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2020年9月15日 (火)

1サムエル12章 サムエルの最後の説教/サムエル、さばきつかさ(士師)としての役割を終える

 1‐6節でサムエルは自分自身が主のみ前に聖い生活を送ってきたことを次のように証言しました。
 1‐6節には、
“1 サムエルは全イスラエルに言った。「見よ、あなたがたが私に言ったことを、私はことごとく聞き入れ、あなたがたの上に王を立てた。2 今、見なさい。王はあなたがたの先に立って歩んでいる。私は年をとり、髪も白くなった。そして、私の息子たちは、あなたがたとともにいる。私は若いときから今日まで、あなたがたの先に立って歩んできた。3 さあ今、主と主に油注がれた者の前で、私を訴えなさい。私はだれかの牛を取っただろうか。だれかのろばを取っただろうか。だれかを虐げ、だれかを打ちたたいただろうか。だれかの手から賄賂を受け取って自分の目をくらましただろうか。もしそうなら、あなたがたにお返しする。」4 彼らは言った。「あなたは私たちを虐げたことも、踏みにじったことも、人の手から何かを取ったこともありません。」5 サムエルは彼らに言った。「あなたがたが私の手に何も見出さなかったことについては、今日、あなたがたの間で主が証人であり、主に油注がれた者が証人である。」そこで、ある人が「証人は」と言うと、6 サムエルは「主である。モーセとアロンを立てて、あなたがたの先祖をエジプトの地から上らせた方である」と民に告げた。”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルは、
①イスラエルの民の要求に従い、主に在って、王を立てたこと(1)
②自分は高齢になるまでさばきつかさ(士師)として歩んできたこと(2)
③ベエル・シェバでさばきつかさをしていた息子たちもそれから退き、今では民の一人となっていること(2)
④アンモン人ナハシュとの戦いからはサムエルではなく、サウルが王としてイスラエルを導いていること(2)
⑤主のみ前に聖い歩みをしてきたこと(3.6)
等をイスラエルの民に証言し、イスラエルの民はサムエルに「あなたは私たちを虐げたことも、踏みにじったことも、人の手から何かを取ったこともありません。」と答えました。

 サムエルは自分の聖さが立証された後、イスラエルの民の罪に対する糾弾と主に祝福された歩みをするために必要な事柄を説教していきます。

 7‐11節でサムエルは、イスラエルのこれまでの歴史の概略を次のように述べました。
“7 「さあ、立ちなさい。私は、主があなたがたと、あなたがたの先祖に行われたすべての正義のみわざを、主の前であなたがたに説き明かそう。8 ヤコブがエジプトに行ったとき、あなたがたの先祖は主に叫んだ。主はモーセとアロンを遣わし、彼らはあなたがたの先祖をエジプトから導き出し、この場所に住まわせた。9 しかし、先祖たちは自分たちの神、主を忘れたので、主は彼らをハツォルの軍の長シセラの手、ペリシテ人の手、モアブの王の手に売り渡された。それで先祖たちは彼らと戦うことになったのだ。10 先祖たちは主に叫んで、『私たちは主を捨て、バアルやアシュタロテの神々に仕えて罪を犯しました。今、私たちがあなたに仕えるため、敵の手から救い出してください』と言った。11 すると主は、エルバアルとバラクとエフタとサムエルを遣わし、あなたがたを周囲の敵の手から救い出してくださった。それで、あなたがたは安らかに住んだのだ。”(新改訳2017)とあります。

 8節の内容は、出エジプト記、ヨシュア記、士師記に記されています。
9‐11節の内容は士師記~1サムエル7章に記されています。

 12‐17節には、
“12 しかし、アンモン人の王ナハシュがあなたがたに向かって来るのを見たとき、あなたがたの神、主があなたがたの王であるのに、『いや、王が私たちを治めるのだ』と私に言った。13 今、見なさい。あなたがたが求め、選んだ王だ。見なさい。主はあなたがたの上に王を置かれた。14 もし、あなたがたが主を恐れ、主に仕え、主の御声に聞き従い、主の命令に逆らわず、また、あなたがたも、あなたがたを治める王も、自分たちの神、主の後に従うなら、それでよい。15 しかし、もし、あなたがたが主の御声に聞き従わず、主の命令に逆らうなら、主の手が、あなたがたとあなたがたの先祖の上に下る。16 今、しっかり立って、主があなたがたの目の前で行われる、この大きなみわざを見なさい。17 今は小麦の刈り入れ時ではないか。主が雷と雨を下されるようにと、私は主を呼び求める。あなたがたは王を求めることで、主の目の前に犯した悪が大きかったことを認めて、心に留めなさい。」”(新改訳2017)と記されています。

 12節には「しかし、アンモン人の王ナハシュがあなたがたに向かって来るのを見たとき、あなたがたの神、主があなたがたの王であるのに、『いや、王が私たちを治めるのだ』と私に言った。」とありますが、8章からここまでを読んでくると、時系列的に違和感を覚えます。
新聖書注解は、その件についていくつかの説を併記していますが、その中の一つに以下のものがあります。
“〔ユダヤ人の歴史家(筆者挿入)〕ヨセフォスは、それまでに各地でナハシュが勝利を治め残虐を働いていたとしている。・・・。”と。

