« 箴言23:22-25 主イエス様の御言葉に聞き従う | トップページ | 申命記19:1-13 逃れの町/殺人罪と過失致死罪の取り扱いの違い »

2023年7月14日 (金)

マタイ24:3-14 終末と満了3/キリストの空中再臨と地上再臨

 マタイ243-14には次のように記されています。
3 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちが、ひそかに御もとに来て言った。
「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」
4
 イエスはお答えになった。
「人に惑わされないように気をつけなさい。
5
 私の名を名乗る者が大勢現れ、『私がメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。
6
 戦争のことや戦争の噂を聞くだろうが、慌てないように注意しなさい。それは必ず起こるが、まだ世の終わりではない。
7
 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。
8
 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。
9
 その時、人々は、あなたがたを苦しみに遭わせ、殺すだろう。また、私の名のために、あなたがたはすべての民に憎まれる。
10
 その時、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
11
 また、偽預言者が大勢現れ、多くの人を惑わす。
12
 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
13
 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
14
 そして、この御国の福音はすべての民族への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 3節の「 」内の個所を、聖書協会共同訳は、
「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。また、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」と訳し、
2017
は、「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのですか。あなたが来られ、世が終わる時のしるしは、どのようなものですか。」と訳し、
口語訳は、「どうぞお話しください。いつ、そんなことが起るのでしょうか。あなたがまたおいでになる時や、世の終りには、どんな前兆がありますか。」と訳し、
文語訳は、「われらに告げ給へ、これらの事は何時あるか、又なんぢの來り給ふと世の終とには、何の兆あるか」と訳し、
新改訳初版~第三版は、「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのでしょう。あなたの来られる時や世の終わりには、どんな前兆があるのでしょう。」と訳しています。

 「あなたの来られる時や世の終わり」(新改訳初版~第三版)、
「あなたがまたおいでになる時や、世の終り」(口語訳)、
「なんぢの來り給ふと世の終(おわり)」(文語訳)という訳し方を基に話を進めていきます。

 聖書の他の個所を参照すると、キリストの来臨{(ギ)パルーシア}は一度ではないことがわかります。
パルーシアについて、聖書辞典は次のように述べています。
“らいりん 来臨 〈ギ〉パルーシア。イエス・キリストが再び来られることを言う。「来臨」とも「再臨」とも言われるが、日本語では「再臨」という用法が一般的である。しかし、古典ギリシヤ語やコイネー・ギリシヤ語においては、パルーシアは「到着」「到来」「出現」という意味のみであって、「再」という意味は含まれていない。それゆえ、新約では〈ギ〉パルーシアを「来臨」と訳しているところが多い(テサ5:23,Ⅱテサ2:8,Ⅱペテ1:16,3:4,Ⅰヨハ2:28)。「再臨」と訳されているところもある(コリ15:23)。”とあります。

 教会時代の新生した信仰者は聖書の御言葉を信じているでしょう。
キリスト・イエス様は、キリストの現れを待ち望んでいる人を迎えに来ます。

 へブル928には、“キリストも、多くの人の罪を負うために一度ご自分を献げ、二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待ち望んでいる人々の救いのために現れてくださいます。”(2017)と記されています。

 このキリストの現れは、空中迄です。
1
テサロニケ416.17には、“すなわち、号令と御使いのかしらの声と神のラッパの響きとともに、主ご自身が天から下って来られます。そしてまず、キリストにある死者がよみがえり、それから、生き残っている私たちが、彼らと一緒に雲に包まれて引き上げられ〔携挙され(筆者挿入)〕、空中で主と会うのです。こうして私たちは、いつまでも主とともにいることになります。”(2017)と記されています。

 主は、何故、空中まで迎えに来てくださるのでしょうか?
やがて御怒りの日(神の怒りの日)が来ます。(「日」といっても1日ということではなく「期間」と捉えるほうが良いでしょう。)
キリストは、神の子どもたちが御怒りにあわないように神の子どもたちを携挙するのです。また1テサロニケ416.17は、花嫁を迎える迎え方でもあります。

