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2020年9月10日 (木)

1サムエル6:19-7:17 サムエルの統治

 1サムエル6:19-7:2には、
“19 主はベテ・シェメシュの人たちを打たれた。主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の箱の中を見たからである。主は、民のうち七十人を、すなわち、千人に五人を打たれた。主が民を激しく打たれたので、民は喪に服した。20 ベテ・シェメシュの人たちは言った。「だれが、この聖なる神、主の前に立つことができるだろう。私たちのところから、だれのところに上って行くのだろうか。」21 彼らはキルヤテ・エアリムの住民に使者を遣わして言った。「ペリシテ人が主の箱を返してよこしました。下って来て、あなたがたのところに運び上げてください。」
7:1 キルヤテ・エアリムの人々は来て、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の箱を運び上げ、丘の上のアビナダブの家に運んだ。そして、主の箱を守るために彼の息子エルアザルを聖別した。2 箱がキルヤテ・エアリムにとどまった日から長い年月がたって、二十年になった。イスラエルの全家は主を慕い求めていた。”(新改訳2017)と記されています。

 キルヤテ・エアリムについて、聖書辞典は、“〔キルヤテ・エアリムは(筆者挿入)〕イスラエルがカナンに侵入した際,イスラエルと盟約を結んだギブオン人に属した4つの町の一つであったが(ヨシュア9:17),ユダ部族の相続地となった(ヨシュア15:60).この地はベニヤミン部族とユダ部族の相続地域の境界線にあった(ヨシュア18:14-15).後,ダン部族が北上に際して陣を敷いたので,マハネ・ダンと呼ばれた(士師18:12,「ダンの宿営」という意味).また王国時代には神の箱がこの町のアビナダブの家に20年間保管されていた(Ⅰサム6‐7章)”(抜粋)と述べています。

 イスラエルと戦ってイスラエルを打ち負かしたペリシテ人は、主の箱をペリシテ人の地に持ち去りました。しかし、主の箱をペリシテの地に持ち去ったペリシテ人に、ヤハウェ(主)は災いを下しました。災いに耐えられなくなったペリシテ人は、特殊な方法で主の箱をイスラエルに返しました。二頭の雌牛に引かれて主の箱が到着した地はベテ・シェメシュという地でした。しかしペテ・シェメシュの人たちは、主に、見ることを禁じられている主の箱の中を見たのです。主は、その冒瀆の罪に対し、ベテ・シェメシュの人たちを討ちました。この箇所の、主に打たれたとは、直接主に死刑に処せられたということです。そこで、ベテ・シェメシュの人たちは、キルヤテ・エアリムの住民に使者を遣わして「ペリシテ人が主の箱を返してよこしました。下って来て、あなたがたのところに運び上げてください。」言いました。その申し出に対して、キルヤテ・エアリムの人々はベテ・シェメシュに行きキルヤテ・エアリムに、主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の箱を運び上げ、丘の上のアビナダブの家に運びました。そして、アビナダブの子であるエルアザルを聖別し、エルアザルに主の箱を守らせました。エルアザルは20年間主の箱を守りました。エルアザルは主に打たれることはなく20年間主の箱を守ったのです。主の箱がエルアザルの下から他の場所に移されていくのはダビデが王としてイスラエルを統治するようになってからです。

 3節には“サムエルはイスラエルの全家に言った。「もしあなたがたが、心のすべてをもって主に立ち返るなら、あなたがたの間から異国の神々やアシュタロテを取り除きなさい。そして心を主に向け、主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出してくださいます。」”(新改訳2017)とあります。

 サムエルは、イスラエルがペリシテに負けるのは、偶像礼拝の故であることをイスラエルの全家に告げました。

 アシュタロテについて、聖書辞典は、“アシュタロテは,パレスチナではバアルの妻と考えられた.この女神は動物と植物に生命を与えるものであり,肥沃,多産,愛,快楽の神として広くセム族の間に流行した.それゆえ祭は時に性の解放という非常に不道徳な要素を含んでいた.その像は黄金製や青銅製の女体裸形像が特徴である.この女神はエジプトではカデシュ,ギリシヤではアフロディト,ローマではヴィーナスとして知られる情愛の神となった.”(抜粋)と述べています。