 サムエルは、イスラエルの王はヤハウェ(主)であるにもかかわらず、ヤハウェ(主)を退け人間の王を要求するという罪を犯した民を攻めています(12)。
しかし、ヤハウェ(主)がサウルを王として立てられた(13)以上、王も民も、ヤハウェ(主)を王の王として受け入れ、主に従うならば、ヤハウェ(主)は、イスラエルの王も民も良しとされるという旨を語りました(14)。
更にサムエルは、王や民が、主に従わない場合には、主の裁きが下る旨を話しました(15)。

 サムエルがここで話している季節には、イスラエルでは雨や雷はありません。サムエルは自分の話してきたことを主が是認していることをイスラエルの民に示すため「主が雷と雨を下されるようにと、私は主を呼び求める。」と述べ、更にサムエルは、主がサムエルの祈りに応えてくださったならば「あなたがたは王を求めることで、主の目の前に犯した悪が大きかったことを認めて、心に留めなさい。」と述べたのです。

 18‐25節には、
“18 そしてサムエルは主を呼び求めた。すると、主はその日、雷と雨を下された。民はみな、主とサムエルを非常に恐れた。19 民はみなサムエルに言った。「私たちが死なないように、しもべどものために、あなたの神、主に祈ってください。私たちは、王を求めることによって、私たちのあらゆる罪の上に悪を加えてしまったからです。」20 サムエルは民に言った。「恐れてはならない。あなたがたは、このすべての悪を行った。しかし主に従う道から外れず、心を尽くして主に仕えなさい。21 役にも立たず、救い出すこともできない、空しいものを追う道へ外れてはならない。それらは、空しいものだ。22 主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。主は、あなたがたをご自分の民とすることを良しとされたからだ。23 私もまた、あなたがたのために祈るのをやめ、主の前に罪ある者となることなど、とてもできない。私はあなたがたに、良い正しい道を教えよう。24 ただ主を恐れ、心を尽くして、誠実に主に仕えなさい。主がどれほど大いなることをあなたがたになさったかを、よく見なさい。25 あなたがたが悪を重ねるなら、あなたがたも、あなたがたの王も滅ぼし尽くされる。」”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルは、主に、雨と雷をもたらして下さるようにと祈りました。すると、主は、雷と雨を下されたのです(18)。恐らく民が死の恐怖を覚えるようなすごい雷を次々と落としたのではないかと推測します。19節に“民はみなサムエルに言った。「私たちが死なないように、しもべどものために、あなたの神、主に祈ってください。私たちは、王を求めることによって、私たちのあらゆる罪の上に悪を加えてしまったからです。」”と記されていますから。

 余談になりますが、私は、主から離れていた人が、あるバイブルキャンプで、大雨が降り、地滑りが起こるのを見た時、直ちにひれ伏して主のみ前に悔い改めているのを見たことがあります。主と共に歩んでいた人たちは、自分たちに害が及ばないようにと祈りつつ、その後も普通に主を賛美し、主を礼拝していました。どちらも主の恵みです。今から30年以上前の話です。

 サムエルはイスラエルの民の前で、最後の説教をします。
サムエルは、
①主に従う道から外れず、心を尽くして主に仕えなさい(20.24)
②偶像に従ってはならない(21)
主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない(22)
主がどれほど大いなることをあなたがたになさったかを、よく見なさい(24) 
⑤自分もイスラエルのために祈り続ける(23)
あなたがたが悪を重ねるなら、あなたがたも、あなたがたの王も滅ぼし尽くされる(25)
等の事柄をイスラエルの民に話しました。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
22節に「主は、ご自分の大いなる御名のために、ご自分の民を捨て去りはしない。主は、あなたがたをご自分の民とすることを良しとされたからだ。」とありましたが、私たちキリスト者に対して、イエス様は「父がわたしにお与えになる者はみな、わたしのところに来ます。そしてわたしのところに来る者を、わたしは決して捨てません。」(ヨハネ6:37・新改訳第三版)と語られ、また「わたしの羊たちはわたしの声を聞き分けます。わたしもその羊たちを知っており、彼らはわたしについて来ます。わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは永遠に、決して滅びることがなく、また、だれも彼らをわたしの手から奪い去りはしません。わたしの父がわたしに与えてくださった者は、すべてにまさって大切です。だれも彼らを、父の手から奪い去ることはできません。」(ヨハネ10:27-29・新改訳2017)と語ってくださいました。
私たちはイエス様のお言葉に安らぎを覚えます。
あなたの御愛と、イエス様の贖いの恵みと、聖霊様の働きに感謝しつつ、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

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コメント

イスラエルの民が、沢山の罪を犯してくれたからこそ、気をつけるべき事を教えてくれているのだと思いました。
聖書に記されていなければ、知らずに自分が罪を犯して生きてしまう…。とても有り難い事だと思いました。

聖書が教えてくださらなければ、私は、イエス様を信じないことが罪である、ということを知りませんでしたし、日本にあるたくさんの偶像を拝むことが罪であるということも知りませんでした。
ヤハウェ(主)が、「罪」だよ、と言われることを「罪」だとは思っていなかったのが私です。
聖書を与えられ、御聖霊が真理を教えてくださって感謝です。

アーメン。

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