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2020年9月 7日 (月)

1サムエル4章 神の契約の箱が奪われる

 1.2節には、
“1 サムエルのことばが全イスラエルに行き渡ったころ、イスラエルはペリシテ人に対する戦いのために出て行き、エベン・エゼルのあたりに陣を敷いた。一方、ペリシテ人はアフェクに陣を敷いた。2 ペリシテ人はイスラエルを迎え撃つ陣備えをした。戦いが広がると、イスラエルはペリシテ人に打ち負かされ、約四千人が野の戦場で打ち殺された。”(新改訳2017)と記されています。

 3章1節から18節までのサムエルは少年でしたが、3:19には「サムエルは成長した。主は彼とともにおられ、彼のことばを一つも地に落とすことはなかった。」と記され、4章に入ると1節に「サムエルのことばが全イスラエルに行き渡ったころ」とありますから、4章のサムエルは成人していたのではないかと推測します。その頃、イスラエルはペリシテ人に対する戦いのために出て行ったのです。

 ペリシテ人について、聖書辞典は、“パレスチナ南西部の東地中海沿岸寄りに居住した民族の名称.彼らの5大都市(ペンタポリス)は,エクロン,アシュドデ,アシュケロン,ガテ,ガザであった.ペリシテ人は前1200―1000年のイスラエルにとって最大の敵であった。”(抜粋)と、ペリシテとイスラエルとの関係をも含めて記しています。

 エベン・エゼルという名は、恐らくこの戦いの始まりのときには、まだありませんでした。何故なら、1サムエル7:12に“サムエルは一つの石を取り、ミツパとエシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。”(新改訳2017)と記されているからです。

 アフェクは、“ヨッパ(ヤフォ)の東北東約18キロにあるアンテパトリス(使徒23:31),今日のラース・エル・アインと考えられている”と聖書辞典は記しています。

 イスラエルとペリシテの戦闘結果は、2節を見ると「戦いが広がると、イスラエルはペリシテ人に打ち負かされ、約四千人が野の戦場で打ち殺された。」とあるように、イスラエルの敗北です。

 3-5節には、
“3 兵が陣営に戻って来たとき、イスラエルの長老たちは言った。「どうして主は、今日、ペリシテ人の前でわれわれを打たれたのだろう。シロから主の契約の箱をわれわれのところに持って来よう。そうすれば、その箱がわれわれの間に来て、われわれを敵の手から救うだろう。」4 兵たちはシロに人を送り、そこから、ケルビムに座しておられる万軍の主の契約の箱を担いで来させた。そこに、神の契約の箱とともに、エリの二人の息子、ホフニとピネハスがいた。5 主の契約の箱が陣営に来たとき、全イスラエルは大歓声をあげた。それで地はどよめいた。”(新改訳2017)と記されています。

 イスラエル軍は、ペリシテ軍に敗北すると、主の契約の箱を持ってくることにしました。主の契約の箱が来れば勝利できると考えたからです。主の契約の箱は神の臨在の象徴でしたが、主の契約の箱に力があるわけではなく、実際に主の臨在がなければ主の契約の箱をもって来ても役に立たないのです。

 ヨシュアがリーダーであった時代、ヨルダン川を渡る時、主の契約の箱を担ぐ祭司の足がヨルダン川に入ると、ヨルダン川の水が堰き止められたことや(ヨシュア4:14-17)、祭司が主の契約の箱を担いでエリコの城壁を回り、勝利したこと(ヨシュア6:1-21)がありました。これらの行為は、主のご命令に従って行なわれたことです。
しかし今回、主の契約の箱を持ってくるということは主のご命令ではありませんでした。戦いに出ている人達の考えで行ったのです。主の契約の箱と共に主を知らない祭司であるホフニとピネハスもやってきました。

 6‐9節には、
“6 ペリシテ人はその歓声を聞いて、「ヘブル人の陣営の、あの大歓声は何だろう」と言った。そして主の箱が陣営に来たと知ったとき、7 ペリシテ人は恐れて、「神が陣営に来た」と言った。そして言った。「ああ、困ったことだ。今までに、こんなことはなかった。8 ああ、困ったことだ。だれがこの力ある神々の手から、われわれを救い出してくれるだろうか。これは、荒野で、ありとあらゆる災害をもってエジプトを打った神々だ。9 さあ、ペリシテ人よ。奮い立て。男らしくふるまえ。そうでないと、ヘブル人がおまえたちに仕えたように、おまえたちがヘブル人に仕えるようになる。男らしくふるまって戦え。」”(新改訳2017)と、主の契約の箱が来た時のペリシテ人の反応が記されています。
 ペリシテ人は史実を正しく把握していませんでしたが、主なる神様が偉大なお方であることだけは分かっていたようです。

 10.11節には、
“10 こうしてペリシテ人は戦った。イスラエルは打ち負かされ、それぞれ自分たちの天幕に逃げ、非常に大きな打撃となった。イスラエルの歩兵三万人が倒れた。11 神の箱は奪われ、エリの二人の息子、ホフニとピネハスは死んだ。”(新改訳2017)と記されています。

