呪いが発せられた(1サムエル2:27-36)後も、少年になったサムエルは、エリのもとでヤハウェ(主)に仕えていました(1)。このエリの晩年の時代は、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかったというような霊的に暗い時代でした(1)。

 2節には「その日、エリは自分のところで寝ていた。彼の目はかすんできて、見えなくなっていた。」とあります。
エリは霊的にも暗くなってきつつありましたが、目の方も今でいう老人性白内障のような状態になっていたのかな、と思います。

 3節には「神のともしびが消される前であり、サムエルは、神の箱が置かれている主の神殿で寝ていた。」とあります。
「神の箱」は神の臨在の象徴です。サムエルは神の箱が置かれている神殿で寝ていたのです。

 サムエルが寝ている時、主はサムエルに「サムエル、サムエル」と声をかけました。サムエルは主の呼びかけを聞くのは初めてのことであり(7)、サムエルはエリが呼んでいるのだと思いました。サムエルはすぐに起き上がることを嫌がらず、直ちに起きて、エリの下に馳せ参じ「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言いました。エリはサムエルが空耳かあるいは何かを勘違いしたのだろうと思ったのではないかと思います。エリは「呼んでいない。帰って、寝なさい」と言いました。そう言われたサムエルは寝床に戻って寝ました(4.5)。サムエルが寝ると、また同じことが起きたのです(6)。

 8.9節には、
“8 主は三度目にサムエルを呼ばれた。彼は起きて、エリのところに行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは、主が少年を呼んでおられるということを悟った。9 それで、エリはサムエルに言った。「行って、寝なさい。主がおまえを呼ばれたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい。」サムエルは行って、自分のところで寝た。”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルが主に「サムエル、サムエル」と呼ばれた時、サムエルは、これもまた錯覚だろうから寝ていよう、とは思わず、エリが呼んだと思って、忠実にエリのもとに行きました。
祭司エリは、3度同じことが起こったので、これはサムエルの錯覚ではなく主がサムエルを呼んでおられるのではないかと気づいたのです。そしてサムエルに主が呼ばれたときの対処方法を、「主がおまえを呼ばれたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい。」と教えました。

 10節には、サムエルに主が訪れ、主がサムエルに御声をかけられたとき、サムエルが正しくこたえることが出来たことが、次のように記されています。
“主が来て、そばに立ち、これまでと同じように、「サムエル、サムエル」と呼ばれた。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った。”(新改訳2017)。

 11‐14節には、
“11 主はサムエルに言われた。「見よ、わたしはイスラエルに一つのことをしようとしている。だれでもそれを聞く者は、両耳が鳴る。12 その日わたしは、エリの家についてわたしが語ったことすべてを、初めから終わりまでエリに実行する。13 わたしは、彼の家を永遠にさばくと彼に告げる。それは息子たちが自らにのろいを招くようなことをしているのを知りながら、思いとどまらせなかった咎のためだ。14 だから、わたしはエリの家について誓う。エリの家の咎は、いけにえによっても、穀物のささげ物によっても、永遠に赦されることはない。」”(新改訳2017)と記されています。

 主は、サムエルにエリの家の裁きについて告げられました。
 11節の「両耳がなる」を、注解付新改訳聖書の注は「災いを耳にして驚きを表わす状態の形容句」と述べています。
 12節の「エリの家についてわたしが語ったこと」とは、1サムエル2:27-36の神の人が語った内容です。冗長になりますが再掲すると、
“27 神の人がエリのところに来て、彼に言った。「主はこう言われる。あなたの父の家がエジプトでファラオの家に属していたとき、わたしは彼らに自分を明らかに現したではないか。28 わたしは、イスラエルの全部族からその家を選んでわたしの祭司とし、わたしの祭壇に上って香をたき、わたしの前でエポデを着るようにした。こうして、イスラエルの子らの食物のささげ物をすべて、あなたの父の家に与えた。29 なぜあなたがたは、わたしが命じたわたしへのいけにえ、わたしへのささげ物を、わたしの住まいで足蹴にするのか。なぜあなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうちの、最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。30 それゆえ──イスラエルの神、主のことば──あなたの家と、あなたの父の家は、永遠にわたしの前に歩むとわたしは確かに言ったものの、今や──主のことば──それは絶対にあり得ない。わたしを重んじる者をわたしは重んじ、わたしを蔑む者は軽んじられるからだ。31 見よ、その時代が来る。そのとき、わたしはあなたの腕と、あなたの父の家の腕を切り落とす。あなたの家には年長者がいなくなる。32 イスラエルが幸せにされるどんなときにも、あなたはわたしの住まいの衰退を見るようになる。あなたの家には、いつまでも、年長者がいない。33 わたしは、あなたのために、わたしの祭壇から一人の人を断ち切らないでおく。そのことはあなたの目を衰えさせ、あなたのたましいをやつれさせる。あなたの家に生まれてくる者はみな、人の手によって死ぬ。34 あなたの二人の息子、ホフニとピネハスの身に降りかかることが、あなたへのしるしである。二人とも同じ日に死ぬ。35 わたしは、わたしの心と思いの中で事を行う忠実な祭司を、わたしのために起こし、彼のために確かな家を建てよう。彼は、わたしに油注がれた者の前をいつまでも歩む。36 あなたの家の生き残った者はみな、銀貨一枚とパン一つを求めて彼のところに来てひれ伏し、『どうか、祭司の務めの一つでも私にあてがって、パンを一切れ食べさせてください』と言う。」”(新改訳2017)と記されています。