 御怒りの日について、ローマ21-5には次のように記されています。
1 だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです。
2
神はこのようなことを行う者を正しくお裁きになると、わたしたちは知っています。
3
このようなことをする者を裁きながら、自分でも同じことをしている者よ、あなたは、神の裁きを逃れられると思うのですか。
4
あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。
5
あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています。この怒りは、神が正しい裁きを行われる怒りの日〔「御怒りの日」(新改訳)〕に現れるでしょう。”(新共同訳)とあります。
御怒りの日の出来事を具体的に詳しく知りたい方は、黙示録6-19章をお読みください。

 1テサロニケ110には、“・・・やがて来る御怒りから私たちを救い出してくださるイエス・・。(2017)”とあり、教会時代に救われた人たちは御怒りにあいません。

2
テサロニケ16-8には、神の怒りが発動される理由が次のように記されています。
6 神にとって正しいこととは、あなたがたを苦しめる者には、報いとして苦しみを与え、
7
苦しめられているあなたがたには、私たちとともに、報いとして安息を与えることです。このことは、主イエスが、燃える炎の中に、力ある御使いたちとともに天から現れるときに起こります。
8
主は、神を知らない人々や、私たちの主イエスの福音に従わない人々に罰を与えられます。”(聖書協会共同訳)とあります。

 キリストの来臨には、黙示録1911-21やゼカリヤ12章に記されているような地上再臨もあります。
キリストの地上再臨に続いてキリストの千年王国が始まっていきます(黙示録201-6)。
キリストの地上再臨をもってこの世は満了するのです。

 キリストの空中再臨の日がいつであるのかということについては、御父以外は、キリストもその他の者もだれも知らないとマタイ2437-44に、キリストのことばとして次のように記されています。
“「37 人の子が来るのは、ノアの時と同じだからである。
38
 洪水になる前、ノアが箱舟に入る日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていた。
39
 そして、洪水が来て一人残らずさらうまで、何も気が付かなかった。人の子が来る場合も、このようである。
40
 その時、畑に二人の人がいれば、一人は取られ〔携挙されること(筆者挿入)〕、一人は残される。
41
 二人の女が臼を挽いていれば、一人は取られ、一人は残される。
42
 だから、目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が来られるのか、あなたがたには分からないからである。
43
 このことをわきまえていなさい。家の主人は、盗人が夜のいつごろやって来るかを知っていたら、目を覚ましていて、みすみす自分の家に忍び込ませたりはしないだろう。
44
 だから、あなたがたも用意していなさい。人の子は思いがけない時に来るからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。
上記の日こと(キリストの空中再臨に伴う携挙の日のこと)について、マタイ2436にはキリストのことばとして次のように記されています。
「その日、その時は、誰も知らない。天使たちも子も知らない。ただ、父だけがご存じである。」(聖書協会共同訳)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
キリストの空中再臨を待ち望んでいます。
新生したキリスト者が天に召していただけるのは、キリストの空中再臨の時なのか、その前なのかは、だれにも分かりませんが、主が迎えに来てくださることを待ち望みつつ、一日一日、主に在って歩みつづけていく者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

« 箴言23:22-25 主イエス様の御言葉に聞き従う | トップページ | 申命記19:1-13 逃れの町/殺人罪と過失致死罪の取り扱いの違い »

終末」カテゴリの記事

マタイによる福音書」カテゴリの記事

日ごとの恵みⅩⅣ」カテゴリの記事

コメント

キリストの空中再臨、切に待ち望みます。
日々、主に従った歩みとなりますよう切に願い祈ります。

空中再臨に携挙される信仰・霊の状態で歩まさせて頂けますように聖霊の助け・働き・導きを乞い望みます。主イエスよ来てくださいと主を待ち望む信仰の聖き歩みとさせて下さい。
『キリストも、多くの人の罪を負うために一度ご自分を献げ、二度目には、罪を負うためではなく、ご自分を待ち望んでいる人々の救いのために現れてくださいます。』(へブル9:28)

mitiko様
ツトミー様
アーメンです。
黙示録22:11と共に、1テサロニケ5:23.24、ピリピ1:6を心に留めています。

アーメン。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 箴言23:22-25 主イエス様の御言葉に聞き従う | トップページ | 申命記19:1-13 逃れの町/殺人罪と過失致死罪の取り扱いの違い »

カテゴリー

2024年4月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30        
無料ブログはココログ