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2020年9月 2日 (水)

1サムエル1:1-20 サムエルの誕生

 1サムエル1:1-3には、
“1 エフライムの山地ラマタイム出身のツフ人の一人で、その名をエルカナという人がいた。この人はエロハムの子で、エロハムはエリフの子、エリフはトフの子、トフはエフライム人ツフの子であった。2 エルカナには二人の妻がいた。一人の名はハンナといい、もう一人の名はペニンナといった。ペニンナには子がいたが、ハンナには子がいなかった。3 この人は、毎年自分の町から上って行き、シロで万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を礼拝し、いけにえを献げることにしていた。そこでは、エリの二人の息子、ホフニとピネハスが主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の祭司をしていた。”(新改訳2017)と記されています。

 エルカナとハンナの子が預言者であり士師(さばきつかさ)であったサムエルです。エルカナという名のイスラエル人は何人もいます。
サムエルの子の名前はヨエルとアビヤです(1サムエル8:2)。
1歴代誌6章には「22 ケハテ族は、 ・・・26 エルカナについては、エルカナの子は、その子ツォファイ、その子ナハテ、27 その子エリアブ、その子エロハム、その子エルカナ。28 サムエルの子は、長子ヨエル、次男アビヤ。33 奉仕をした者たちとその一族は次のとおりである。ケハテ族からはヨエルの子、歌い手ヘマン。ヨエルはサムエルの子、34 サムエルはエルカナの子、エルカナはエロハムの子、エロハムはエリエルの子、エリエルはトアハ〔1サムエル1:1では「トフ」(新改訳欄外注)〕の子、」(新改訳2017)と記されています。  
それ故、エルカナはエフライムの山地の出身ですが、エフライム族ではなく、エフライムの領地に住んでいるレビ族です。それ故、サムエル1:3の「この人は、毎年自分の町から上って行き、シロで万軍の主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕を礼拝し、いけにえを献げることにしていた。」という行動も自然なことであろうと思います。

 1サムエル1:4-8には、“
4 そのようなある日、エルカナはいけにえを献げた。彼は、妻のペニンナ、そして彼女のすべての息子、娘たちに、それぞれの受ける分を与えるようにしていたが、5 ハンナには特別の受ける分を与えていた。主は彼女の胎を閉じておられたが、彼がハンナを愛していたからである。6 また、彼女に敵対するペニンナは、主がハンナの胎を閉じておられたことで、彼女をひどく苛立たせ、その怒りをかき立てた。7 そのようなことが毎年行われ、ハンナが主の家に上って行くたびに、ペニンナは彼女の怒りをかき立てるのだった。こういうわけで、ハンナは泣いて、食事をしようともしなかった。8 夫エルカナは彼女に言った。「ハンナ、なぜ泣いているのか。どうして食べないのか。どうして、あなたの心は苦しんでいるのか。あなたにとって、私は十人の息子以上の者ではないか。」”(新改訳2017)と記されています。

エルカナ(夫)には妻が二人いました。ペニンナとハンナです。一人の夫に妻が二人いるというのは問題が起こるものです。夫の偏愛により嫉妬が起こりますから、嫉妬している方の女性はもう一人の女性に意地悪をするのが常です。エルカナは不妊の妻であるハンナの方をより愛していたように思います(5)。またハンナには子供が与えられていません(2)。旧約時代は、主に祝福されていたら子どもが与えられると考えられていました(申命記28:11、詩篇127:3)から、ペニンナはそれを利用しハンナをより一層苦しめたのであろうと思います。

 しかし、ハンナに子を与えなかったのは、主のご計画であったのではないかと思います。主は、ハンナが、子が与えられたらその子を主に献げますから子を与えてください、と願うようになるまで、ハンナを不妊にさせておいたのではないかと私は思います。

 1サムエル1:9-11には、
“9 シロでの飲食が終わった後、ハンナは立ち上がった。ちょうどそのとき、祭司エリは主の神殿の門柱のそばで、椅子に座っていた。10 ハンナの心は痛んでいた。彼女は激しく泣いて、主に祈った。11 そして誓願を立てて言った。「万軍の主よ。もし、あなたがはしための苦しみをご覧になり、私を心に留め、このはしためを忘れず、男の子を下さるなら、私はその子を一生の間、主にお渡しします。そしてその子の頭にかみそりを当てません。」”(新改訳2017)と記されています。

 主の幕屋は、ヨシュアの時代以来シロに置かれていました。
ヨシュア18:1には、“イスラエルの子らの全会衆はシロに集まり、そこに会見の天幕〔幕屋(新共同訳、口語訳)〕を建てた。”(新改訳2017)と記されています。
 11節には、ハンナが誓願を立てて言った、とあります。
「誓願」について聖書辞典には、
“〔誓願とは(筆者挿入)〕神が自分の願いを聞き届けてくださった時にある事をする,あるいはあるささげ物をすると約束すること(創世記28:20-22)。”(抜粋)と記されています。

 ハンナは「万軍の主よ。もし、あなたがはしための苦しみをご覧になり、私を心に留め、このはしためを忘れず、男の子を下さるなら、私はその子を一生の間、主にお渡しします。そしてその子の頭にかみそりを当てません。」と祈っていますから、ハンナは、不妊であることがとても苦しかったのでしょうね。子どもが与えられたら、大事に育てます、と祈るのではなく、主にささげます、と祈っています。
「頭にかみそりを当てません」というのはナジル人の誓願です。
「ナージール」とは、separate(分ける)の意で、対神的には「聖別」ということです。
ハンナは「その子を一生の間、主にお渡しします。」と祈ったのでした。

