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2023年7月26日 (水)

マタイ24:3-14 終末と満了6 殉教者

 マタイ243-14には次のように記されています。
3 イエスがオリーブ山で座っておられると、弟子たちが、ひそかに御もとに来て言った。「おっしゃってください。そのことはいつ起こるのですか。ま た、あなたが来られて世の終わるときには、どんな徴があるのですか。」
4
 イエスはお答えになった。「人に惑わされないように気をつけなさい。
5
 私の名を名乗る者が大勢現れ、『私がメシアだ』と言って、多くの人を惑わすだろう。
6
 戦争のことや戦争の噂を聞くだろうが、慌てないように注意しなさい。それは必ず起こるが、まだ世の終わりではない。
7
 民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり、方々に飢饉や地震が起こる。
8
 しかし、これらはすべて産みの苦しみの始まりである。
9
 その時、人々は、あなたがたを苦しみに遭わせ、殺すだろう。また、私の名のために、あなたがたはすべての民に憎まれる。
10
 その時、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。
11
 また、偽預言者が大勢現れ、多くの人を惑わす。
12
 不法がはびこるので、多くの人の愛が冷える。
13
 しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われる。
14
 そして、この御国の福音はすべての民族への証しとして、全世界に宣べ伝えられる。それから、終わりが来る。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 9.10節には、
9 その時、人々は、あなたがたを苦しみに遭わせ、殺すだろう。また、私の名のために、あなたがたはすべての民に憎まれる。
10
 その時、多くの人がつまずき、互いに裏切り、憎み合うようになる。”と記されています。

 キリスト者の殉教は、ステパノの殉教(使徒755-60)以来現代まで続いています。
しかし、今日の個所は、主イエス様が弟子たちの「終わりの時には」と聞いた質問に答える形で答えたものですから教会時代の殉教者とは異なります。特に、9節では、「私の名のために、あなたがたはすべての民〔全世界の人々(筆者挿入)〕に憎まれる」と主が語っておられますが、これは世界統一宗教が出来ないと起こらないことです。世界統一宗教は、「わたしたちが救われるべき名は、天下にこの名〔イエス・キリスト(筆者挿入)〕のほか、人間には与えられていないのです。」(使徒412・新共同訳)ということを受け入れることが出来ないのです。
世界統一宗教は、「救いは、イエス・キリストのみ(だけ)」ということを証しする人を殺すのです。

 終末と満了4の個所で、戦争のことや戦争の噂(6)、民族間及び国家間紛争(7)、飢饉や地震(7)、疫病、天変地異について書きました。
天変地異は、黙示録612-17の第6の封印の個所ですが、その前の第五の封印の個所には、殉教者が多く起こされるということが記されています。黙示録69-11には次のように記されています。
 “9 小羊が第五の封印を解いたとき、私は、神の言葉のゆえに、また、自分たちが立てた証しのゆえに殺された人々の魂を、祭壇〔天にある祭壇(筆者挿入)〕の下に見た。
10
 彼らは大声でこう叫んだ。「聖なるまことの主よ、あなたはいつまで裁きを行わず、地に住む者に私たちの血の復讐をなさらないのですか。」〔キリスト者が殉教するときに聖霊に満たされていたなら、ステパノが祈った様に祈って霊と魂は天に帰るでしょう(使徒759.60)。あるいは主イエス様のように祈る人もいるでしょう(ルカ2334.46参照)。(筆者挿入)〕
11
 すると、彼らの一人一人に白い衣が与えられ、それから、「あなたがたと同じように殺されようとしているきょうだいであり、同じ僕である者の数が満ちるまで、もうしばらくの間、休んでいるように」と告げられた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 教会時代に新生したキリスト者はすでに携挙されて天にいますので、ここで殉教している人たちは携挙されなかった人たちです。すなわち艱難時代の聖徒の人たちの一部です。
おそらくこの人たちは、黙示録79-17に次の様に記されている人たちのことでしょう。
9 この後、私は数えきれぬほどの大群衆を見た。彼らはあらゆる国民、部族、民族、言葉の違う民〔全世界の民(筆者挿入)〕から成り、白い衣を身にまとい、なつめやしの枝を手に持って、玉座と小羊の前に立っていた。
10
 彼らは声高らかに言った。「救いは、玉座におられる私たちの神と小羊にある。」
11
 また、天使たちは皆、玉座と長老たちと四つの生き物を囲んで立っていたが、玉座の前にひれ伏し、神を礼拝して、12 こう言った。
「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、権威が、世々限りなく私たちの神にありますように。アーメン。」
13
 すると、長老の一人が私に問いかけた。
「この白い衣を身にまとった者たちは誰か。またどこから来たのか。」
14
 そこで私が、「私の主よ、それはあなたがご存じです」と答えると、長老は言った。「この人たちは大きな苦難をくぐり抜け、その衣を小羊の血で洗って白くしたのである15 それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜も神殿で神に仕える。玉座におられる方が、彼らの上に幕屋を張る。16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどのような暑さも彼らを打つことはない。17 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へと導き、神が彼らの目から涙をことごとく拭ってくださるからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 上記の人たちとは別の殉教者も黙示録には登場します。
黙示録13章には、獣を礼拝しない人たちや獣の像を拝まない人たちからなる殉教者、また、獣の刻印(666)を受けない人たちの中で生きていけなくなった殉教者について次のように記されています。
 “11 また私は、もう一頭の獣が地中から上って来るのを見た。この獣には、小羊に似た二本の角があって、竜〔サタン(悪魔){筆者挿入}〕のように語った。
12
 この獣は、第一の獣〔反キリスト(筆者挿入)〕が持っていたすべての権威をその獣の前で振るい、地とそこに住む人々に、死ぬほどの傷が治った第一の獣を拝ませた。
13
 そして、大きなしるしを行って、人々の前で天から地上へ火をも降らせた。
14
 さらに、第一の獣の前で行うことを許された数々のしるしによって、地上に住む人々を惑わせ、また、剣の傷を負ったがなお生きている第一の獣の像を造るように、地上に住む人たちに命じた。〔この像は神殿に置かれます{マタイ2415}(筆者挿入)〕
15
 第二の獣は、獣の像に息を吹き込んで、獣の像がものを言うことさえできるようにし、獣の像を拝もうとしない者があれば、皆殺しにさせた。
16
 また、小さな者にも大きな者にも、富める者にも貧しい者にも、自由人にも奴隷にも、すべての者にその右手か額に刻印を押させた。
17
 そして、この刻印のある者でなければ、物を買うことも、売ることもできないようにした。この刻印とはあの獣の名、あるいはその名の数字である。
18
 ここに知恵がある。理解ある者は、獣の数字の持つ意味を考えるがよい。数字は人間を指している。そして、その数字は六百六十六である。〔数字に関しては「ゲマトリア」を調べてください(筆者挿入)〕”(聖書協会共同訳)とあります。

