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2023年5月15日 (月)

マタイ21:33-46 神の国は神の国にふさわしいものに与えられる

 マタイ2133-46には次のように記されています。
33 「もう一つのたとえを聞きなさい。ある家の主人がぶどう園を造り、垣を巡らし、その中に搾(しぼ)り場を掘り、見張りのやぐらを建て、これを農夫たちに貸して旅に出た。
34
 収穫の時が近づいたとき、収穫を受け取るために、僕(しもべ)たちを農夫のところへ送った。
35
 ところが、農夫たちはその僕たちを捕(つか)まえ、一人を袋叩きにし、一人を殺し、一人を石で打ち殺した。
36
 また、前よりも多くの僕たちを送ったが、農夫たちは同じ目に遭わせた。
37
 そこで最後に、『私の息子なら敬ってくれるだろう』と言って、主人は自分の息子を送った。
38
 農夫たちはその息子を見て話し合った。『これは跡取りだ。さあ、殺して、その財産を手に入れよう。』
39
 そして、息子を捕まえ、ぶどう園の外に放り出して殺してしまった。
40
 さて、ぶどう園の主人が帰って来たら、この農夫たちをどうするだろうか。」
41
 彼らは言った。「その悪人どもをひどい目に遭わせて殺し、ぶどう園は、季節ごとに収穫を納めるほかの農夫たちに貸し出すに違いありません。」
42
 イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。
『家を建てる者の捨てた石。これが隅の親石となった。これは 主がなさったことで、私たちの目には不思議なこと。』
43
 だから、言っておくが、神の国はあなたがたから取り上げられ、御国にふさわしい実を結ぶ民に与えられる。
44
 この石の上に落ちる者は打ち砕かれ、この石が落ちて来た者は、押し潰される。」
45
 祭司長たちとファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、イエスが自分たちのことを言っておられると気付き、46 イエスを捕(と)らえようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 とてもわかり易い譬えなので読んだだけで理解する人が多いのではないでしょうか。
まだ旧新約聖書を通読していない人のために、解釈を加えた訳の様にして下記してみます。

 33 父なる神様は、地上の神の国の中心地としてエルサレムを建てました。地上の神の国の人々を神の国の民としてふさわしくするようにと、その民を指導する宗教指導者も立て、彼らに神の国の民を委ねました。

 34 宗教指導者たちの指導によって、神の国の民が整えられていることを期待できるような時期に、預言者を使わしました。預言者とは、神の御言葉を預かり、神の御言葉を語る者です。

 35.36 ところがどうでしょう。王や宗教指導者たちは、預言者を迫害し、危害を加え、預言者によっては殺される者も出るという始末です。
預言者が迫害された例を少し述べてみましょう。
 2歴代誌24章には次のように記されています。
15 ヨヤダ〔エホヤダ(口語訳、新改訳)〕は年老い、生涯を全うして死んだ。百三十歳であった。16 彼は王たちと共にダビデの町に葬られた。イスラエルにおいて神とその神殿のために良いことを行ったからである。
17
 ところがヨヤダの死後、ユダの高官たちが王のもとに来て、ひれ伏した。その時、王は彼らの言うことを聞き入れた。
18
 彼らは先祖の神、主の神殿を捨て、アシェラと偶像に仕えた。この罪責のため、ユダとエルサレムに怒りが下った。
19
 彼らを主に立ち帰らせるため、預言者が遣わされた。預言者たちが厳しく命じても、彼らは耳を貸さなかった
20
 祭司ヨヤダの子ゼカルヤ〔ゼカリヤ(口語訳、新改訳)〕は神の霊に包まれた。彼は民を見下ろして立ち、こう言った。
「神はこう言われる。『なぜ、あなたがたは主の戒めを破るのか。あなたがたは栄えない。あなたがたが主を捨てたから、主もあなたがたを捨てる。』」21 だが、ゼカルヤに対する陰謀が企てられ、彼は王の命令により主の神殿の庭で石で打ち殺された22 ヨアシュ王は、彼の父ヨヤダが示した慈しみを思い起こさず、その息子を殺したのである。ゼカルヤは死の間際に言った。「主が御覧になり、この血の責任を追及されますように。」”(聖書協会共同訳)とあります。
 預言者エレミヤも迫害を受けました。
エレミヤ3715.16には次のように記されています。
15 高官たちはエレミヤに激怒し、彼を打ち叩き、書記官ヨナタンの家にある部屋に入れた。そこが牢獄として使われていたからである。
16
 エレミヤは丸天井のある地下牢に入れられ、長期間そこにとどまった。”(聖書協会共同訳)とあります。
 またエレミヤ386には、“そこで、彼らはエレミヤを捕らえ、監視の庭にある王子マルキヤの水溜めへ放り込んだ。彼らはエレミヤを綱でつり降ろしたが、水溜めには水がなく泥が溜まっていたので、エレミヤは泥の中に沈んだ。”(聖書協会共同訳)と記されています。
 アサ王は、最初の頃は預言者に従いましたが、晩年には、預言者を迫害しました。
2
歴代誌1610には、“アサは先見者〔預言者の別称(筆者挿入)〕に対して怒り、彼を獄に投じた。このことで、彼に激しい怒りを覚えたからである。この時、アサは民の中のある者たちを虐げた。”