 12-18節には、
“12 ハンナが主の前で長く祈っている間、エリは彼女の口もとをじっと見ていた。13 ハンナは心で祈っていたので、唇だけが動いて、声は聞こえなかった。それでエリは彼女が酔っているのだと思った。14 エリは彼女に言った。「いつまで酔っているのか。酔いをさましなさい。」15 ハンナは答えた。「いいえ、祭司様。私は心に悩みのある女です。ぶどう酒も、お酒も飲んではおりません。私は主の前に心を注ぎ出していたのです。16 このはしためを、よこしまな女と思わないでください。私は募る憂いと苛立ちのために、今まで祈っていたのです。」17 エリは答えた。「安心して行きなさい。イスラエルの神が、あなたの願ったその願いをかなえてくださるように。」18 彼女は、「はしためが、あなたのご好意を受けられますように」と言った。それから彼女は帰って食事をした。その顔は、もはや以前のようではなかった。”(新改訳2017)と記されています。

 この箇所は、祭司エリとハンナのやり取りが記されています。
 13節には「ハンナは心で祈っていた」と記されています。大きな声で或いは声を出して祈ることが大切であるというようなことを言う人がまれにいますが、主は黙祷であっても心からの祈りに耳を傾けてくださることがハンナの例から分かります。まして、キリスト者の場合には、その人の心の内に主が住んでくださっておられます。大声を出して叫ぶように祈った祈りにも、かすかな声で祈った祈りにも、声を出さずに祈った祈りにも主は心からの祈りであれば聞いてくださると思います。主が聞かれるのはそのような祈りだけではなく、祈ってもいないのに私たちの愚痴や不平も聞きます(民数記11:4-6)。そして主への不平に主がこたえてこられることがあります(民数記11:18-33)。すべてのことを主に感謝する人は幸いです(エペソ5:20、1テサロニケ5:18)。
 祭司エリは、唇だけが動き、声が聞こえてこないハンナの祈りを、酒によっていると判断しましたが、主はハンナの心の叫びを聞いてくださいました。
 
 12‐17節をリビングバイブルは、
“12.13 エリは、ハンナのくちびるが動くのに、声が聞こえないので、酔っているのではないかと思っていました。14 「いつまで酔っ払っているのか。早く酔いをさましなさい。」15.16 「いいえ、祭司様。酔ってなどいません。ただ、あまりに悲しいので、私の胸のうちを洗いざらい主に申し上げていたのです。どうか酔いどれ女だなどとお思いにならないでください。」17 「そうだったのか。よしよし。元気を出しなさい。
イスラエルの主が、あなたの切なる願いをかなえてくださるように。」
”と意訳しています。

 ハンナは、祭司エリの言葉を聞いて、晴れやかな顔に戻り、食事をしました。
ハンナが晴れやかになれたのは、祭司の言葉だけなのだろうか、と思います。
ハンナには、主が祈りを聞いてくださった、という確信が与えられたのかも知れません。

 少し脱線しますが、大きな問題を抱えていても、それを主に委ねきることが出来た場合にも、晴れやかになれます。

 19.20節には、
“19 彼らは翌朝早く起きて、主の前で礼拝をし、ラマにある自分たちの家に帰って来た。エルカナは妻ハンナを知った。主は彼女を心に留められた。20 年が改まって、ハンナは身ごもって男の子を産んだ。そして「私がこの子を主にお願いしたのだから」と言って、その名をサムエルと呼んだ。”(新改訳2017)と記されています。

 19節の「エルカナは妻ハンナを知った」の箇所をリビングバイブルの以前の版は「エルカナはハンナと床を共にしました 」と意訳しています。
 サムエルと訳された語の原語は「シェムーエール」で、辞書によると「シャーマーとエール」から成り、「シャーマー」には、聞く、呼ぶ等の意があり、「エール」は神の意です。ハンナの説明は「主にお願いした」となっています。主にお願いし、主がその願いを聞いてくださって生まれた子ということで、サムエルとなずけたのであろうと思います。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたの摂理を深く感じます。
今日もあなたの御手の中で、御手に導かれて歩ませて頂けます幸いを感謝します。
我が主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン
・・・・・・・・・・・・・
<節理>キリスト教で、創造主である神の、宇宙と歴史に対する永遠の計画・配慮のこと。

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コメント

民数記に出てくる、コラの子孫なのですね。
妻を2人与えて嫉妬心を現す事も、主のご計画のうちなのでしょうか?私的には、避けて通りたい事象ですけれども、人間に与えられている罪の一つでしょうから、神様に向けて祈り続けてゆく事を与えられているのでしょうね…。
12-18節のやり取り、トミーさんも書かれてらっしゃいましたが、私もそう思いました。
主が見守ってくださっているのと、エリもハンナも主を信じているから、互いの勘違いや思いを拗れさせずに、愛し合う(思い遣り)事ができたから、スッと軽やかになったのかと思いました。学んでいるだけですが、とても心穏やかな気持ちにさせてもらえました。
子を授ける事も神様の御業、この世に誕生をさせて頂けた事を心からの感謝です。

“妻を2人与えて嫉妬心を現す事も、主のご計画のうちなのでしょうか?”→
マタイ19:3-9を読んでみてください。

夫婦は一体である事、神様が結びつけたものを誰も引き離してはならないという事は、理解しました。嫉妬心を現す必要も無いという事なのだと思いました。教えてくださり、ありがとうございます。
(妻を2人与えている箇所について、既にトミーさんがコメントされていたのに重複した質問をしてしまいました、すみませんでした)

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