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2020年9月11日 (金)

1サムエル記8章 イスラエル、王を求める

 1‐3節には、
“1 サムエルは、年老いたとき、息子たちをイスラエルのさばきつかさとして任命した。2 長男の名はヨエル、次男の名はアビヤであった。彼らはベエル・シェバでさばきつかさをしていた。3 しかし、この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、賄賂を受け取り、さばきを曲げていた。”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルは、自分の息子たち即ちヨエルとアビヤをさばきつかさとして任命しました。サムエルは、さばきつかさを任命するにあたってヨエルとアビヤをよく吟味したかどうかは疑わしいです。サムエルはヨエルとアビヤをベエル・シェバを統治するように任命したのです。イスラエル全土の中で、ベエル・シェバは南端の方にあります。3節には、ヨエルとアビヤが、如何に主の前に悪を行っているかを「この息子たちは父の道に歩まず、利得を追い求め、賄賂を受け取り、さばきを曲げていた。」と記しています。

 一方、サムエルも高齢とはいえ、さばきつかさをしていました。サムエルがさばきつかさの仕事をしていた場所は、ベテル、ギルガル、ミツパ、ラマでした。
1サムエル7:15-17には、“サムエルは、一生の間、イスラエルをさばいた。彼は年ごとに、ベテル、ギルガル、ミツパを巡回し、これらすべての聖所でイスラエルをさばき、ラマに帰った。そこに自分の家があり、そこでイスラエルをさばいていたからである。彼はそこに主のために祭壇を築いた。 ”(新改訳2017)と記されています。

 サムエルの二人の息子であるヨエルとアビヤがベエル・シェバでさばきつかさをしている間、サムエルもさばきつかさをしていたのです。

 4‐9節には“4 イスラエルの長老たちはみな集まり、ラマにいるサムエルのところにやって来て、5 彼に言った。「ご覧ください。あなたはお年を召し、ご子息たちはあなたの道を歩んでいません。どうか今、ほかのすべての国民のように、私たちをさばく王を立ててください。」6 彼らが、「私たちをさばく王を私たちに与えてください」と言ったとき、そのことばはサムエルの目には悪しきことであった。それでサムエルは主に祈った。7 主はサムエルに言われた。「民があなたに言うことは何であれ、それを聞き入れよ。なぜなら彼らは、あなたを拒んだのではなく、わたしが王として彼らを治めることを拒んだのだから。8 わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのしたことといえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えることだった。そのように彼らは、あなたにもしているのだ。9 今、彼らの声を聞き入れよ。ただし、彼らに自分たちを治める王の権利をはっきりと宣言せよ。」”(新改訳2017)と記されています。

 イスラエルの長老たちは、サムエルに、王を与えてください、と申し出ました。
その理由は、
①後継者に立てられているサムエルの息子たちの悪行
②サムエルが高齢になったこと
でした。

 イスラエルの長老たちの「王を立ててください」という申し出は、サムエルにとって受け入れられないことでした。それは、主を退けることであったからです。主もこの申し出を快く思っていません。イスラエルの王は主(ヤハウェ)であるからです。主はイスラエルを地上の主の王国としてたてたのですから。イスラエル人は、主の民なのです。
もしイスラエルの長老たちが、「あなたの御子息は、主の道に歩まず、利得を追い求め、賄賂を受け取り、さばきを曲げているのでさばきつかさとしてふさわしくありません。主の御前を歩む他の人を、あなたの後継者として主にお願いして立てて頂けませんでしょうか。」とサムエルに言えば良かったのではないかと思います。

 主は、人の心をすべて読み取られるお方です。
主は、イスラエルの長老たちやイスラエルの民たちの多くが見えない神ではなく目で見える王を求めていることを知っていました。
イスラエルの民は、これまでも目で見ることの出来るモーセ、ヨシュア、サムエルに従ってきたのです。その人たちが偉大に見えたからです。ですからモーセやヨシュアが見えなくなると主の律法を捨て去り勝手なことを始めるのです。

 キリスト者の場合にも似たことが起こる場合があります。
主に在る良き牧師のもとにいたときには信仰深く見えた人が、主の臨在を感じられない牧師に変わった後には、あなたの信仰はどこにあるの?となってしまう人もいます。
キリスト者は、内におられるキリストに従って歩む必要がありますし、そのところまで早く整えられる必要があります。ですから、主の救いにあずかった後には、直ちに魂がきよめられるよう{実質的なきよめ(1ペテロ1:15.16)。立場的には聖とされている(ヘブル10:10)}に主に求めて歩む必要があるのです。主が魂をきよめてくだされば、時や状況に関係なく主と交わりを持ちつつ歩むことが出来ます。