 サムエルの言葉を聞いた“イスラエル人は、バアルやアシュタロテの神々を取り除き、主にのみ仕えました。”と4節にあります。

 バアルについて、聖書辞典は、“カナンの肥沃神(士師2:11).〈ヘ〉バアルは「主」「夫」「所有者」などの意味を持ち,農作物の豊穣をもたらす神と考えられ,・・・。この神は,雨と霧と露を支配し,カナン人の農耕のかぎを握っているとされた.その妻は愛と戦争の女神アナテ(アシュタロテ)である.イスラエルは,カナンの農耕を学ぶと共に,肥沃神の礼拝を受け入れた.”(抜粋)と述べています。

 5.6節には、“5 サムエルは言った。「全イスラエルを、ミツパに集めなさい。私はあなたがたのために主に祈ります。」6 彼らはミツパに集まり、水を汲んで主の前に注ぎ、その日は断食した。彼らはそこで、「私たちは主の前に罪ある者です」と言った。こうしてサムエルはミツパでイスラエル人をさばいた。”(新改訳2017)と記されています。

 ミツパという地名は数か所あります。ミツパには、物見やぐら、見張る場所等の意があります。この箇所のミツパは、7節にペリシテ人が戦いに上って来るとあることより、エルサレムの北7.5kmのところにあるベニヤミンに割り当てられた町のミツパと思われます。

 「水を汲んで主の前に注ぎ」とは、懺悔して心を注ぎだすことの象徴(注解付新改訳聖書の注)、「断食」とは、食事を断ち、罪を悔い、へりくだること(注解付新改訳聖書の注)です。

 5.6節には、サムエルが士師(さばきつかさ)としてミツパで統治し、全イスラエルを集め、イスラエルの民を悔い改めに導いている状況が記されています。

 7.8節には、“7 イスラエル人がミツパに集まったことをペリシテ人が聞いたとき、ペリシテ人の領主たちはイスラエルに向かって上って来た。イスラエル人はこれを聞いて、ペリシテ人を恐れた。8 イスラエル人はサムエルに言った。「私たちから離れて黙っていないでください。私たちの神、主に叫ぶのをやめないでください。主が私たちをペリシテ人の手から救ってくださるようにと。」”(新改訳2017)と記されています。

 ペリシテ人は、イスラエル人がミツパに集合しているので、ペリシテ人を攻めに来るのだと思い違いをしたのであろうと思います。そこでペリシテ人たちはイスラエルと戦うために出て来たのでしょう。この時代はペリシテがイスラエルを抑圧していた時代です。

 このようになる前に、サムエルは、全イスラエルに「もしあなたがたが、心のすべてをもって主に立ち返るなら、あなたがたの間から異国の神々やアシュタロテを取り除きなさい。そして心を主に向け、主にのみ仕えなさい。そうすれば、主はあなたがたをペリシテ人の手から救い出してくださいます。」(3)と語っていました。そして、イスラエルの人々は、それを実行したのです。しかし、ペリシテが攻めて来るとサムエルが語った主の約束は何処かへ行ってしまい、ペリシテ人を恐れ、イスラエルの人たちは、サムエルに「私たちから離れて黙っていないでください。私たちの神、主に叫ぶのをやめないでください。主が私たちをペリシテ人の手から救ってくださるようにと。」と言っています。 

 9-12節には、
“9 サムエルは、乳離れしていない子羊一匹を取り、焼き尽くす全焼のささげ物として主に献げた。サムエルはイスラエルのために主に叫んだ。すると主は彼に答えられた。10 サムエルが全焼のささげ物を献げていたとき、ペリシテ人がイスラエルと戦おうとして近づいて来た。しかし主は、その日ペリシテ人の上に大きな雷鳴をとどろかせ、彼らをかき乱したので、彼らはイスラエルに打ち負かされた。11 イスラエルの人々は、ミツパから出てペリシテ人を追い、彼らを討ってベテ・カルの下にまで行った。12 サムエルは一つの石を取り、ミツパとエシェンの間に置き、それにエベン・エゼルという名をつけ、「ここまで主が私たちを助けてくださった」と言った。”(新改訳2017)と記されています。

