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2020年9月24日 (木)

1サムエル16:1-13 ダビデへの油注ぎ/主はうわべではなく心を見るお方

 1節には、“主はサムエルに言われた。「いつまであなたはサウルのことで悲しんでいるのか。わたしは彼をイスラエルの王位から退けている。角に油を満たせ。さあ、わたしはあなたをベツレヘム人エッサイのところに遣わす。彼の息子たちの中に、わたしのために王を見出したから。」”(2017)とあります。

 1サムエル15:13以下で、サムエルは、サウルに非常に厳しく接しました。しかし、主に「いつまであなたはサウルのことで悲しんでいるのか。」と言われるほどサムエルの心はサウルのことで悲しんでいたのです。
 サムエルは既に、サウルが王位から退けられ、他の人が王位にたてられることを主から聞いており、それをサウルにも告げていました(1サムエル15:26.28)。
 主は、サウルのことで悲しみ続けているサムエルに、もう一度「わたしは彼をイスラエルの王位から退けている。」と語り、続けて「角に油を満たせ。さあ、わたしはあなたをベツレヘム人エッサイのところに遣わす。彼の息子たちの中に、わたしのために王を見出したから。」と語られたのです。

 主が「わたしのために王を見出した」とありますが、主が「わたしのために」というのは、主がイスラエルの民の主であるからです。

 2.3節には、“2 サムエルは言った。「どうして私が行けるでしょうか。サウルが聞いたら、私を殺すでしょう。」主は言われた。「一頭の雌の子牛を手にし、主にいけにえを献げるために来ました』と言い、3 エッサイを祝宴に招け。わたしが、あなたのなすべきことを教えよう。あなたはわたしのために、わたしが言う人に油を注げ。」”(2017)とあります。

 サムエルはサウルのことを悲しんでいましたが、サウルは自分の王位を頑なに守っていました。サウルは自分の王位を守るためならサムエルでさえ殺すであろう、ということをサムエルは感じていたのです。
主はサムエルにサムエルの身の安全のための対処方法を教え、かつ為すべきことを「あなたはわたしのために、わたしが言う人に油を注げ。」と言いました。

 4‐13節には、主がサムエルを用いて、主のために、イスラエルの新しい王に油を注ぐところまでの経緯が次のように記されています。
“4 サムエルは主がお告げになったとおりにして、ベツレヘムにやって来た。町の長老たちは身震いしながら彼を迎えて言った。「平和なことでおいでになったのですか。」5 サムエルは言った。「平和なことです。主にいけにえを献げるために来ました。身を聖別して、一緒に祝宴に来てください。」そして、サムエルはエッサイと彼の息子たちを聖別し、彼らを祝宴に招いた。6 彼らが来たとき、サムエルはエリアブを見て、「きっと、主の前にいるこの者が、主に油を注がれる者だ」と思った。7 主はサムエルに言われた。「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」8 エッサイはアビナダブを呼んで、サムエルの前に進ませた。サムエルは「この者も主は選んでおられない」と言った。9 エッサイはシャンマを進ませたが、サムエルは「この者も主は選んでおられない」と言った。10 エッサイは七人の息子をサムエルの前に進ませたが、サムエルはエッサイに言った。「主はこの者たちを選んでおられない。」11 サムエルはエッサイに言った。「子どもたちはこれで全部ですか。」エッサイは言った。「まだ末の子が残っています。今、羊の番をしています。」サムエルはエッサイに言った。「人を遣わして、連れて来なさい。その子が来るまで、私たちはここを離れないから。」12 エッサイは人を遣わして、彼を連れて来させた。彼は血色が良く、目が美しく、姿も立派だった。主は言われた。「さあ、彼に油を注げ。この者がその人だ。」13 サムエルは油の角を取り、兄弟たちの真ん中で彼に油を注いだ。主の霊がその日以来、ダビデの上に激しく下った。サムエルは立ち上がってラマへ帰って行った。”(2017)とあります。

 サウルはイスラエルの中で一番のイケメンで、背も高かったのです(1サムエル9:2)。主がイスラエルの最初の王として選んでのが背の高いイケメンであったので、サムエルは、背が高く容貌の良いエリアブを見た時、「主の前にいるこの者が、主に油を注がれる者だ」と思ったのであろうと思います(6)。
 主は、サムエルの思いを読み取り「彼の容貌や背の高さを見てはならない。わたしは彼を退けている。人が見るようには見ないからだ。人はうわべを見るが、主は心を見る。」とサムエルに語られました。
「主は心を見る」お方です。人は、人をごまかせても、主をごまかすことは出来ません。
一方、人は先ずうわべを見ますから、外見や言葉もそれなりにしていないと初対面の人には受け入れてもらえません。

 エッサイには、エリアブ、アビナダブ、シャンマ{シムア(1歴代誌2:13)}、ネタンエル、ラダイ、オツェム、ダビデという7人の息子とツェルヤとアビガイルという娘がいたと1歴代誌2:13-16には記されていますが、上記10節ではダビデを除いて7人であり、ダビデを入れるとエッサイの息子は8人ということになります。シリア語訳とアラビア語訳の聖書の1歴代誌2:15には、“七男エリフ、八男ダビデ”(2017)とあるそうです(新聖書注解)。

 ダビデは「血色が良く、目が美しく、姿も立派だった」と記されています。
ダビデがサムエルの前に連れて来られたとき、主はサムエルに「さあ、彼に油を注げ。この者がその人だ。」と語られました。
サムエルはダビデに油を注ぎました。するとその日以来「主の霊がダビデの上に激しく下った」のです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
あなたは、私の何から何まで知っておられます。
その上で、と言うか、それにもかかわらず、永遠の愛をもって愛してくださっておられますからありがとうございます。
私もあなたを愛し、あなたに従う生涯を歩ませてください。
主イエス・キリスト様の御名でお祈りします。アーメン

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コメント

〝サウルはイスラエルの中で一番のイケメンで、背も高かったのです〟私はこの一年余り、ダビデと間違えていました。
サウルの上から主の霊がいなくなり、見えなくても、サムエルの言葉等とあわせて、色々な変化を感じて、サウルは余計に意固地になる。注目されていたものが注目されなくなる等と似ているので、他人事ではなく日常茶飯で起こり得る現象だと思いました。意固地になれば心はサタンに支配され、人にあたったり見た目も鬼の様な悪魔の様に変わってしまう…。容姿に変化が生じてきてしまうのでしょうね…。やはり、心が大事である事を学びます。

〝彼は血色が良く、目が美しく、姿も立派だった〟という箇所を、初めて見たような気がします。
いかに混乱して学んでいたか、一度や二度読み、学んだとしても、真理を学ぶ事はできていないのだという事を自覚いたします。
これも、御聖霊が導いてくださっているのですね、きっと。
〝ダビデの目が美しく〟という表現は、ダビデの心が美しいという例えのような気がしました。

〝ダビデの目が美しく〟という表現は、ダビデの心が美しいという例えのような気がしました。→
アーメン

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