 エリの二人の息子(ホフニとピネハス)が、主に対して、また主を礼拝しに来た人たちに対して、悪を行い続けたことは、決して赦されないことであったのです。14節には「エリの家の咎は、いけにえによっても、穀物のささげ物によっても、永遠に赦されることはない。」とあります。
主が赦さない、ということは、新約で言えば、イエス様を信じることが出来ないということになるのであろうと思います。イエスを主と信じることが出来たのは聖霊によるのです。「聖霊によらなければ、イエスを主と言うことは出来ないのです」(1コリント12:3)。
主はすべての人が救われて真理を知るようになるのを望んでいます(1テモテ2:4)が、主は聖霊に言い逆らう者は赦されないとも語られました(マタイ12:32)。聖霊は、イエス様を信じないことが罪なのですよ、と教えてくださるお方です(ヨハネ16:8.9)。

 話を元に戻します。
 サムエルは主から受けた御言葉をエリに話すことを躊躇しました。しかし、エリは、主がサムエルに話をしたに違いない、と考えていましたから、サムエルを呼びだし、サムエルに主が語られた内容を語らせました。そのことが15‐18節前半に次のように記されています。
“15 サムエルは朝まで寝て、それから主の家の扉を開けた。サムエルは、この黙示のことをエリに知らせるのを恐れた。16 エリはサムエルを呼んで言った。「わが子サムエルよ。」サムエルは「はい、ここにおります」と言った。17 エリは言った。「主がおまえに語られたことばは、何だったのか。私に隠さないでくれ。もし、主がおまえに語られたことばの一つでも私に隠すなら、神がおまえを幾重にも罰せられるように。」18 サムエルは、すべてのことをエリに知らせて、何も隠さなかった。”(新改訳2017)と。

 サムエルから話を聞いた祭司エリは「その方は主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕だ。主が御目にかなうことをなさるように。」と言ったのです(18節後半)。
 エリは、主よりも息子たちの方をより愛していたのです。その結果滅びを刈り取ることになりました。
マタイ10:37-39のイエス様の御言葉を思い起こします。
“37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。38 自分の十字架を負ってわたしに従って来ない者は、わたしにふさわしい者ではありません。39 自分のいのちを得る者はそれを失い、わたしのために自分のいのちを失う者は、それを得るのです。”(新改訳2017)と記されています。

 19-21節には、
“19 サムエルは成長した。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とすことはなかった。20 全イスラエルは、ダンからベエル・シェバに至るまで、サムエルが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の預言者として堅く立てられたことを知った。21 主は再びシロで現れた。主はシロで主のことばによって、サムエルにご自分を現されたのである。”(新改訳2017)と記されています。

 20節には「全イスラエルは、ダンからベエル・シェバに至るまで、サムエルが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の預言者として堅く立てられたことを知った。」とあります。
「ダンからベエル・シェバに至るまで」とは、北のダンの相続地から南のユダの相続地まで、すなわちイスラエル全土において、の意があります。サムエルは最後の士師(さばきつかさ)でであり、預言者でした。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
主はサムエルと共におられましたが、新生させて頂いた私たちキリスト者の内には、主が住んでくださっておられますから感謝します。
主が私たちを整え続けてくださり、私たちのからだを用いてあなたの栄光があなたご自身によって表されますように。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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コメント

サムエルの従順さ、忠実さを学ばせていただきました。
自分がエリの立場に…と置き換えると、〝譲る時がきたのか…〟とか〝何故、息子達は…〟とか、様々な思いに駆り立てられるなーと思いました。イエス様を1番にしていたら、その様な感情はわいてこないのでしょうね。

そうですね。
それは肉の思いと霊の思いの違い、切り離し、によるのでしょう。
・・・
この答えは、分からなくても良いです。
分かれば幸いですが、このことの質問には答えません。
いずれ分かるときが来ますから。

頭の理解ではなく、時間の経過の中で、分かる時がくるのですね…。

主がわからせてくださる時が来るのです。

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