 主は、悔い改めて主に立ち返ったイスラエルに約束を果たされたことが分かります。主は、イスラエルをペリシテ人の手から救ったのです。
イスラエル人は、サムエルが全焼のささげものを主にささげてから祈ったので、主が雷を起こしてくださったのだと思ったことでしょう。しかし、ペリシテ人の方は大きな雷鳴に恐怖を覚え、動揺し、イスラエル人に打ち負かされたのです。

 「エベン・エゼル」と訳されている語の原語は「エベン・ハーエゼル」です。「エベン」は石。「ハー」は冠詞。「エゼル」は助けの意です。「ハーエゼル」は主の助けの意でしょう。私は、この戦いで、主は稲妻、雷鳴と共に大きな雹をペリシテ軍の上に降らせたのかも知れないと想像します。聖書には、「雹」を石と記述している箇所があります。ヨシュア10:11には「彼らがイスラエルの前から逃げて、ベテ・ホロンの下り坂にいたとき、主が天から彼らの上に、大きな石をアゼカに至るまで降らせられたので、彼らは死んだ。イスラエルの子らが剣で殺した者よりも、雹の石で死んだ者のほうが多かった。」(新改訳2017)と記されています。

 13‐17節には、
“13 ペリシテ人は征服され、二度とイスラエルの領土に入って来なかった。サムエルの時代を通して、主の手がペリシテ人の上にのしかかっていた〔サムエルの生涯にわたって、主の手がペリシテ人を抑えていた(聖書協会共同訳)〕。14 ペリシテ人がイスラエルから奪い取っていた町々は、エクロンからガテまでが、イスラエルに戻った。イスラエルはペリシテ人の手から、その領土を解放した。そのころ、イスラエルとアモリ人の間には平和があった。15 サムエルは、一生の間、イスラエルをさばいた。16 彼は年ごとに、ベテル、ギルガル、ミツパを巡回し、これらすべての聖所でイスラエルをさばき、17 ラマに帰った。そこに自分の家があり、そこでイスラエルをさばいていたからである。彼はそこに主のために祭壇を築いた。”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルの統治の様子が記されています。サムエルは、さばきつかさ(士師)であり、預言者でした。サムエルがさばきつかさ(士師)の時代、イスラエルの王はヤハウェ(主)でした。そしてヤハウェ(主)は、サムエルが士師(さばきつかさ)をしている間、ペリシテ人を抑えていたのです。サムエルの晩年にはサウルが王となりました。

 箴言2:7.8には、「主は正直な人のために、すぐれた知性を蓄え、誠実に歩む人たちの盾となり、公正の道筋を保ち、主にある敬虔な人たちの道を守られる。」(新改訳2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。 
あなたの御名を崇めます。
サムエルは、ひたすら主を崇め主に従う歩みをした人のように見受けられます。
私たちも、いつも主を崇め、主に感謝し、主を愛して、主に従う者であらせてください。
あなたは、敬虔に歩む者たちに、すぐれた知性を与え、また盾となり、ゆく道を守られるお方ですから御名を崇めて感謝します。
あなたの御名をほめたたえ、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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コメント

主の教えに従う事が、平和への道でもありますよね。
主に従順に従う事ができますように、導いていただきたいと思いました。

“主の教えに従う事が、平和への道でもありますよね。”→
本当にそうだと思います。
ロシアのウクライナ侵攻は大きな罪ですけれども、もしウクライナが、戦争が始まる前に、マタイ5:39-42の主イエス様の教えを実行することができたら、誰も戦争で死なないですむだろうにな-、と思ったのですが、「自由と主権」を掲げて、戦争に突入し、多くの人たちが死んでいっています。

人が出来る事は、限りがある事を実感します。
早く終焉する様に、日々祈り続けます。

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