 主のご命令ではない、即ち主の臨在を伴わないところの主の契約の箱を担いで来ても、イスラエルの歩兵三万人が倒されイスラエルは敗北したのです。それと共に神の箱(主の契約の箱)は奪われ、エリの二人の息子、ホフニとピネハスは死んだのです。

 ホフニとピネハスの死は神の人がエリに語った主の御言葉の通りでした。
1サムエル2章には、“27 神の人がエリのところに来て、彼に言った。「主はこう言われる。34 あなたの二人の息子、ホフニとピネハスの身に降りかかることが、あなたへのしるしである。二人とも同じ日に死ぬ。”(新改訳2017)と記されています。

 12‐18節には、
“12 一人のベニヤミン人が戦場から走って来て、その日シロに着いた。衣は裂け、頭には土をかぶっていた。13 彼が着いたとき、エリはちょうど、道のそばの椅子に座って見張っていた。神の箱のことを気遣っていたからであった。この男が町に入って来て報告すると、町中こぞって泣き叫んだ。14 エリがこの泣き叫ぶ声を聞いて、「この騒々しい声は何だ」と言うと、男は大急ぎでやって来てエリに知らせた。15 エリは九十八歳で、その目はこわばり、何も見えなくなっていた。16 男はエリに言った。「私は戦場から来た者です。私は、今日、戦場から逃げて来ました。」するとエリは「わが子よ、状況はどうなっているのか」と言った。17 知らせを持って来た者は答えて言った。「イスラエルはペリシテ人の前から逃げ、兵のうちに打ち殺された者が多く出ました。それに、あなたの二人のご子息、ホフニとピネハスも死に、神の箱は奪われました。」18 彼が神の箱のことを告げたとき、エリはその椅子から門のそばにあおむけに倒れ、首を折って死んだ。年寄りで、からだが重かったからである。エリは四十年間、イスラエルをさばいた。”(新改訳2017)と記されています。

 祭司エリは、神の人の預言(2:27-36)を心に留めていたと思います。主は、主が神の人を用いてエリに語られたのと同じような内容をサムエルにも告げられました。エリがサムエルから主の御言葉を聞いた時、エリは「主が御目にかなうことをなさるように。」(3:18)と言いましたが、それが現実になったとき、そのショックは極めて大なるものでした。イスラエルの敗北を知らせる者が「あなたの二人のご子息、ホフニとピネハスも死に、神の箱は奪われました。」と言うと、エリはその椅子から門のそばにあおむけに倒れ、首を折って死んだのです。
 主は、神の人及びサムエルを通して語られたように、ホフニとピネハスの罪、またホフニとピネハスの罪に対して断固として立ち向かわなかったエリの罪に対する裁きを行われたのでした。

 19-22節には、
“19 彼の嫁、ピネハスの妻は身ごもっていて出産間近であったが、神の箱が奪われて、しゅうとと夫が死んだという知らせを聞いたとき、陣痛が起こり、身をかがめて子を産んだ。20 彼女は死にかけていて、彼女の世話をしていた女たちが「恐れることはありません。男の子が生まれましたから」と言ったが、彼女は答えもせず、気にも留めなかった。21 彼女は、「栄光がイスラエルから去った」と言って、その子をイ・カボデと名づけた。これは、神の箱が奪われたこと、また、しゅうとと夫のことを指したのであった。22 彼女は言った。「栄光はイスラエルから去った。神の箱が奪われたから。」”(新改訳2017)と記されています。

 21節の「イ・カボデ」の「イ」はnotの意で「カボデ」(カボード)は栄光の意です。

 元来、堕罪したアダムを始祖とする私たちには「イ・カボデ」(栄光はない)のです。パウロはローマ3章に、
“23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、24 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。25 神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。26 このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。”(新共同訳)と記しています。

 イエス様は私たちを栄光に輝くものとして下さるのです。私たちが栄化された暁にはそのことが明白になります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたの御言葉は成就します。
あなたの御約束が確かなものであることを感謝します。
イエス様が贖いの御業を全うされた故に、イエス様を信じた(信じさせて頂いた)私たちは、キリストの花嫁としての栄光を賜りましたことを感謝します。
御父であるあなたを愛し、私たちの主であるキリスト様を愛して1日1日を歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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コメント

神様がお決めになられた事は、必ず成就される事を、改めて学びます。

主を信じて、御言葉の通りに歩んでゆく事が大切、心が悪になってしまったら、悔い改めて赦しをいただく事の大切さも同時に学ばせていただきました。
今回は、目に見えて悪である事がわかりますが、初めて読み学び始めた時には、意味がわからない事がありました。
何故、箱を動かしたらいけないのだろう?と、うっすら記憶に残っている事を思い出します。
神様が臨在していない契約の箱とは?等です。
今は、理解ができ始めているので、スッと学ぶ事ができている事に、改めて感謝します。

主なる神様が霊的理解力を少しずつ与えてくださっているのですね。
ハレルヤ!

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