« 1サムエル22:6-23 ノブの祭司たちを殺すサウル | トップページ | 1サムエル24章 エン・ゲディにおけるダビデとサウル »

2020年10月 4日 (日)

1サムエル23章 ダビデを導き、ダビデを守られるヤハウェ(主) ケイラ、ジフにて

 1‐6節には、
“1 「今、ペリシテ人がケイラを攻めて、打ち場を略奪しています」と言って、ダビデに告げる者がいた。
2 ダビデは主に伺って言った。「行って、このペリシテ人たちを討つべきでしょうか。」主はダビデに言われた。「行け。ペリシテ人を討ち、ケイラを救え。」
3 ダビデの部下は彼に言った。「ご覧のとおり、私たちは、ここユダにいてさえ恐れているのに、ケイラのペリシテ人の陣地に向かって行けるでしょうか。」
4 ダビデはもう一度、主に伺った。すると主は答えられた。「さあ、ケイラに下って行け。わたしがペリシテ人をあなたの手に渡すから。」
5 ダビデとその部下はケイラに行き、ペリシテ人と戦い、彼らの家畜を奪い返し、ペリシテ人を討って大損害を与えた。こうしてダビデはケイラの住民を救った。
6 アヒメレクの子エブヤタルは、ケイラのダビデのもとに逃げて来たとき、エポデを携えていた。”(2017)とあります。

 1節には、“「今、ペリシテ人がケイラを攻めて、打ち場を略奪しています」と言って、ダビデに告げる者がいた。”とあります。

ケイラは、ヘブロンの北西約15kmのところにあります。
「打ち場を略奪しています」ということですから、大麦(4-5月収穫)か小麦(5-6月収穫)かは分かりませんが、収穫を終えて脱穀しているか、脱穀を終えたばかりなのでしょう。大切な食料をペリシテ人たちが略奪しているのです。

 6節には、「アヒメレクの子エブヤタルは、ケイラのダビデのもとに逃げて来たとき、エポデを携えていた。」とあります。

祭司の町ノブで虐殺があり(1サムエル22:18.19)、その難からダビデの下に逃れてきた祭司エブヤタル(22:20)は、ケイラのダビデのもとに逃げて来たとき、エポデを携えていました。ダビデは、祭司エブヤタルがエポデを持ってきたので、主のみ旨を知ることが出来たのであろうと思います。旧約時代は、多くの場合、ウリムとトンミムで神意を伺っていましたから。ただし預言者は、直接主から御声を聞いたり、幻を見させられたりしていました。主は、ダビデを預言者としても、ある時期から用いられます(詩篇の中のダビデの詩を参照)から、ダビデの場合は、神意を伺うのに、祭司のウリムとトンミムによるのか、主からの直接の啓示によるのか、どちらか分からない場合があります(聖書を読んでいてのことですが)。

 エポデについて、新共同訳スタディー版の用語の説明に、エフォドとして分かり易く述べられているのでそれを転記します。
“正確に何を指すかについては諸説があるが、幾つかの異なる物を指すと思われる。
(1)大祭司が着用する祭儀用の華麗な衣服(出エジプト28:4以下、39:2)。
(2)祭儀の間に祭司たちが着用する亜麻布の簡易な衣服(1サムエル2:18)。
(3)神意を伺うための道具(1サムエル23:9-12)。
(4)神像(士師記8:27)。
”とあります。

 エポデについて、聖書辞典は、
エポデ (〈ヘ〉epod) 〈ヘ〉アーファドゥ(「巻く」という意味)の派生語で,元来は腰に巻く布を意味したと思われる.(1)祭司が祭儀において着用するための「栄光と美を表わす聖なる装束」(出28:2)の中にエポデが含まれる.それは金色,青色,紫色,緋色のより糸,より糸で織った亜麻布で作り,金の環で「さばきの胸当て」が結びつけられていた.下には青色の長服を着た(出28:6‐38).(2)少年サムエルが老祭司エリを助けて主の前に仕えた時(1サム2:18),またダビデが契約の箱の行列の前で踊った時(2サム6:14)には,「亜麻布のエポデ」を着けていた.ノブの85人の主の祭司たちは「亜麻布のエポデを着ていた」(1サム22:18).ダビデはそのうちの一人エブヤタルにエポデを持って来させて,神の御旨を尋ねた(1サム23:9‐12).士師記にはテラフィムや偶像との関連でこの語が出てくる(士17:5.参照士8:27).”と記しています。

