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2023年2月 1日 (水)

申命記5:18-21 十戒7/むさぼりの罪とその実行及びそれに対する主のお取り扱い

 申命記518-21には次のように記されています。
18 姦淫してはならない。
19
 盗んではならない。
20
 隣人について偽りの証言をしてはならない。
21
 隣人の妻を欲してはならない。隣人の家、畑、男女の奴隷、牛とろばなど、隣人のものを一切貪ってはならない。”(聖書協会共同訳)とあります。

 18節には、“姦淫してはならない。”とあります。
「姦淫」のヘブライ語原語は、ナーアフです。
「ナーアフ」は、既婚者Aが配偶者以外の異性の既婚者Bと性的関係を持つことを言うようです。男女の区別はありません。

箴言632-35には、
32 女と姦通する者は思慮に欠けている。これを行う者は自分自身を滅ぼす。
33
彼は傷と恥辱とを受けて、そのそしりを消し去ることができない。
34
嫉妬が、その夫を激しく憤らせて、夫が復讐するとき、彼を容赦しないからだ。
35
彼はどんな償い物も受けつけず、多くの贈り物をしても、彼は和らがない。”(新改訳初版~第三版)とあります。

この箇所の「男」と「女」を入れ替えてもまたしかりです。

姦淫は家庭を崩壊させてしまう可能性大の罪です。

レビ記2010には、次のような罰則も記されています。
“人がもし、他人の妻と姦通するなら、すなわちその隣人の妻と姦通するなら、姦通した男も女も必ず殺されなければならない。”(新改訳初版~第三版)とあります。

 申命記521には、“隣人の妻を欲してはならない。”と記されています。これは次のイエス様が語られた御言葉とも関係してくるでしょう。

 イエス様は、肉体的に関係を持つということだけではなく、心の中の出来事も同じであると言われました。マタイ527.28には次のように記されています。
「『姦淫してはならない』と言われたのを、あなたがたは聞いています。しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。」(新改訳初版~第三版)とあります。

「情欲」とは、男女間の肉体的欲望です。(大辞林)

 19-21節(一部省略)には、“19 盗んではならない。20 隣人について偽りの証言をしてはならない。21 ・・・。隣人の・・、畑、・・など、隣人のものを一切貪ってはならない。” とありますが、その禁止事項をすべて犯した人がいます。
 1列王記211-16には次のように記されています。
1 これらの出来事の後のことである。イズレエル人ナボトは、イズレエルにぶどう畑を持っていたが、それはサマリアの王アハブの宮殿のそばにあった。
2
 アハブはナボトに話を持ちかけて言った。
「お前のぶどう畑を譲ってほしい。私の王宮のすぐそばにあるので、菜園にしたいのだ。その代わり、お前にはもっと良いぶどう畑をやろう。もしよければ、それ相当の代価を銀で支払ってもよい。」
3
 ナボトはアハブに言った。
「先祖から受け継いだ地をあなたに譲ることなど、主は決してお許しになりません。」〔土地は主のものであり、主が各人に貸し与えているのです(レビ2523参照)〕
4
 アハブは、イズレエル人ナボトが、「先祖から受け継いだ地をあなたに譲ることなどできません」と言ったことに機嫌を損ね、激しく怒って王宮に戻った。そして寝台に横たわって顔を背け、食事もしなかった。
5
 すると妻のイゼベルが来て、「どうしてそのように機嫌を損ねて、食事もなさらないのですか」と尋ねると、
6
 アハブは話しだした。
「私はイズレエル人ナボトに次のように話を持ちかけたのだ。『代金を支払うからぶどう畑を譲ってほしい。あるいはお前が望むなら、代わりのぶどう畑をやろう。』だがナボトは、『ぶどう畑は譲りません』と言うのだ。」
7
 妻のイゼベルは王に言った。
「今、イスラエルを王として治めているのはあなたではないですか。起きて食事をしてください。そうすれば気分はよくなるでしょう。イズレエル人ナボトのぶどう畑は、この私が手に入れてさしあげましょう。」
8
 イゼベルはアハブの名で手紙を書き、彼の印で封をし、その手紙をナボトが住む町の長老や貴族に送った。
9
 手紙にはこう記されていた。
「断食を布告し、ナボトを民のいちばん前に座らせなさい。10 そして二人のならず者を彼に向き合って座らせ、『お前は神と王を呪った』と証言させなさい。それからナボトを連れ出し、石で打ち殺しなさい。」
11
 町の人々、町に住む長老や貴族たちは、イゼベルが命じたとおり、すなわち彼女が手紙で書き送ったとおりに行った。
12
 彼らは断食を布告し、ナボトを民のいちばん前に座らせた。
13
 二人のならず者も来て、ナボトに向き合って座った。ならず者の連中は民の前でナボトについて証言し、「ナボトは神と王を呪った」と言った。
人々はナボトを町の外に連れ出し、石で打ち殺した。
14
 人々はイゼベルに使いを送って、「ナボトは石で打ち殺されました」と伝えた。
15
 イゼベルは、ナボトが石で打ち殺されたことを聞くや、アハブに言った。「直ちにイズレエル人ナボトのぶどう畑を自分のものにしてください。ナボトはあなたにぶどう畑をお金で譲るのを拒みましたが、彼はもう生きていません。死んだのです。」
16
 アハブはナボトが死んだと聞くや、直ちにイズレエル人ナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って行った。”(聖書協会共同訳)とあります。

