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2020年9月 5日 (土)

1サムエル2:27-36 祭司エリ家への主の呪い/主を重んじる者を主は重んじる

 27-36節には、
“27 神の人がエリのところに来て、彼に言った。「主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。あなたの父の家がエジプトでファラオの家に属していたとき、わたしは彼らに自分を明らかに現したではないか。28 わたしは、イスラエルの全部族からその家を選んでわたしの祭司とし、わたしの祭壇に上って香をたき、わたしの前でエポデを着るようにした。こうして、イスラエルの子らの食物のささげ物をすべて、あなたの父の家に与えた。29 なぜあなたがたは、わたしが命じたわたしへのいけにえ、わたしへのささげ物を、わたしの住まいで足蹴にするのか。なぜあなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうちの、最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。30 それゆえ──イスラエルの神、主のことば──あなたの家と、あなたの父の家は、永遠にわたしの前に歩むとわたしは確かに言ったものの、今や──主のことば──それは絶対にあり得ない。わたしを重んじる者をわたしは重んじ、わたしを蔑む者は軽んじられるからだ。31 見よ、その時代が来る。そのとき、わたしはあなたの腕と、あなたの父の家の腕を切り落とす。あなたの家には年長者がいなくなる。32 イスラエルが幸せにされるどんなときにも、あなたはわたしの住まいの衰退を見るようになる。あなたの家には、いつまでも、年長者がいない〔イスラエルに繁栄が与えられるときでさえ、あなたは住まいで苦悩を見るであろう。あなたの家には、これより後、年老いた者はいなくなる(聖書協会共同訳)〕。33 わたしは、あなたのために、わたしの祭壇から一人の人を断ち切らないでおく。そのことはあなたの目を衰えさせ、あなたのたましいをやつれさせる。あなたの家に生まれてくる者はみな、人の手によって死ぬ。34 あなたの二人の息子、ホフニとピネハスの身に降りかかることが、あなたへのしるしである。二人とも同じ日に死ぬ。35 わたしは、わたしの心と思いの中で事を行う忠実な祭司を、わたしのために起こし、彼のために確かな家を建てよう。彼は、わたしに油注がれた者の前をいつまでも歩む。36 あなたの家の生き残った者はみな、銀貨一枚とパン一つを求めて彼のところに来てひれ伏し、『どうか、祭司の務めの一つでも私にあてがって、パンを一切れ食べさせてください』と言う。」”(新改訳2017)と記されています。

 27節には「神の人がエリのところに来て、彼に言った。」とあります。
「神の人」と訳された語の原語は「イーシュ エロヒーム」です。
時代によっては預言者学校もありましたから、預言者は多く起こされましたが、聖書に「神の人」として名が記されている人は少数です。
初めに神の人と言われた人は、モーセです。最後に神の人と記されている人はテモテです。コンコルダンスを見れば誰が神の人と呼ばれていたか分かります。聖書辞典は神の人について「神の人とは,神の特別な霊感を受け,神の権威を授けられた人のことである。」(抜粋)と述べています。