 ダビデは、ヤハウェ(主)に、「行って、このペリシテ人たちを討つべきでしょうか。」(2)と伺っていますが、ダビデが直接主に伺ったのか、あるいはダビデが祭司エブヤタルにウリムとトンミムによって伺わせたのか、よく分かりません。が、6節に、エブヤタルがエポデを携えていた、とあるので、ウリムとトンミムによって主のみ旨を伺ったのではないかと思います。神意を伺うウリムとトンミムはエポデにつける胸当ての中に入っていました。

 ダビデは、主のみ旨に従って直ちに行動しようとします(2)が、ダビデの部下たちは主を信じるのではなく状況を信じたのです。
ダビデの部下たちは、ダビデに、「ご覧のとおり、私たちは、ここユダにいてさえ恐れているのに、ケイラのペリシテ人の陣地に向かって行けるでしょうか。」、即ち、無理だからやめましょうよ、と言ったのです。

 ダビデは、部下たちの心情を考慮し、もう一度主に伺います。すると主は、「不信仰者め」とは言わず、「さあ、ケイラに下って行け。わたしがペリシテ人をあなたの手に渡すから。」答えられたのです(4)。

 主の命に従ったダビデと部下たちは、ケイラに行き、ペリシテ人と戦い、彼らの家畜を奪い返し、ペリシテ人を討って大損害を与え、ケイラの住民を救いました。(5)

 7.8節には、ダビデの動向を知ったサウルの動きが以下のように記されています。
“7 一方、ダビデがケイラに来たことがサウルに知らされると、サウルは、「神は彼を私の手に渡された。彼は扉とかんぬきのある町に入って、自分自身を閉じ込めてしまったのだから」と言った。8 サウルは、ケイラへ下ってダビデとその部下を攻めて封じ込めるため、兵をみな召集した。”(2017)とあります。

 9-14節には、サウルの動向を知ったダビデの行動が以下のように記されています。
“9 ダビデは、サウルが自分に害を加えようとしているのを知り、祭司エブヤタルに言った。「エポデを持って来なさい。」
10 そしてダビデは言った。「イスラエルの神、主よ。しもべは、サウルがケイラに来て、私のことで、この町を破壊しようとしていることを確かに聞きました。11 ケイラの者たちは私を彼の手に引き渡すでしょうか。サウルは、しもべが聞いたとおり下って来るでしょうか。イスラエルの神、主よ。どうか、しもべにお告げください。」
主は言われた。「彼は下って来る。」
12 ダビデは言った。「ケイラの者たちは、私と私の部下をサウルの手に引き渡すでしょうか。」
主は言われた。「彼らは引き渡す。」
13 ダビデとその部下およそ六百人は立って、ケイラから出て行き、そこここと、さまよった。
ダビデがケイラから逃れたことがサウルに告げられると、サウルは討伐をやめた。
14 ダビデは、荒野にある要害に宿ったり、ジフの荒野の山地に宿ったりした。
サウルは、毎日ダビデを追い続けたが、
神はダビデをサウルの手に渡されなかった。”(2017)とあります。

 ダビデは、人間的な状況判断に頼るのではなく、主の意向を伺うことを第一とし、主のみ旨が示されたならば、それに従う、という方法をとります。そのことが9節以降に記されています。
 ダビデとその部下およそ六百人は、ケイラから出て行きました。そして、そこここと、さまよったのです。
一方、ダビデがケイラから逃れたことがサウルに告げられると、サウルは討伐をやめたのでした。

 ケイラの人たちは、ダビデとその部下たちによってペリシテ人の略奪から守られたにもかかわらず、サウルがダビデを攻めて来るとなると、自己保身からサウルの方につくという態度をとる、と主はダビデに教えられました。
 人々の多くは、自己保身、自己中心的に行動しますから、昨日の友は今日の敵、のようなことになることを、この世にあっては心しなければならない、ということがこの世の一般的な教えです。
しかし、私たちキリスト者に対して、主は、主の御名が崇められるように、主の栄光のために、兄姉のまた自分の徳が高められるように、周りの人に祝福がもたらされるように歩みなさいと勧めてくださっておられます。(マタイ6:9、5:43-48、1コリント6:20、ピリピ4:8、その他多数箇所)

 サウルは、ダビデがケイラから出て行ったのを知ったので一度は兵を引き揚げましたが、再びサウルが、ダビデ討伐に出てきた様子が15節に、“ダビデは、サウルが自分のいのちを狙って、戦いに出て来たのを見た。そのとき、ダビデはジフの荒野のホレシュにいた。”(2017)と記されています。

