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2023年1月31日 (火)

マタイ16:13-20 ペテロの信仰告白と、それを受けたイエス様の御言葉3

 マタイ1613-20には次のように記されています。
13 イエスは、フィリポ・カイサリア地方に行ったとき、弟子たちに「人々は、人の子を何者だと言っているか」とお尋ねになった。
14
 弟子たちは言った。
「洗礼者ヨハネだと言う人、エリヤだと言う人、ほかに、エレミヤだとか、預言者の一人だと言う人もいます。」
15
 イエスは言われた。「それでは、あなたがたは私を何者だと言うのか。」
16
 シモン・ペトロが答えた。「あなたはメシア、生ける神の子です。」
17
 すると、イエスはお答えになった。
「バルヨナ・シモン、あなたは幸いだ。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、天におられる私の父である。
18
 私も言っておく。あなたはペトロ。私はこの岩の上に私の教会を建てよう。陰府の門もこれに打ち勝つことはない。
19
 私はあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上で結ぶことは、天でも結ばれ、地上で解くことは、天でも解かれる。」
20
 それから、イエスは、ご自分がメシアであることを誰にも話さないように、と弟子たちに命じられた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 1/27のブログでは、18節について書きました。
今日は19.20節について記そうと思います。

 19節には“私はあなたに天の国の鍵を授ける。あなたが地上で結ぶことは、天でも結ばれ、地上で解くことは、天でも解かれる。」”(聖書協会共同訳)と記されています。

 イエス様は、「私はあなたに天の国の鍵を授ける。」と言われました。
ペテロは、ある時に回心して「イエスがメシア、生ける神の子だ。」とイエス様を信じたのです。
 そしてイエス様が、「あなたがたは私を何者だと言うのか。」(15)と弟子たちに聞かれた時に、ペテロは、「あなたはメシア、生ける神の子です。」(16)と答えたのです。
それを受けて、ペテロのこの信仰告白を聞いた主イエス様は、ペテロに、「私はあなたに天の国の鍵を授ける。」と言われたのです。
確かに、ペテロは説教を通して最初はユダヤ人たちに天の国の門を開きました(使徒241)それは使徒2章に記されている五旬節(ペンテコステ)の出来事です。ペテロは主イエス様を信じたユダヤ人たちに天の国の門を開けましたが、異邦人に対しても最初に天の国の門を開けた人です。それは使徒10章に記されているコルネリウス(コルネリオ)の話です(中心は使徒1034-48)。

 次に、「あなたが地上で結ぶことは、天でも結ばれ」とある中の「結ぶ」(聖書協会共同訳、岩波訳、塚本訳)と訳されている語のギリシア語原語は「デオー」という語で、bindの意です。
「デオー」を「つなぐ」と訳している日本語訳聖書には、文語訳、口語訳、新改訳、新共同訳等があります。またリビングバイブルは、(鍵を)「かける」と訳しています。
なお2017の欄外注には“あるいは「禁じる」”と注されています。

 続く「地上で解くことは、天でも解かれる。」という文の中の「解く」と訳されている語のギリシア語原語は「ルオー」でloosenの意で、聖書協会共同訳、岩波訳、新共同訳、新改訳、口語訳、フランシスコ会訳、塚本訳は「解く」と訳し、リビングバイブルは、(鍵を)「開ける」と訳しています。
なお2017の欄外注には“あるいは「許す」”と注されています。

 リビングバイブルは、19節を、“あなたに天国のかぎをあげましょう。あなたが地上でかぎをかけるなら、天でも閉じられ、あなたが地上でかぎを開けるなら、天でも開かれるのです。”と訳しています。
塚本訳は、“わたしはあなたに天の国の鍵をあずける。(だから)あなたが地上で結ぶことは(そのまま)天でも結ばれ、地上で解くことは(そのまま)天でも解かれるであろう。」”と訳しています。

 地上の天の国とはどこでしょう?
それは教会です。
教会に所属するためには、イエスこそキリスト(メシア)であり、神の子ですというペテロと同じ信仰告白が必要です。
このような信仰告白をした人に対して、主イエス様は、「あなたは幸いです。あなたにこのことを現したのは、人間ではなく、天におられる私の父です。」と言われるのです。
エペソ28には、端的に“あなたがたは、恵みにより、キリストを信じることによって救われたのです。しかも、そのキリストを信じることすらも、あなたがたから自発的に出たことではありません。それもまた、神からの賜物(贈り物)です。”(リビングバイブル)と記されています。

 20節には、“それから、イエスは、ご自分がメシアであることを誰にも話さないように、と弟子たちに命じられた。”と記されています。
イエス様が地上におられたころのユダヤ人は、地上にかつてのダビデ、ソロモン時代のような王国がメシアによってたてられることを待ち望んでいました。もし、弟子たちが、「イエスこそメシアだ」ということを宣教したら、イエス様を王として立てて、暴力的にでも、国を再興しようとしたことでしょう。もしそれをしてしまったときには、それは神の経綸に反することで失敗に終わり多くの死亡者が出たと思います。
神様の経綸(ご計画)では、初臨のキリストは、罪の贖いの為であり、再臨のキリストは、イスラエルの王国を樹立し、地上をキリストが治める神の国とするためであったのです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
恵みにより、イエス様を救い主&主と信じさせてくださいましたことを感謝します。
私の場合は、それによって大いなる平安をいただきました。
今から50年前は、今のような世界情勢、いやそれよりももっとひどい世界情勢になることを日々危惧し、疲れていましたが、今や、このような世界情勢の中にあっても平安を持ち、キリストの空中再臨を待ち望む身として頂いておりますことを感謝します。
栄光がとこしえにあなたにありますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<心にあるこの安きを>(聖歌560番、聖歌総合版584番)
1.心にあるこの安きを奪うもの地になし 試みにて苦しむともこの安き動かじ
(折り返し)*
我がものなる主を宿す その喜び言い難し 主のたまえり 「我などて なれを捨てて去るべき」
2.この安きを受けし時に雨雲は晴れたり 悩みあらず 涙もなく 歌声のあるのみ

3.この安きを持てる土の器なる我が身も やがてイェスに会わば変わらん 栄ある姿と

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コメント

イエス様が救い主であるという信仰告白をすることができた事に感謝します。
そして、それは始まりであり、今、学びを通して清くしてくださっている過程である事は喜びなのだと思いました。
20節を私に例えて、イエス様はメシアだと話回って大きな事となり、私は高くなってしまい、そしてその後には大きな問題が生じる。その様な事を地上生活に当てはめて考えれば、小さくしていただく事の大切さを改めて感じます。全てがイエス様に感謝です。

イエス様がメシアだ、と信じることのできる信仰は、神様のGiftですものね(エフェソ2:8)。

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