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2023年2月 4日 (土)

マタイ16:21-23 思いの中心が神より人の危険(マタイ16:21-23)

 マタイ1621-23には次のように記されています。
21 この時から、イエスは、ご自分が必ずエルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている、と弟子たちに打ち明け始められた。
22
 すると、ペトロはイエスを脇へお連れして、いさめ始めた。
「主よ、とんでもないことです。そんなことがあってはなりません。」
23
 イエスは振り向いてペトロに言われた。
「サタン、引き下がれ。あなたは私の邪魔をする者だ。神のことを思わず、人のことを思っている。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 21節の冒頭に、“この時から”、とあります。
これは、ペテロ(ペトロ)が、「あなたはメシア、生ける神の子です。」(マタイ1616・聖書協会共同訳)と信仰告白した時の後、ということです。

 主イエス様は、ペテロの信仰告白を受けた後、イエス様が「エルサレムに行き、長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺され、三日目に復活することになっている」、と十字架と復活の預言を弟子たちに語りました。ペテロの信仰告白以前には、イエス様は、ご自分の十字架と復活の話をなさらなかったのです(マルコ829.31、ルカ920.22も参照)。

 イエスの十字架の預言を聞いたことは、ペテロにとって、大きな驚きであったのでしょう。大好きなイエス様が、エルサレムで、ユダヤの長老、祭司長、律法学者たちから多くの苦しみを受けて殺される、ということを受け入れることは、とてもできなかったのです。

 22節をリビングバイブルは、“ところが、ペテロはイエスをわきへ呼んでいさめました。「先生。とんでもないことです。あなたのようなお方に、そんなことが起こってなるものですか!」”と意訳しています。

 父なる神様の愛のご計画を知らなければ、大好きな人が苦しい目にあわされて殺されるなどということを受け入れることは出来ないでしょう。

 ペテロの言葉を聞いた主イエス様は、なんと、「サタン、引き下がれ。あなたは私の邪魔をする者だ。神のことを思わず、人のことを思っている。」とペテロに言ったのです。

 サタンの元来の意味は、敵対者、です。すなわち神の敵対者です。ヘブライ語では「サーターン」、ギリシア語では「サタナス」です。
サタンの別名は色々あります。
新約聖書によると、サタンを、悪魔(マタイ4:1、ルカ4:3、ヨハネ8:44、使徒10:38等)、試みる者(マタイ4:3)、誘惑者(Ⅰテサロニケ3:5)、悪い者(マタイ13:191ヨハネ519)、告発者(黙示録12:10)、敵(マタイ13:39、ルカ10:19)、悪霊どものかしら(マタイ9:34、マルコ3:22)、この世を支配する者(ヨハネ12:31)、空中の権威を持つ支配者(エペ2:2)、ベルゼブル(マタ10:25)などと記しています。

 イエス様は、ペテロに対して、「サタン」と言ったのです。
ペテロのこの時の考え方、及びそれから発せられた言葉は、神に敵対するものであったのです。
もし、霊の世界が見えていたならば、この時のペテロの言葉は、ひょっとするとサタン(悪魔)が、ペテロを用いて語った言葉か、あるいはそのような思いを入れたのかもしれません。悪魔は、イエス様が殺されて終わりであったならば万々歳です。しかし、サタン(悪魔)にとって「三日目に復活する」という言葉は聞き捨てならない言葉でした。
もしサタンが、イザヤ53章の意味を正しく理解していたとしたら、主イエス様の復活を見たくはなかったでしょう。

 イエス様は、「神のことを思わず、人のことを思っている。」(23)と言われました。
主権は神ヤハウェ(主)のものです。
神ヤハウェ(主)から主権を剝奪したいのがサタンです。サタンは自分が神ヤハウェ(主)のようになりたいのです。サタンはこの世の神です。
神ヤハウェ(主)なしの人権(人権が悪いと言っているのではなく神の下における人権が良いのです)、神ヤハウェ(主)なしのヒューマニズムはサタンから来たものでしょう。
コロサイ28には、“あの空しいだましごとの哲学によって、だれかの捕らわれの身にならないように、注意しなさい。それは人間の言い伝えによるもの、この世のもろもろの霊によるものであり、キリストによるものではありません。”(2017)と記されています。
この世のもろもろの霊の親分が悪魔(ザ・サタン)です。悪しき霊たち一霊一霊も神に敵対するものですから「ア・サタン」です。

 キリスト者であっても、その生き様が神第一ではなく、自分第一、人間第一に陥ることがあります。
イエス様は、「神の国とその義とをまず第一に求めなさい。」(マタイ633・新改訳初版~第三版)と語られました。
神様のみ旨を第一にすることの重要性を語っておられます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
いつもあなたのみ旨に従って歩むことが出来ますよう祝福してください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

神様の思いは決まっている事なのに抵抗している事なども人の思いという事でしょうか?
救われた後、皆さんすんなりと神様の道を歩まれるものなのでしょうか?
私はのらりくらりな感じで、その度に何時も主に導いてもらっている様な感じを受けております。

救われても、そう簡単に上へ上へとはいきません。
それは、出エジプトした民を見るとわかります。

教えてくださり、ありがとうございます。
今は、今の恵みに存分に感謝します‼︎

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