 テキストに戻ります。
 37 そこで最後に、父なる神様は、「私の息子なら敬ってくれるだろう」と言って、自分の息子を送ったのです。それがイェシュア(イエス)でした。

 38.39 ところが、時の宗教指導者たちは、自分たちの権益を守ることと、主イエス様への妬みや憎しみのゆえに、主イエス様を十字架につけて殺したのです。
イエス様が十字架につけられたのは、エルサレムの都の外でした。

 40 裁きの時になったらどうなるのでしょう。

 41 父なる神様はエルサレムと宗教指導者たちを裁かれました。
A.D.70
年に父なる神様は、エルサレムがローマ軍に滅ぼされることを許可したのです。

 以上、イエス様のたとえ話をわかり易く書いてみました。

 42-44節には、主イエス様のまとめの御言葉が次のように記されています。
42 イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。
『家を建てる者の捨てた石。これが隅の親石となった。これは主がなさったことで、私たちの目には不思議なこと。』
43
 だから、言っておくが、神の国はあなたがたから取り上げられ、御国にふさわしい実を結ぶ民に与えられる。
44
 この石の上に落ちる者は打ち砕かれ、この石が落ちて来た者は、押し潰される。」”とあります。

 主イエス様こそ神の家の土台であり、上の部分を支える隅の親石であるのですが、生ける神の家を建てなければならなかった宗教指導者たちは、神のひとり子の御子であり主であるイエス様を捨てたのです。すなわち十字架につけたのです。
それ故、神の国は、神の国にふさわしい者たちに与えられました。

 44節をリビングバイブルは、“また、この真理の石につまずく者は打ち砕かれ、この石が落ちてくると、粉みじんにされます。”と意訳しています。
44
節は、キリストによる裁きを現わしているでしょう(ヨハネ522.27)。
ユダヤの宗教指導者たちは、真理を語られた主イエス様に躓(つまず)いたのです。
 また、教会時代に主イエス様を受け入れない国々、すなわち天の御国{呼び出された者たち(エクレシア)の国}以外の国々は粉みじんにされるのです。
 ダニエル2章の幻とダニエル7章の幻に記されています。
ダニエル2章には次のように記されています。
44 この王たちの時代に、天の神は永遠に滅ぼされることのない王国を興されます。その王国は、他の民に渡されることはなく、かえってこれらの王国をすべて粉砕して滅ぼし、永遠に立ち続けます。45 一つの石が人手によらずに山から切り出され、鉄と青銅と陶土と銀と金を粉砕したのを御覧になりましたが、それによって、大いなる神は、この後に何が起こるかを王様に示されたのです。”(聖書協会共同訳)とあります。
 ダニエル7章には次のように記されています。
26 しかし、裁きが行われ、彼の支配権は奪われ、破壊され、滅ぼされて終わる。27 王国と支配権、天の下の国々の権威は、いと高き方の聖なる民に与えられる。その王国は永遠の王国であり、すべての支配者は彼らに仕え、服従する。”(聖書協会共同訳)とあります。

 マタイ2145.46には次のように記されています。
45 祭司長たちとファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、イエスが自分たちのことを言っておられると気付き、46 イエスを捕(と)らえようとしたが、群衆を恐れた。群衆はイエスを預言者だと思っていたからである。(聖書協会共同訳)とあります。

 祭司長たちとファリサイ派の人々はこのたとえを聞いて、語られた意味をある程度理解したたようですが、悔い改めることはなく、かえって主イエス様を殺そうとしているのです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
主イエス様の御言葉を聞いて信じる者の幸いを覚えます。
主に信頼し続け、主を賛美しながら、この世の旅路を歩み続ける者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

分かり易く書き直してくださり、本当にとてもわかりやすかったです。ありがとうございます。
旧約時代の残酷さを見ると、イエス様が現れたことが救いである事を実感します。
暴力や死ではなくとも、迫害されるという事は、とても辛く、生きた心地がしないですよね…。
迫害とまではいかなくても、些細な事であったり、何かあると立ち向かい戦ってしまう(主に心の中ですね)傾向にありますが、主の御言葉を信じ、主に信頼し、主に祈り求め、主に解決していただくという習慣を身につければ、戦う必要はない事が、明らかだと学ばせていただけました。ありがとうございました。

主に信頼して祈りつつ歩みましょう。
ハレルヤ

アーメン。

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