 16‐18節には、ヨナタンがダビデを励ましに来たことが次のように記されています。
“16 サウルの息子ヨナタンは、ホレシュのダビデのところに行って、神によってダビデを力づけた。17 彼はダビデに言った。「恐れることはありません。父サウルの手が、あなたの身に及ぶことはないからです。あなたこそ、イスラエルの王となり、私はあなたの次に立つ者となるでしょう。父サウルも、そうなることを確かに知っているのです。」18 二人は主の前で契約を結んだ。ダビデはホレシュにとどまり、ヨナタンは自分の家に帰った。”(2017)とあります。

 19‐29節には、
“19 ジフ人たちは、ギブアのサウルのところに上って行って、言った。「ダビデは私たちのところに隠れているのではありませんか。エシモンの南、ハキラの丘のホレシュにある要害に。20 王よ。今、下って行こうとお思いでしたら、下って来てください。私たちが彼を王の手に引き渡します。」
21 サウルは言った。「主の祝福があなたがたにあるように。あなたがたが私のことを思ってくれたからだ。22 さあ行って、さらに確かめてくれ。彼が足を運ぶ場所と、だれがそこで彼を見たかを、よく調べてくれ。彼は非常に悪賢いとの評判だから。23 彼が潜んでいる隠れ場所をみな、よく調べて、確かな知らせを持って、ここに戻って来てくれ。そのとき、私はあなたがたと一緒に行く。彼がこの地にいるなら、ユダのすべての分団のうちから彼を捜し出す。」
24 彼らはサウルに先立ってジフへ行った。一方、ダビデとその部下は、エシモンの南のアラバにあるマオンの荒野にいた。
25 サウルとその部下はダビデを捜しに出て行った。このことがダビデに知らされたので、彼は岩場に下り、マオンの荒野にとどまった。
サウルはこれを聞き、マオンの荒野でダビデを追った。
26 サウルは山の一方の側を進み、ダビデとその部下は山のもう一方の側を進んだ。ダビデは急いでサウルから逃れようとした。サウルとその部下が、ダビデとその部下を捕らえようと迫って来たとき、27 一人の使者がサウルのもとに来て、「急いで来てください。ペリシテ人がこの国に襲いかかって来ました」と言った。28 サウルはダビデを追うのをやめて帰り、ペリシテ人の方に向かった。こういうわけで、この場所は「仕切りの岩山」と呼ばれた。
29 ダビデはそこから上って行って、エン・ゲディの要害に住んだ。”(2017)とあります。

 ジフ人たちもダビデをサウルに売りましたが、ヤハウェ(主)は、ダビデを守り続けます。
29節に、“ダビデはそこから上って行って、エン・ゲディの要害に住んだ。”(2017)とあります。
ヘブライ語聖書では、29節は1サムエル24:1になっています。新共同訳、聖書協会共同訳、岩波訳は、29節を1サムエル24:1としています。「エン・ゲディ」は、子やぎの泉、の意です。死海の西側でエルサレムから南東に約48kmの所にあり、洞穴や泉のある所です。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を崇めます。
ダビデは、サウルから何度も危険な目にあわされますが、あなたはいつもダビデを守られます。
私たちも、自分で気づく禍、気づかない危険から、あなたがいつも守ってくださっておられますことを感謝します。
いつも助け、守り、導き、支え続けてくださる主の御名を崇め、感謝し、我らの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン

« 1サムエル22:6-23 ノブの祭司たちを殺すサウル | トップページ | 1サムエル24章 エン・ゲディにおけるダビデとサウル »

1サムエル記」カテゴリの記事

コメント

2節のダビデの部下たちは主を信じるのではなく状況を信じたのですと、トミーさんがコメントを入れてくださったので、この様に私も考えたり、言葉にしたりする時は主を信じておらず、状況、目の前にあるものを見てしまっているのだと思いました。とても分かりやすいです、ありがとうございます。
それでも、ダビデは部下たちの心情を考慮して主にお伺いするという心をお持ちだから、神様はダビデを選ばれたのだと思いました。

16節に〝神によってダビデを力づけた〟と記されているのをみて、大なり小なり、善し悪しなど関係なく、全てのことに対して、主を求めれば、何時でも(主の御旨であれば)主は力を与えてくださるのだと、改めて思いました。
自己保身、自己中心的な行動をしてしまいます。口先で言う言葉ではなく、行いが伴った人間でありたいと常に思います。

この時のダビデの信仰はすばらしいですね。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 1サムエル22:6-23 ノブの祭司たちを殺すサウル | トップページ | 1サムエル24章 エン・ゲディにおけるダビデとサウル »

カテゴリー

2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