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2023年4月 1日 (土)

マタイ19:23-26 人は自分の何かの能力や善行で天の王国に入ることは出来ない/人を天の王国に入れることの出来るお方は主なる神です

 マタイ1923-26には次のように記されています。
23 イエスは弟子たちに言われた。
「よく言っておく。金持ちが天の国に入るのは難しい。24 重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい。」
25
 弟子たちはこれを聞いて非常に驚き、「それでは、誰が救われることができるのでしょう」と言った。
26
 イエスは彼らを見つめて、「それは人にはできないが、神には何でもできる」と言われた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 主イエス様は先ず、「よく言っておく〔原語は2語で、「アーメン レゴー」(筆者挿入)〕。金持ちが天の国に入るのは難しい。」と語られました。
旧約(旧契約)時代の祝福は物質的な面(地的なもの)が大きかったように思えます(申命記281-14)。新約(新契約)時代の祝福は霊的なものが第一です(エペソ13)。
古い皮袋(かわぶくろ)から新しい皮袋に変わったのです(マタイ917)。

 イエス様が地上におられた時は、古い皮袋から新しい皮袋へ変わる転換期でした。
旧契約では、金持ちになれたのは、神様から祝福されていたからでした(申命記284.5.8.12)。中には、強奪によって金持ちになった人もいたことでしょうが。そのような人は主から罰を受けたでしょう。
 金持ちは、金の力を知っています。地上のことは、金の力で相当範囲のことをカバーできるでしょう。
しかし、金持ちは金に頼るので、主イエス様は、「金持ちが天の国に入るのは難しい。24 重ねて言うが、金持ちが神の国に入るよりも、らくだが針の穴を通るほうがまだ易しい。」と語られたのでしょう。
ラクダを、針の穴に入らせることの出来る人はいません。
冗談をまじえて書きますが、ラクダでも入れるような大きな針の穴を持つ針を造って、ラクダを針の穴を通すことが出来た、と答える人が現れるかもしれません。しかし、ここでいう針は、裁縫に使われるような針のことでしょう。

 結局、金持ちは「天の国(王国)」に入ることは出来ないと、イエス様は言いました。
では、貧乏人ならば天の王国に入れるのでしょうか。
やはり入れないのです。
人は、新しく生まれなければ、天の王国である神の国に入ることは出来ないのです

 その件に関しては、主イエス様とニコデモとの会話からよくわかります。ヨハネ3章には次のように記されています。
1 さて、ファリサイ派の一人で、ニコデモと言う人がいた。ユダヤ人たちの指導者〔別訳「議員」(欄外注)〕であった。
2
 この人が、夜イエスのもとに来て言った。
「先生、私どもは、あなたが神のもとから来られた教師であることを知っています。神が共におられるのでなければ、あなたのなさるようなしるしを、誰も行うことはできないからです。」
3
 イエスは答えて言われた。
「よくよく言っておく〔原語は3語で「アーメン アーメン レゴー」です。(筆者挿入)〕。人は、新たに〔別訳「上から」(欄外注)。原語「アノーセン」には両方の意があります。(筆者挿入)〕生まれなければ、神の国を見ることはできない。」
4
 ニコデモは言った。「年を取った者が、どうして生まれることができましょう。もう一度、母の胎に入って生まれることができるでしょうか。」
5
 イエスはお答えになった。
「よくよく言っておく。誰でも水と霊とから生まれなければ、神の国に入ることはできない。6 肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である。7 『あなたがたは新たに生まれなければならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。8 風〔原語は「プニューマ」で、風、霊、etc.の意があります。(筆者挿入)〕は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」”(聖書協会共同訳)とあります

 8節に、「風〔原語は「プニューマ」で、風、霊、etc.の意があります。(筆者挿入)〕は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」とあります。
1
コリント123の後半部分には、“聖霊によるのでなければ、だれも「イエスは主です」と言うことはできません。”(2017)と記されています。
聖霊なる神は、神のみ旨のままに働かれるのです。

 6節には、「〔ギリシア語聖書は「霊」(筆者挿入)。新改訳は「御霊」と意訳(筆者挿入)〕から生まれたものは霊である。」とあります。
1ペテロ13の後半部分には、“神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせ、生ける望みを持たせてくださいました。”(2017)とあります。

 ローマ109には、“・・自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。”(口語訳)としるされていますが、このように信じる信仰は、肉(肉の両親)から生まれた肉の能力で言えるものではありません。その信仰は霊である神から来るのです。
エペソ28には、“事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物〔神の贈り物(筆者挿入)〕です。”(新共同)と記されています。
この聖句をリビングバイブルは、“あなたがたは、恵みにより、キリストを信じることによって救われたのです。しかも、そのキリストを信じることすらも、あなたがたから自発的に出たことではありません。それもまた、神からの賜物(贈り物)なのです。”と意訳しています。
主イエス様は、「求めなさい。そうすれば与えられます。」(マタイ772017)と語られました。
自分で分かっているかどうかは別にして、イエス・キリストによる救いを求めたので、イエスは霊によって、イエス様を信じる信仰を与えてくださったのでしょう。

 神の国(王国)に入ることは、肉である人間にはできないが、神にはできる。とイエス様は語られたのでした。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
あなたを求めさせてくださり、主イエス様を信じる信仰を与えてくださり、私のような者をも救ってくださいましたことを感謝します。
イエス様の贖いにより、罪の重荷は払われ、イエス様のご復活により新生の恵みにあずからせていただきました。
ヨハネ1126にあるように、「・・生きていてわたしを信じる者はみな、永遠に決して死ぬことがありません。・・。」(2017)と語られたイエス様の御言葉を、私の上にも成就してくださいましたことを感謝します。
御名を賛美し、私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

肉の両親はイエス様を誤解しております。
話しをしようと何度か試みました。その時に学んだ〝聖霊によらなければ、誰もイエスが主であるとは言えません〟という事を思い返し、「記されている通りなのだ」と思い、切り分ける…何か大きなものが私の中で起こりました。それまでの両親に対しての思い等、様々な過去に対する思いも変わりました。
記載してくださっていたローマ10:9の〝・・自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で・・〟という箇所は特にそう思いました。心でぼんやり思っているだけでは、ぼやけてしまいましたし、言葉だけで「イエス様」と言っていても行いが伴っていなければ、異なった方向に行き見失う…。抵抗していた時がありましたが、イエス様、三一の神様を信じる事ができた事は感謝です。そして今日、改めて思わせていただけた事に、感謝します。

両親への伝道は、言葉よりも、主に変えられた「私」を見てもらうことです。
一応、伝えようと努力したのですから、あとは自分が主に変えていただき続けることを見ていただけばよいのです。
その内に、「その時」という時が訪れます。
その時は、聖霊様が決めるのかも知れません(ヨハネ3:8)。
ヨハネ3:8の「風」はプニューマで霊の意味もあるのですから。

そうですね。
全ては三一の神様の時ですね。
ありがとうございます。

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