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2020年9月19日 (土)

1サムエル14:1-23 主に信頼して戦ったヨナタンと道具持ち/信仰によって歩む

 1‐5節には、
“1 そのようなある日、サウルの息子ヨナタンは、道具持ちの若者に言った。「さあ、この向こう側のペリシテ人の先陣の方へ行こう。」しかし、ヨナタンは父にそのことを知らせなかった。2 サウルはギブアの外れで、ミグロンにある、ざくろの木の下に座っていた。彼とともにいた兵は約六百人であった。3 アヒヤは、エポデを身に着けていた。アヒヤはアヒトブの子で、アヒトブはイ・カボデの兄弟、イ・カボデはピネハスの子、ピネハスは、シロで主の祭司であったエリの子である。兵たちは、ヨナタンが出て行ったことを知らなかった。4 ヨナタンがペリシテ人の先陣の側に越えて行こうとしていた山峡には、手前側にも、向こう側にも、切り立った岩があって、一方の側の名はボツェツ、もう一方の側の名はセンネといった。5 一方の岩は北側、ミクマスの側にあり、もう一方の岩は南側、ゲバの側にそそり立っていた。”(新改訳2017)とあります。

 1節には、“そのようなある日、サウルの息子ヨナタンは、道具持ちの若者に言った。「さあ、この向こう側のペリシテ人の先陣の方へ行こう。」しかし、ヨナタンは父にそのことを知らせなかった。”とあります。

 「先陣」と訳されている原語は「マッツァーブ」で、守備隊、駐屯地、の意があります。
この箇所をリビングバイブルは、“一日かそこら過ぎたころでしょうか、王子ヨナタンは側近の若者に言いました。「さあ、ついて来い。谷を渡って、ペリシテ人の駐屯地に乗り込もうじゃないか。」このことは、父サウルには内緒でした。”と意訳しています。

 2.3節には、“2 サウルはギブアの外れで、ミグロンにある、ざくろの木の下に座っていた。彼とともにいた兵は約六百人であった。3 アヒヤは、エポデを身に着けていた。アヒヤはアヒトブの子で、アヒトブはイ・カボデの兄弟、イ・カボデはピネハスの子、ピネハスは、シロで主の祭司であったエリの子である。兵たちは、ヨナタンが出て行ったことを知らなかった。”

 1サムエル13:15には「サムエルは立って、ギルガルからベニヤミンのギブアへ上って行った。サウルが彼とともにいた兵を数えると、おおよそ六百人であった。」とあり、1サムエル14章の戦いは、13章に続くものであることが分かります。
それ故、リビングバイブルは、1節の冒頭を「一日かそこら過ぎたころでしょうか 」と意訳しているのだと思います。 
また、サウルの600人から成る軍隊には、祭司アヒヤも同行していました。
サウルと共にいる600人の兵士は勇敢な人達です。「戦車三万、騎兵六千、それに海辺の砂のように数多くの兵たち」から成るペリシテ軍(1サムエル13:5)を見ても恐れ退かなかった人たちだからです。 
ただし、サウルは恐れました。それ故、サムエルとの約束を守れなかったのですから。

 ヨナタンは、サウルに知らせることなく、或いはサウルに言っても無駄だと思ったのかも知れませんが、自分の道具持ちだけを連れてペリシテ軍の先陣or駐屯地へと向かったのです。ヨナタンは信仰の人でした(1サムエル14:6)。一方サウルは信仰の試験に落ちた人でした(1サムエル13:5-14)。

 リビングバイブルは、4.5節で、ヨナタンが行こうとしている場所の状況、またその険しさを、“ペリシテ人の陣地へ行くには、二つの切り立った岩の間の、狭い道を通らなければなりませんでした。二つの岩は、ボツェツとセネと名づけられていました。北側の岩はミクマスに面し、南側の岩はゲバに面していました。”と意訳しています。

 ヨナタンとヨナタンの道具持ちが信仰の人である描写が6-10節に次のように記されています。
“6 ヨナタンは道具持ちの若者に言った。「さあ、この無割礼の者どもの先陣のところへ渡って行こう。おそらく、主がわれわれに味方してくださるだろう。多くの人によっても、少しの人によっても、主がお救いになるのを妨げるものは何もない。」7 道具持ちは言った。「何でも、お心のままになさってください。さあ、お進みください。私も一緒に参ります。お心のままに。」8 ヨナタンは言った。「さあ、あの者どものところに渡って行って、われわれの姿を現すのだ。9 もし彼らが『おれたちがおまえらのところに行くまで、じっとしていろ』と言ったら、その場に立ちとどまり、彼らのところに上って行かないでいよう。10 しかし、もし彼らが『おれたちのところに上って来い』と言ったら、上って行こう。主が彼らを、われわれの手に渡されたのだから。これが、われわれへのしるしだ。」”(新改訳2017)とあります。

 6.7節のヨナタンと道具持ちの若者の主に信頼している会話は頼もしい、気持ち良いものです。
ヨナタン:「さあ、この無割礼の者どもの先陣のところへ渡って行こう。おそらく、主がわれわれに味方してくださるだろう。多くの人によっても、少しの人によっても、主がお救いになるのを妨げるものは何もない。」
道具持ち:「何でも、お心のままになさってください。さあ、お進みください。私も一緒に参ります。お心のままに。」

