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2020年9月12日 (土)

1サムエル9章 イスラエルの初代の王となる人が主に選ばれる

 サウルの出自と外見について1.2節には次のように記されています。
“1 ベニヤミン人で、その名をキシュという人がいた。キシュはアビエルの子で、アビエルはツェロルの子、ツェロルはベコラテの子、ベコラテはベニヤミン人アフィアハの子であった。彼は有力者であった。2 キシュには一人の息子がいて、その名をサウルといった。彼は美しい若者で、イスラエル人の中で彼より美しい者はいなかった。彼は民のだれよりも、肩から上だけ高かった。”(新改訳2017)とあります。

 サウルは、背の高い美しい若者で、サウルの父キシュの先祖をたどると、その中には、有力者or勇敢なor裕福なアフィアハというベニヤミン人がいたということです。
新改訳2017が「有力者」と訳した箇所を、新改訳第三版は「裕福な」と訳し、新共同訳は「勇敢な」と訳し、聖書協会共同訳は「力ある勇士」と訳しています。原語は2単語から成る「ギボール ハイル」で、「力のある勇士」or「裕福な勇士」・・・、等々色々に訳せます。
サウルは、イスラエルの中で最も背が高く一番イケメンであったと紹介されています。


 サウルの父キシュのろばの失踪とその捜索について3-10節に次のように記されています。
“3 あるとき、サウルの父キシュの雌ろば数頭がいなくなったので、キシュは息子サウルに言った。「しもべを一人連れて、雌ろばを捜しに行ってくれ。」4 サウルはエフライムの山地を巡り、シャリシャの地を巡り歩いたが、それらは見つからなかった。さらに、シャアリムの地を巡り歩いたが、いなかった。ベニヤミン人の地を巡り歩いても、見つからなかった。5 二人がツフの地にやって来たとき、サウルは一緒にいたしもべに言った。「さあ、もう帰ろう。父が雌ろばのことはさておき、私たちのほうを心配し始めるといけないから。」6 すると、しもべは言った。「ご覧ください。この町には神の人がいます。この人は敬われている人です。この人の言うことはみな、必ず実現します。今そこへ参りましょう。私たちが行く道を教えてくれるかもしれません。」7 サウルはしもべに言った。「もし行くとすると、その人に何を持って行こうか。私たちの袋には、パンもなくなったし、神の人に持って行く贈り物もない。何かあるか。」8 しもべは再びサウルに答えた。「ご覧ください。私の手に四分の一シェケルの銀があります。これを神の人に差し上げたら、私たちの行く道を教えてくださるでしょう。」9 昔イスラエルでは、神のみこころを求めに行く人は「さあ、予見者のところへ行こう」とよく言っていた。今の預言者は、昔は予見者と呼ばれていたからである。10 サウルはしもべに言った。「それはよい。さあ、行こう。」こうして、彼らは神の人のいる町へ行った。”(新改訳2017)とあります。

 サウルとキシュのしもべは、いなくなったサウルの父キシュの雌ロバ数頭を探しに行きました。二人はエフライムの山地、シャリシャの地、シャアリムの地、ベニヤミン人の地を巡り歩いてもロバは見つかりませんでした。そして5節には“ 二人がツフの地にやって来たとき、サウルは一緒にいたしもべに言った。「さあ、もう帰ろう。父が雌ろばのことはさておき、私たちのほうを心配し始めるといけないから。」”とあります。
恐らく、2‐3日捜したのであろうと思います。20節に「三日前にいなくなったあなたの雌ろばについては、もう気にかけないようにしてください。」というサムエルの言葉がありますから。

 サウルが「もう帰ろう、父が心配するといけないから。」としもべに言うと、しもべは「この町には神の人がいます。この人は敬われている人です。この人の言うことはみな、必ず実現します。今そこへ参りましょう。私たちが行く道を教えてくれるかもしれません。」とサウルに答えました。そして二人は、神の人(予見者、預言者)サムエルに会うことにしたのです(10)。

 11‐14節には、サウルが予見者サムエルを見つけるまでのことが次のように記されています。
“11 彼らがその町への坂道を上って行くと、水を汲みに出て来た娘たちに出会った。彼らは「予見者はここにおられますか」と尋ねた。12 すると娘たちは答えて言った。「はい。この先におられます。さあ、急いでください。今日、町に来られました。今日、高き所で民のためにいけにえをお献げになりますから。13 町に入ると、あの方が見つかるでしょう。あの方が食事のために高き所に上られる前に。民は、あの方が来られるまで食事をしません。あの方がいけにえを祝福して、その後で、招かれた者たちが食事をすることになっているからです。今、上って行ってください。あの方は、すぐに見つかるでしょう。」14 彼らが町へ上って行き、町に入りかかったとき、ちょうどサムエルが、高き所に上ろうとして彼らの方に向かって出て来た。”(新改訳2017)とあります。