 更に最後の殉教者のグループが、黙示録1413に、“また私は、天からこう告げる声を聞いた。「書き記せ。『今から後、主にあって死ぬ人は幸いである。』」霊も言う。「然り。彼らは労苦を解かれて、安らぎを得る。その行いが報われるからである。」”(聖書協会共同訳)と記されています。

 艱難時代に殉教した聖徒たちはどうなるのでしょうか。
黙示録204に、“・・・。また私は、イエスの証しと神の言葉のゆえに首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣も獣の像も拝まず、額や手に刻印を受けなかった。彼らは生き返り、キリストと共に千年の間支配した。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 上記の黙示録204よりも前の時に、それもキリストの地上再臨より前の時に、天において、花婿キリストと花嫁教会(キリスト者の総体)の婚礼の義があり、黙示録195-9には次のように記されています。
5 また、玉座から声がして、こう言った。
「すべて神の僕たちよ。神を畏れる者たちよ。小さな者も大きな者も、私たちの神をたたえよ。」
6
 また私は、大群衆の声、大水のとどろき、激しい雷のようなものが、こう言うのを聞いた。「ハレルヤ。全能者である神、主〔キリスト・イエス(筆者挿入)〕が王となられた。7 私たちは喜び、大いに喜び、神の栄光をたたえよう。小羊の婚礼の日が来て、花嫁〔原語を直訳すると「彼の妻」。エペソ532、ヨハネ329も参照(筆者挿入)〕は支度を整え8 輝く清い上質の亜麻布を身にまとった。この上質の亜麻布とは、聖なる者たちの正しい行いである。」
9
 それから、天使は私に、「書き記せ。小羊の婚礼の祝宴に招かれている者は幸いだ」と言い、また、「これらは、神の真実の言葉である」とも言った。”(聖書協会共同訳)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
艱難時代、大患難時代の殉教者たちに対する報いを黙示録204で見させていただけますことを感謝します。
私などは弱き者ですから艱難時代の前に天に挙げていただけますことを感謝します。
それどころか花嫁を構成する一人としてくださり大感謝です。
ただただ主の恵みです。
主の御名を崇め感謝し、私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

今日の学びで、頑なに主への信仰を保つことを言われていると思いました。
世の中を生きるのに、それを全うすれば爪弾きにされてしまうのでは?と思ってしまいますが、それを上手く立ち振る舞って信仰を持って生きてゆくのでしょうね。私は不器用ですので難しいです。
黙19:9〝小羊の婚礼の祝宴に招かれている者は幸いだ〟という御言葉は救いの御言葉です。
白い上質の亜麻布を着るのは遥か彼方であろうとも、そのように変えていただく事ができますよう祈ります。(衣と記されているので、着衣かと思いましたが、これは魂や心、新生していただいた霊の事を表しているのですね?)
聖書を学ぶ事は心を落ち着かせていただけます。信仰への道に導いてくださったことに感謝します。
〝世界統一宗教は、「救いは、イエス・キリストのみ(だけ)」ということを証しする人を殺すのです。〟と書かれてありましたが、終末の時、世界統一宗教を信仰する人は殺されてしまうのですよね?
又々、細かな所ですが…
黙示録6:9-11を記載してくださっている〝「・・同じ僕である者の数が 満ちるまで、・・」〟の「が」と「満ちる」の間と、〝「・・その衣を小羊の血で 洗って白くした・・〟の「で」と「洗って」の間が空いていました。
本当に細かな所をすみません。

字と字の間が空いている個所を教えてくださって感謝します。
よーく見て「アッ 本当だ」とやっとわかる程度なので大助かりです。

白い衣の個所は、その時にならないと字義通りなのか、比喩なのか、今の私には分からないのです。

分かることは、主は良いものをくださるということだけです。

聖書を自分の判断で解釈する事は神様の御旨から逸れていますね。気づかせてくださり、ありがとうございます。
そうです、主は良いものを与えてくださいます。人が、私が思う事の範囲ではありませんよね。気づかせてくださり感謝します。
(細かな所に気づいてしまうのは職業病的なものですが、少しでもお役に立てて光栄です)

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