 教会も、牧師にヨナタンのような信仰が与えられ、信徒も道具持ちのような信仰を与えられていたら、その地域教会の宣教の戦いは大いに前進していくのだろうと思います。

主に与えられた「ヴィジョン」と「思いこみ」を識別しなければなりませんが。

 11-14節には、信仰に基づく主の御力が注がれたヨナタンと道具持ちの戦いぶりが次のように記されています。
“11 二人はペリシテ人の先陣に身を現した。するとペリシテ人が言った。「おい、ヘブル人が、隠れていた穴から出て来るぞ。」12 先陣の者たちは、ヨナタンと道具持ちに呼びかけて言った。「おれたちのところに上って来い。思い知らせてやる。」ヨナタンは道具持ちに言った。「私について上って来なさい。主がイスラエルの手に彼らを渡されたのだ。」13 ヨナタンは手足を使ってよじ登り、道具持ちも後に続いた。ペリシテ人はヨナタンの前に倒れ、道具持ちがうしろで彼らを打ち殺した。14 ヨナタンと道具持ちが最初に討ち取ったのは約二十人で、一ツェメドのおおよそ半分の広さの場所で行われた〔それは一軛の牛が一日で耕す畑の半分ほどの場所で行われた(新共同訳)〕。”(新改訳2017)とあります。
 「ツェメド」は広さの単位で、一軛の牛が一日で耕す面積です。

 ヨナタンと道具持ちはあっという間にペリシテ兵を約20人打ち取りました。二人で約20人を打ち取ったのですから、ペリシテ兵は恐怖に包まれました。その時のペリシテ軍の様子が15.16節に、“そして陣営にも野にも、すべての兵のうちに恐れが起こった。先陣の者、略奪隊さえ恐れおののいた。地は震え、非常な恐れとなった。ベニヤミンのギブアでサウルのために見張りをしていた者たちが見ると、大軍は震えおののいて右往左往していた。”(新改訳2017)と記されています。
 このような恐れの状態というのは、ヨナタンと道具持ちの二人の強さの故だけではなく、主ご自身が恐れを臨ませているのです。

 続く17-23節には、
“17 サウルは彼とともにいる兵に言った。「だれがわれわれのところから出て行ったかを、点呼して調べなさい。」彼らが点呼すると、ヨナタンと道具持ちがいなかった。18 サウルはアヒヤに言った。「神の箱を持って来なさい。」神の箱は、そのころ、イスラエル人の間にあったからである。19 サウルが祭司とまだ話している間に、ペリシテ人の陣営の騒動は、ますます大きくなっていった。サウルは祭司に「手を戻しなさい」と言った。20 サウルと、彼とともにいた兵がみな集まって戦場に行くと、そこでは剣をもって同士討ちをしていて、非常に大きな混乱が起こっていた。21 それまでペリシテ人について、彼らと一緒に陣営に上って来ていたヘブル人も転じて、サウルとヨナタンとともにいるイスラエル人の側につくようになった。22 また、エフライムの山地に隠れていたすべてのイスラエル人も、ペリシテ人が逃げたと聞いて、戦いに加わってペリシテ人に追い迫った。23 その日、主はイスラエルを救われた。そして、戦いはベテ・アベンに移った。”(新改訳2017)とあります。

 20節には、敵の同士討ちのことが記されています。20節にある同士討ちとか混乱は、主がよく使われる方法です。
余談になりますが、近未来に起こると思われるエゼキエル38章の預言の中にも「同士討ち」が出てきます。
エゼキエル38章は、ロシア、イラン、トルコ、リビア、スーダン等の国々が、イスラエルに攻め込む戦争の預言ですが、その時、主が行われる主の御業は、大地震、同士討ち、豪雨、雹、火、硫黄(火と硫黄は火山の噴火だろうと思います)と記されています。

 話を元に戻します。
状況が有利になったことでサウルも戦いに出ました。また、サウル軍から退き、エフライムの山地に隠れていたすべてのイスラエル人(1サムエル13:6)も、ペリシテ人が逃げたと聞いて、戦いに加わってペリシテ人を追ったのです(22)。さらにひどいイスラエルの人たちもいました。21節には、“それまでペリシテ人について、彼らと一緒に陣営に上って来ていたヘブル人も転じて、サウルとヨナタンとともにいるイスラエル人の側につくようになった。”と記されています。まさに日和見主義のイスラエル人です。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
エペソ2:8やローマ12:3を読むと、信仰は賜物であることが分かります。
そうであるからと言って、イエス様は「求めよ、さらば与えられん。」と言われました。
願わくは、ヨナタンや道具持ちのように信仰深く歩む者であらせてください。
我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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コメント

ここに出てくるペリシテ人の先陣の訳の中に守備隊と書かれていますが、13章でヨナタンが打ったペリシテ人の守備隊とあり、原語が異なるので、13章と14章のペリシテ人の陣営の規模が異なる感じなのかな?と想像しました。
主の御力は凄いです、約束を必ず守ってくださる事を再認識します。
ヨナタンの勇敢さと、変わりない主への信仰心、すごいです!信じ抜く心を与えて欲しいと思いました。

ペリシテには5つの主要都市があり、それぞれに王がいました。
それ以上には分かりません。

それは、初めて知りました!
各町に王がいるという事は、統制されていたという事でしょうか?
ペリシテ人、団結力ありそうなイメージです。

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