 サウルたちは水を汲みに出て来た娘たちに「予見者はここにおられますか」と尋ねると、娘たちは「はい。この先におられます。さあ、急いでください。今日、町に来られました。今日、高き所で民のためにいけにえをお献げになりますから。」と答えています。

 1サムエル7:15-17に“サムエルは、一生の間、イスラエルをさばいた。彼は年ごとに、ベテル、ギルガル、ミツパを巡回し、これらすべての聖所でイスラエルをさばき、ラマに帰った。そこに自分の家があり、そこでイスラエルをさばいていたからである。彼はそこに主のために祭壇を築いた。”(新改訳2017)とありました。
1サムエル9:6には、“すると、しもべは言った。「ご覧ください。この町には神の人がいます。この人は敬われている人です。この人の言うことはみな、必ず実現します。今そこへ参りましょう。私たちが行く道を教えてくれるかもしれません。」”(新改訳2017)と記されていましたからこの箇所に出てくる町とはラマなのであろうと思います。

 15.16節には、サウルがサムエルに出会う前の日に、主がサムエルに語られた内容が記されています。
“15 主は、サウルが来る前の日に、サムエルの耳を開いて告げておられた。16 「明日の今ごろ、わたしはある人をベニヤミンの地からあなたのところに遣わす。あなたはその人に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの君主とせよ。彼はわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫びがわたしに届き、わたしが自分の民に目を留めたからだ。」”(新改訳2017)とあります。

 主はサムエルに「明日の今ごろ、わたしはある人をベニヤミンの地からあなたのところに遣わす。」と語っておられます。
 ということは、
➀ロバ(複数形)がいなくなり、キシュが息子のサウルをロバの捜索に遣わしたことは、主から出ていたと考えることも出来ます。サウルが色々な地を巡って捜しても見つからず、丁度サムエルが(恐らく)ラマにいて主にいけにえを献げる頃合いにサウルがサムエルに出会うように主が取り計らったのではないだろうかという考えかたが一つと、
➁ロバたちの失踪は、主が起こしたことではなく、ロバたちが行きたいところへ行ってしまった、ということであり、主はそうなることを予知し、サウルが探しに行くことも予知し、サウルがサムエルに会うことが出来るように計画し、サウルとサムエルが合うことが出来るように導いたのではないだろうか、という推測も成り立ちます。
➂その他のあり様も考えられます。

 主はサムエルに「明日の今ごろ、わたしはある人〔サウル(筆者挿入)〕をベニヤミンの地からあなたのところに遣わす。あなたはその人に油を注ぎ、わたしの民イスラエルの君主とせよ。彼はわたしの民をペリシテ人の手から救う。民の叫びがわたしに届き、わたしが自分の民に目を留めたからだ。」と語られました。

 17‐27節には、
“17 サムエルがサウルを見るやいなや、主は彼に告げられた。「さあ、わたしがあなたに話した者だ。この者がわたしの民を支配するのだ。」18 サウルは、門の中でサムエルに近づいて、言った。「予見者の家はどこですか。教えてください。」19 サムエルはサウルに答えた。「私が予見者です。私より先に高き所に上りなさい。今日、あなたがたは私と一緒に食事をするのです。明日の朝、私があなたを送ります。あなたの心にあるすべてのことについて、話しましょう。20 三日前にいなくなったあなたの雌ろばについては、もう気にかけないようにしてください。見つかっていますから。全イスラエルの思いは、だれに向けられているのでしょう。あなたと、あなたの父の全家にではありませんか。」21 サウルは答えて言った。「私はベニヤミン人で、イスラエルの最も小さい部族の出ではありませんか。私の家族は、ベニヤミンの部族のどの家族よりも、取るに足りないものではありませんか。どうしてこのようなことを私に言われるのですか。」22 サムエルはサウルとそのしもべを広間に連れて来て、三十人ほどの招かれた人たちの上座に着かせた。23 サムエルは料理人に、「取っておくようにと渡しておいた、ごちそうを出しなさい」と言った。24 料理人は、もも肉とその上にある部分を取り出し、サウルの前に置いた。サムエルは言った。「これはあなたのために取っておいたものです。あなたの前に置いて、食べてください。その肉は、私が民を招いたと言って、この定められた時のため、あなたのために取り分けておいたものですから。」その日、サウルはサムエルと一緒に食事をした。25 彼らは高き所から町に下って来た。それからサムエルはサウルと屋上で話をした。26 彼らは朝早く起きた。夜が明けかかると、サムエルは、屋上にいるサウルに叫んだ。「起きてください。あなたを送りましょう。」サウルは起きて、サムエルと二人で外に出た。27 二人が町外れへと下っていたとき、サムエルがサウルに「しもべに、私たちより先に行くように言ってください」と言ったので、しもべは先に行った。「あなたは、ここにしばらくとどまってください。神のことばをお聞かせしますから。」”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルがサウルを見るやいなや、「さあ、わたしがあなたに話した者だ。この者がわたしの民を支配するのだ。」と主はサムエルに語られました(17)。
サムエルは、イスラエルの初代の王となる人を見たのです。