 悪王アハブと悪を平然と行えるイゼベルに対する主の言葉、及び主の裁きの言葉を聞いて自分の罪を認め、主に憐みを請うたアハブに対する主のお取り扱いの言葉が、続く1列王記2117-29に次のように記されています。
17 主の言葉がティシュベ人エリヤに臨んだ。
18
 「直ちにサマリアに下って、イスラエルの王アハブに会いに行きなさい。彼はナボトのぶどう畑を自分のものにしようと下って来て、そこにいる。19 アハブにこう言うがよい。
『主はこう言われる。あなたは人殺しをしたうえに、その人の物を自分のものにしようというのか。』また、こう言うがよい。『主はこう言われる。犬どもがナボトの血をなめたその場所で、今度は、あなたの血を犬どもがなめる。』」
20
 アハブがエリヤに、「わが敵、私を見つけたか」と言うと、
エリヤは答えた。「見つけたとも。あなたは主の目に悪とされることに身を委ねたからだ。
21
 〔21.22節は19節に続く主の言葉(筆者挿入)〕『見よ、私はあなたに災いをもたらし、あなたの子孫を除き去る。奴隷であれ、自由な者であれ、イスラエルにいる男子で、アハブに属する者は滅ぼす。22 あなたの家をネバトの子ヤロブアムの家のように、またアヒヤの子バシャの家のようにする。それは、あなたが私を怒らせたためであり、またイスラエルの人々に罪を犯させたためである。』
23
 主はまた、イゼベルにもこう言われる。
『イズレエルの所有地で、犬どもがイゼベルを食らう。24 アハブに属する者で、町で死ぬ者は犬が食らい、野で死ぬ者は空の鳥がついばむであろう。』」
25
 確かにアハブほど、主の目に悪とされることに身を委ねた者はいなかった。唆(そそのか)したのは妻のイゼベルである。26 アハブは、主がイスラエルの人々の前から追い払われたアモリ人と全く同じように偶像に従い、甚だしく忌まわしいことを行った。
27
 アハブはこれらの言葉を聞くと、衣を引き裂き、粗布を身にまとって断食した。粗布のままで横になり、打ちひしがれて歩いた。
28
 その時、主の言葉がティシュベ人エリヤに臨んだ。
29
 「アハブが私の前にへりくだったのを見たか。彼が私の前にへりくだったので、その生きている間は災いを下さない。その家に災いを下すのは、その子の時代においてである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 イゼベルの身には預言どおりのことが起こりました。2列王記930-37には次のように記されています。
30 イエフ〔新改訳は「エフー」(筆者挿入)〕はイズレエルにやって来た。
イゼベルはそれを聞いて、目の縁を黒く塗り、髪を整え、窓から見下ろした。31 イエフが門を入って来ると、「どうしたのですか、主君殺しのジムリ」と声をかけた。
32
 すると、イエフは窓の方を見上げ、「誰かいないか。私に味方する者は誰かいないか」と叫んだ。この時、二、三人の宦官が彼の方を見下ろしたので、33 「そいつを突き落とせ」とイエフは言った。彼らはイゼベルを突き落とし、その血は壁や馬に飛び散った。イエフは彼女を踏みつけて、34 中に入り、食べて飲み、それから言った。「あの呪われた女の面倒を見て、葬ってやれ。あれでも王の娘なのだ。」
35
 だが、葬ろうとして彼らが行ってみると、頭蓋骨と両足、両手首しかなかった。
36
 彼らが帰って、そのことを報告すると、イエフは言った。
「これは、僕ティシュベ人エリヤを通して語られた主の言葉のとおりだ。『イズレエルの所有地で、犬どもがイゼベルの肉を食らう。37 イゼベルの遺体は、イズレエルの所有地で畑の肥やしのようになり、誰も、これがイゼベルだとは言えなくなるだろう。』」”(聖書協会共同訳)とあります。

 アハブ王は、エリヤをとおして主から罪の罰の宣告を受けたとき、主に憐みを請いました。主はアハブの心を見たのでしょう。主はアハブに下した罪の宣告を変更しました。
今の世界にあっては、中には本質的にアハブと同じようなことをしている人もいると思うのです。アハブのように悪を行っても回心したら主は赦されました。
一方、悪のままであったイゼベルは、主の警告預言のとおりになりました。
誰もが皆罪人です。
自分の罪を認め、イエス様を救い主として信じ、主イエス様を心にお迎えすることのできた人は幸いです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
罪を示された時には、ただちにその罪を告白し、罪赦され、きよめていただき、常に主と共に歩み続けるものであらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

〝箴言5:18.19.21には次のように・・〟となっておりましたのでお知らせします。
誤ってやってしまった事、救われる前に負った罪をもイエス様に投げかけて罪の告白して救ってくださった事に感謝です。そして、それからゆるしてくださった事は、恵み深くとても幸いな事で、感謝してもしきれないほどです。
そして日々の生活の中で罪を示されたら、直ちに罪の告白ができる様、きよい心となってゆけますよう、日々願い祈ります。

うっかりミスを教えてくださり感謝します。
早速訂正しておきました。

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