 神の人は、祭司エリ家に、主から託された御言葉を伝えに来ました。

 27.28節の主(ヤハウェ)の御言葉は、出エジプト記を読めばよく分かります。

 29節には「なぜあなたがたは、わたしが命じたわたしへのいけにえ、わたしへのささげ物を、わたしの住まいで足蹴にするのか。なぜあなたは、わたしよりも自分の息子たちを重んじて、わたしの民イスラエルのすべてのささげ物のうちの、最上の部分で自分たちを肥やそうとするのか。」とあります。
 主がこの箇所で言われた内容は、1サムエル2:12-17に、
“12 さて、エリの息子たちはよこしまな者たちで、主を知らなかった。13 民に関わる祭司の定めについてもそうであった。だれかが、いけにえを献げていると、まだ肉を煮ている間に、祭司の子弟が三又の肉刺しを手にしてやって来て、14 これを大鍋や、釜、大釜、鍋に突き入れ、肉刺しで取り上げたものをみな、祭司が自分のものとして取っていた。このようなことが、シロで、そこに来るイスラエルのすべての人に対してなされていた。15 そのうえ、脂肪が焼かれる前に祭司の子弟がやって来て、いけにえを献げる人に「祭司に焼くための肉を渡しなさい。祭司は煮た肉をあなたから受け取らない。生の肉だけだ」と言うので、16 人が「まず脂肪をすっかり焼いて、好きなだけお取りください」と言うと、祭司の子弟は、「いや、今渡すのだ。でなければ、私は力ずくで取る」と言った。17 このように、子弟たちの罪は、主の前で非常に大きかった。この人たちは主へのささげ物を侮ったのである。”(新改訳2017)と記されていました。

 人の肉の目は、主を見ることが出来ませんが、主はすべてをご覧になっていおられます。主は現れた事柄を見るだけではなく、心の中も見ておられます。
箴言15:3には「主の目はどこにもあり、悪人と善人を見張っている。」(新改訳2017)とあり、
2歴代誌16:9には「主はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。」(新改訳2017)とあります。

 30-36節は、エリの家系に対する主の呪いです。  
①今後、エリの血統の者で、長生きする者はでない(31)。
②エリの血統の者は人の手によって死ぬ(33)。
③エリの血統の者は非常に貧しくなる(36)。
④神殿で散々悪事を働いたエリの二人の息子(ホフニとピネハス)は同じ日に死ぬ(34)。
これらの事は、主が語られたので実現していきました。

 また主は、エリに「わたしは、わたしの心と思いの中で事を行う忠実な祭司を、わたしのために起こし、彼のために確かな家を建てよう。彼は、わたしに油注がれた者の前をいつまでも歩む。」(35)とも語られました。

 主は「わたしを重んじる者をわたしは重んじ、わたしを蔑む(さげすむ)者は軽んじられる 」(30)と仰いました。 
箴言8:17には「わたしを愛する者を、わたしは愛する。」(新改訳2017)とあり、
イエス様は「わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。わたしよりも息子や娘を愛する者は、わたしにふさわしい者ではありません。」(新改訳2017)と語られました。
 主を一番愛することが出来るほどに主の愛を実感、或いは体験することが重要であることを覚えます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ある人にとっては、主に救われたことによって主が一番、となる人がいると思います。
一方、主に救われても、いつも自分が一番という人も多くいます。
いつも主を一番愛して歩む者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
*「あなたがたも召されてイエス・キリストのものとなりました」(ローマ1:6・新改訳2017)
*「あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。」(1コリント6:19.20・新改訳2017)

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コメント

“たましいをやつれさせる”と訳されていましたが、魂をやつれさせられる事は、肉体の滅びという事と捉えて良いのでしょうか?
生きているうちに魂が無くなれば、生きた心地は全くしないです。
救われた上に、霊まで内住してくださってからは、落ち込む事とかはありますが、魂が滅びる様な感覚の事は、全くと言っていい程ありません。それは主のお陰である事が明確です。
主の御旨を歩んでゆくという事が、どれ程の恵みであるのかを実感します。

イエス様が「わたしよりも父や母を愛する者は・・わたしにふさわしい者ではありません。」と載せて下さった聖句はマタイ10章ですよね?この前後を読むと、自立して私について来なさいと言っている様に思いました。

魂がやつれても肉体は滅びません。
新共同訳のルカ8:49-56を読んでみてください。

“イエス様が「わたしよりも父や母を愛する者は・・わたしにふさわしい者ではありません。」と載せて下さった聖句はマタイ10章ですよね?この前後を読むと、自立して私について来なさいと言っている様に思いました。”→
誰よりもイエス様が一番好きになれば、イエス様についていけるのです。

肉的な考えでした事を、改めます。
とにかく!イエス様を信じて歩んでゆく事が、1番!信じて歩みます。

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