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2020年9月21日 (月)

1サムエル14:47-52 サウルの治世のまとめ

 47‐52節には、サウルの治世が簡略に次のように記されています。
“47 さてサウルは、イスラエルの王権を握ってから、周囲のすべての敵と戦った。モアブ、アンモン人、エドム、ツォバの王たち、ペリシテ人と戦い、どこに行っても彼らを敗走させた。48 彼は勇気を奮って、アマレク人を討ち、イスラエル人を略奪者の手から救い出した。
 49 さて、サウルの息子は、ヨナタン、イシュウィ、マルキ・シュア、二人の娘の名は、姉がメラブ、妹がミカルであった。50 サウルの妻の名はアヒノアムで、アヒマアツの娘であった。軍の長の名はアブネルで、ネルの子でサウルのおじであった。51 キシュはサウルの父であり、アブネルの父ネルは、アビエルの子であった。
 52 サウルの一生の間、ペリシテ人との激しい戦いがあった。サウルは勇気のある者や、力のある者を見つけると、その人たちをみな、召しかかえることにしていた。”(新改訳2017)とあります。

 47.48節には、サウルがイスラエルの王として、イスラエルの敵と戦い勝利した敵の一覧が記されています。
サウルが戦い勝利した相手は、モアブ、アンモン人、エドム、ツォバの王たち、ペリシテ、アマレク人と記されています。
(サウルはペリシテ戦で勝利もしましたが、サウルが命を落としたのもペリシテとの戦いでした。)

 モアブ人は、死海の東側,アルノン川とゼレデ川の間の高原地帯に住む民です。 モアブの祖先はアブラハムの甥のロトです。

 アンモン人は、アンモン人の首都ラバ(現在のアンマン)を取り囲む地域に居住していた民です。 アンモン人の祖先はアブラハムの甥のロトです。

 エドム人は、ゼレデ川の南、即ちモアブの南側に住む民です。エドムの祖先は、イサクの長子エサウでヤコブ(イスラエル)の兄です。エドムの地はセイルの地とも呼ばれます。

 ツォバの王たちとは、アラム(現シリア)のハマテ(現ハマー)とダマスコ(現ダマスカス)の間にある町(国)々の王たちのことでしょう。 

 ペリシテ人は、おもにペリシテの主要5都市(アシュドデ,アシュケロン,エクロン,ガザ,ガテ)に住む民です。カナンの地の地中海沿いの方の町です。 ペリシテ人はカフトル(クレテ)からカナンの地に来ました。アモス9:7には「わたし〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は、・・・ペリシテ人をカフトルから・・・連れ上った・・」とあります。

 アマレク人は、エリファズの子,エサウの孫で,エドムの地に住んでいた民です。1歴代誌1:35.36には「エサウの子は、エリファズ、レウエル、エウシュ、ヤラム、コラ。エリファズの子は、テマン、オマル、ツェフィ、ガタム、ケナズ、ティムナ、アマレク。」(新共同訳)と記されています。 

 49‐51節には、サウルの家族や親族の一部の名が記されています。
1歴代誌8:33には「ネルはキシュを生み、キシュはサウルを生み、サウルはヨナタン、マルキ・シュア、アビナダブ、エシュバアルを生んだ。」(新改訳2017)とあります。

 52節には「サウルの一生の間、ペリシテ人との激しい戦いがあった。サウルは勇気のある者や、力のある者を見つけると、その人たちをみな、召しかかえることにしていた。」(新改訳2017)とあります。

 「サウルは勇気のある者や、力のある者を見つけると、その人たちをみな、召しかかえることにしていた。」とありますが、ダビデも召しかかえられた内の一人でした(1サムエル18:2)。

 今日の箇所にはサウルの簡略なまとめが記されていますが、次の15章ではアマレクとの戦い、17章以降にはところどころにペリシテとの戦いが記されています。
サウルは結局ペリシテとの戦いで命を落としました。
 1サムエル31:1-7には次のように記されています。
“1 さて、ペリシテ人はイスラエルと戦った。イスラエルの人々はペリシテ人の前から逃げ、ギルボア山で刺されて倒れた。2 ペリシテ人はサウルとその息子たちに追い迫って、サウルの息子ヨナタン、アビナダブ、マルキ・シュアを打ち殺した。3 攻撃はサウルに集中し、射手たちが彼を狙い撃ちにしたので、彼は射手たちのゆえにひどい傷を負った。4 サウルは道具持ちに言った。「おまえの剣を抜いて、私を刺し殺してくれ。さもないと、あの無割礼の者たちがやって来て、私を刺し殺し、私をなぶりものにするだろう。」しかし、道具持ちは非常に恐れて、とうていその気になれなかった。それでサウルは剣を取り、その上に倒れ込んだ。5 道具持ちは、サウルが死んだのを見ると、自分も剣の上に身を伏せて、サウルとともに死んだ。6 こうしてその日、サウルと三人の息子、道具持ち、それに彼の部下たちはみな、ともに死んだ。7 谷の向こう側とヨルダン川の向こう側にいたイスラエルの人々は、イスラエルの兵士たちが逃げ、サウルとその息子たちが死んだのを見て、町々を捨てて逃げた。それで、ペリシテ人がやって来て、そこに住んだ。”(新改訳2017)とあります。

 1サムエル15章にはアマレクとの戦いが記されていますが、その戦いでサウルは、主のご命令に従わなかったのです。その結果、サウルは主に王位から退けられました。
1サムエル15:26には、“サムエルはサウルに言った。「私はあなたと一緒に帰りません。あなたは主のことばを退け、主があなたをイスラエルの王位から退けられたからです。」”(新改訳2017)と記されています。

主を愛し、主に従うことが肝要であることを覚えます。
主を愛するためには、主に愛されていること体験することが必要です。
主に信頼し主に従うことが出来る為には、主の恵みと共に、主の真実さを味わうことです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたを愛し、あなたに信頼して歩み続ける者であらせてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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コメント

アブネルとサウルはいとこという事ですね?
以前は、アマレク人とペリシテ人の区別がつかなかったり、何度読み返しても理解できない事が多々生じておりました。
今回は、その時よりも理解ができている事を実感しました。ありがとうございます。
主に信頼し続ける事は、かなり難しいとも思います。全面的に信頼を置いてしまえば、簡単ですが…。私はまだまだ信仰が弱く、グラグラしてしまうので、日々の学びと祈りの中で、導いて頂こうと思っております。大きな出来事がおこる度に、強めていただけたら幸いな事です。

“アブネルとサウルはいとこという事ですね?”→
その通りです。

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