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2023年4月 5日 (水)

マタイ19:27-30 キリストの千年王国時代の褒章

 マタイ1927-30には次のように記されています。
27 その時、ペトロがイエスに言った。「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました。では、私たちは何をいただけるのでしょうか。」
28
 イエスは一同に言われた。
「よく言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に着くとき、私に従って来たあなたがたも、十二の座に着いて、イスラエルの十二部族を裁くことになる。29 また、私の名のために、家、兄弟、姉妹、父、母、子、畑を捨てた者は皆、その百倍もの報いを受け、永遠の命を受け継ぐ。30 しかし、先にいる多くの者が後になり、後にいる多くの者が先になる。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 ペトロ(ペテロ)は、イエス様に、「このとおり、私たちは何もかも捨てて、あなたに従って参りました。では、私たちは何をいただけるのでしょうか。」と質問しました。

 イエス様は、ペテロや共にいる弟子たちに対して(マタイ1923参照)、
①キリストの千年王国時代における褒章
②この世における褒章
③褒章を受ける時間的な順序
について答えられました。

 ①キリストの千年王国時代における褒章について
「よく言っておく。新しい世界になり、人の子が栄光の座に着くとき」とあります。
主イエス様が栄光の座に着かれる時は、キリストの地上再臨後であり、その時から地上におけるキリストの千年王国が始まるのです。

 蛇足になりますが、キリストの千年王国が終わると、現在の天地は滅び、最後の審判が行われます(黙示録2011-15)。その後は、新天新地の創造が行われ(イザヤ6517、黙示録211)、御父が永遠にわたって新天地を支配します(1コリント1528)。

 話を元に戻します。
キリストの千年王国における12弟子についての褒章について、主イエス様は、「あなたがたは、十二の座に着いて、イスラエルの十二部族を裁くことになる。」と語られました。
 また脱線します。
ここには記されていませんが、イスカリオテのユダは、除外され、おそらくマッティア(マティア)が使徒とされるのだろうと思います{使徒126、箴言1633も参照}。
パウロは、自身で、“異邦人の使徒”と述べています(ローマ1113)。

 キリストの千年王国時代の中心国はイスラエルであり、イスラエル12部族の土地の分割の中に、神のひとり子の御子であり、王の王、主の主であるキリスト・イエス様がエルサレム神殿の玉座に着かれるのでしょう(エゼキエル431-7前半部分を参照)。

 大患難時代には、数十億人が死ぬと思われます(黙示録68.1487-13915.18111312161315142016211915-21、ゼカリヤ138)。

 異邦人(イスラエル人以外の人)も生き残ります(ゼカリヤ1416-19、イザヤ22-4、ミカ41-4等を参照)。
異邦人キリスト者は、異邦人を支配するのでしょう(黙示録226)。
聖書には記されていないので、私の想像ですが、国の自治の制度のような人事が行われる可能性を想像します(ルカ1917.19)。
また、艱難時代の殉教した聖徒も王として治めます(黙示録204)。
「王として治める」(新改訳)「統治する」(新共同訳)と記されています(黙示録204)が、町内会くらいの広さなのかもしれません。私の想像ですが。
12使徒は、日本でいう知事、その下に市長や村長、また町長、さらに連合町内会長、各町内会長、その下の役員、等々、役職は色々あるのでしょう。(“聖書には記されていないので、”以下は、すべて想像です。あしからず。)

 ②この世における褒章について
キリスト者になったために、親に勘当された人がいるかもしれません(昔はいました)。
イスラム圏では、殺されるかもしれないことを覚悟でキリスト者になる国の人々もいます。
しかし、地上の教会組織の中に入ると、多くの兄弟姉妹を得るのです。そしてそれは国境を越えます。余談になりますが、天に帰った後には大家族です。
経済的なことは、主のお考えによって異なることでしょう。ローマ128には、「分け与える人は惜しまずに分け与え」(2017)「施しをする人は惜しまず施し」(新共同訳)と記されていますが、これは賜物についての話の中に記されています。
最低限、衣食には困らないようにしてくださいます(1テモテ68、ピリピ419)。
日本の冬は寒いですから、住についても、主はご配慮くださるでしょう。主との交わりが豊かであるなら、聖書と聖歌や讃美歌、及び衣食住があれば文句は言わないでしょう。
中には、「私は子育て中です。」と文句を言う人がいるかもしれませんが、ピリピ419を参照してください。おそらく現代は、主が必要と思われる以上の物を、人は必要であるとしているのではないかと思います。

 ③褒章を受ける時間的な順序について
この件については、イエス様が話された「ブドウ園の主人と労働者の譬え」が参考になるでしょう。
この話は次の機会になります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
私たちのことについて、愛をもって、計画を立ててくださっておられますからありがとうございます。
あなたを愛して、忠実にお従いすることの重要性を教えてくださっておられますから感謝します。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「最も小さなことに忠実な人は、大きなことにも忠実であり、最も小さなことに不忠実な人は、大きなことにも不忠実です。」(ルカ16102017
「主人は彼に言った。『よくやった。良いしもべだ。おまえはほんの小さなことにも忠実だったから、十の町を支配する者になりなさい。』」(ルカ19172017

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コメント

千年王国時代、新天新地など想像するとわくわくします。
褒められたいからとか、何かを与えてもらいたいからとかではなく、主に従った故の結果という事ですね。

主の愛と義に満たされた王国で、さらに私たちの罪も全く取り除かれた状態で生活できることはなんと幸いなことでしょう。
ハレルヤ

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