 話を元に戻します。
主は、サムエルに「民があなたに言うことは何であれ、それを聞き入れよ。なぜなら彼らは、あなたを拒んだのではなく、わたしが王として彼らを治めることを拒んだのだから。わたしが彼らをエジプトから連れ上った日から今日に至るまで、彼らのしたことといえば、わたしを捨てて、ほかの神々に仕えることだった。そのように彼らは、あなたにもしているのだ。今、彼らの声を聞き入れよ。ただし、彼らに自分たちを治める王の権利をはっきりと宣言せよ。」と語られました。

 サムエルは、イスラエルの長老たちに、王の権利について次のように語りました。
10‐18節には、
“10 サムエルは、自分に王を求めるこの民に対して、主のすべてのことばを話した。11 彼は言った。「あなたがたを治める王の権利はこうだ。あなたがたの息子たちを取り、戦車や軍馬に乗せ、自分の戦車の前を走らせる。12 また、自分のために千人隊の長や五十人隊の長として任命し、自分の耕地を耕させ、自分の刈り入れに従事させ、武具や戦車の部品を作らせる。13 また、あなたがたの娘たちを取り、香料を作る者や料理する者やパンを焼く者とする。14 あなたがたの畑やぶどう畑や良いオリーブ畑を没収し、自分の家来たちに与える。15 あなたがたの穀物とぶどう畑の十分の一を取り、廷臣や家来たちに与える。16 あなたがたの奴隷や女奴隷、それにあなたがたの子牛やろばの最も良いものを取り、自分の仕事をさせる。17 あなたがたの羊の群れの十分の一を取り、あなたがた自身は王の奴隷となる。18 その日、あなたがたが自分たちのために選んだ王のゆえに泣き叫んでも、その日、主はあなたがたに答えはしない。」”(新改訳2017)と記されています。

 19‐22節には、
“19 しかし民は拒んで、サムエルの言うことを聞こうとしなかった。そして言った。「いや。どうしても、私たちの上には王が必要です。20 そうすれば私たちもまた、ほかのすべての国民のようになり、王が私たちをさばき、私たちの先に立って出陣し、私たちの戦いを戦ってくれるでしょう。」21 サムエルは、民のすべてのことばを聞いて、それを主の耳に入れた。22 主はサムエルに言われた。「彼らの言うことを聞き、彼らのために王を立てよ。」それで、サムエルはイスラエルの人々に「それぞれ自分の町に帰りなさい」と言った。”(新改訳2017)と記されています。

 イスラエルの長老たちは、サムエルの語った「あなたがたが自分たちのために選んだ王のゆえに泣き叫んでも、その日、主はあなたがたに答えはしない。」(18)という言葉を聞いても、「いや。どうしても、私たちの上には王が必要です。」(19)と答えたのです。誰一人「それは困ります。」とは言いませんでした。

 主はサムエルに「彼らの言うことを聞き、彼らのために王を立てよ。」と言われたのです。
主に、あなたの勝手にしなさい、と言われることは恐ろしいことです。
ローマ1章には、“18 不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます。19 なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。20 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。21 なぜなら、神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。22 自分では知恵があると吹聴しながら愚かになり、23 滅びることのない神の栄光を、滅び去る人間や鳥や獣や這うものなどに似せた像と取り替えたのです。24 そこで神は、彼らが心の欲望によって不潔なことをするにまかせられ〔主なる神の放任(筆者挿入)〕、そのため、彼らは互いにその体を辱めました。25 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。26 それで、神は彼らを恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、27 同じく男も、女との自然の関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています。28 彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。29 あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、不和、欺き、邪念にあふれ、陰口を言い、30 人をそしり、神を憎み、人を侮り、高慢であり、大言を吐き、悪事をたくらみ、親に逆らい、31 無知、不誠実、無情、無慈悲です。32 彼らは、このようなことを行う者が死に値するという神の定めを知っていながら、自分でそれを行うだけではなく、他人の同じ行為をも是認しています。”(新共同訳)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
イエス様は「求めよ、さらば與(あた)へられん。」と語られ、私たち一人一人が神様に何かを求めたところ、私たちにイエス様が現れてくださり、イエス様を信じさせてくださり、イエス様が心の内に住んでくださいましたことを感謝します。
何という恵みでしょうか。
慈しみ深いあなたの御名を賛美し、主イエス・キリスト様の御名により感謝を御前におささげいたします。アーメン

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コメント

任命は、サムエルの思い…。親心といった感じなのでしょうか、連続して息子達が主の目に悪な事を行う記事で、人が持つ罪の一つなのだと思いました。厳しさも愛の内と思う私の心も罪となってしまうのかな?と思いました。
8節は神様の愛を感じました。
18節で念を押しているのにイスラエルの民は、主の御言葉を全く聞かない…。理想や、ドラマや映画の様なものを想像して〝王とはこういうもの〟という事を求めていたのですね…。
今迄も、自己主張・訴え・文句は言うけれども、何一つ、神様の御言葉などは聞かない。
とても厄介なのですね、罪を持って生まれてきた人間とは…と思いました。罪を認めて悔い改める事を行い続けて行く事が最善なのだと思いました。

主に従えることは幸いですね。
ハレルヤ

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