 主のお言葉のタイムリーさを見ます。
 少し脱線しますが、
イエス様が「人々があなたがたを引き渡したとき、何をどう話そうかと心配しなくてもよいのです。話すことは、そのとき与えられるからです。話すのはあなたがたではなく、あなたがたのうちにあって話される、あなたがたの父の御霊〔父の霊(新共同訳、口語訳)〕です。」(マタイ10:19.20・新改訳2017)というお言葉を思い浮かべます。主は「遅れることはない」(ハバクク2:3・新改訳2017)お方です。
 さらに脱線しますが、私たちの体が霊の体に変えられるときにも御父の霊が働くのだと思います。ローマ8:11に「もし、イエスを死者の中から復活させた方の霊が、あなたがたの内に宿っているなら、キリストを死者の中から復活させた方は、あなたがたの内に宿っているその霊によって、あなたがたの死ぬはずの体をも生かしてくださるでしょう。」(新共同訳)と記されています。

 話を元に戻します。
 18.19節の箇所で、サウルとサムエルが初めて言葉を交わします。
サウルが「予見者の家はどこですか。教えてください。」(18)と訊ねた人こそなんとサムエルでした。 
サムエルは、サウルが失踪したロバのことを尋ねる前に、サウルに「私が予見者です。私より先に高き所に上りなさい。今日、あなたがたは私と一緒に食事をするのです。明日の朝、私があなたを送ります。あなたの心にあるすべてのことについて、話しましょう。三日前にいなくなったあなたの雌ろばについては、もう気にかけないようにしてください。見つかっていますから。全イスラエルの思いは、だれに向けられているのでしょう。あなたと、あなたの父の全家にではありませんか。」と言ったのです。

 これまでの一連の出来事とそれに続くここでの出来事は、主がサウルを王としてして立てるための主の計画であったのです。
サウルは、歩いても歩いてもロバを見つけることが出来ませんでした。サウルがその件で愚痴を言ったとは記されていません。かえって父親のことを心配しています。
この章で見るサウルは、イケメンで背が高く、心優しく、健脚で忍耐深い人という印象です。

 話は変わりますが、
私たちキリスト者には「神を愛する人たち、すなわち、神のご計画にしたがって召された人たちのためには、すべてのことがともに働いて益となる」(ローマ8:28・新改訳2017)という約束が与えられています。
「どうしてこんなことが」と思えるようなことも、主の摂理の内にあることを覚えます。
主は大変な時にも愚痴を言わずに「いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって、父である神に感謝しなさい。」(エペソ5:20・新改訳2017)と命じておられます。それが祝福の基だからです。 

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、私たちに恵みの上に恵みを与えてくださるお方ですから御名を崇め賛美し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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コメント

神様は、いつでも助けてくださるお方ですね。
【サムエルがサウルを見るやいなや、主は彼に告げられた。】
この様な事が、日常生活の中で起きてくれたらいいのに…と思ってしまうのは、まだまだ信仰が弱いという証拠でしょうか?望んでしまいます。
それに関連するかの様に、マタイ10:19.20を載せてくださり、ありがとうございます。
全ては神様のご計画の内。思い悩む事など何一ついらないのですよね。
サムエルの感情など、何処にも記されてはおりませんが流れの中で、挫折感とでもいいましょうか、いたみが生じたのではないのかな?と思いました。幼い頃から従順に主に仕えていたサムエルを思い出しながらと、サウルの好青年っぷりとを浮かべながら、学ばせていただきました。

そうですね。
主にゆだねることのできる人は幸いです(詩篇55:23・新共同訳)。

できたら、軽やかなあゆみとなり、主の御心に従って生きてゆけるのでしょうね。
私はまだ時間がかかりそうです…。

段々とそのようになりますから大丈夫です。

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