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2023年8月 8日 (火)

マタイ24:15-18 終末と満了10 キリストの地上再臨の3年半前の頃に起こる出来事と似て非なる出来事(ルカ21:20-24)

 マタイ2415-18には次のように記されています。
15 「預言者ダニエルの語った荒廃をもたらす憎むべきものが、聖なる場所に立つのを見たら――読者は悟れ――
16
 その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。
17
 屋上にいる者は、家にある物を取り出そうとして下に降りてはならない。
18
 畑にいる者は、上着を取りに戻ってはならない。”(聖書協会共同訳)とあります。

 ルカ2120-24には次のように記されています。
20 「エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。
21
 その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。ユダヤの中心部にいる人々は、そこを退きなさい。地方にいる人々はユダヤに入ってはならない。
22
 書かれていることがことごとく実現する懲罰の日だからである。
23
 それらの日には、身重の女と乳飲み子を持つ女に災いがある。この地には大きな苦難があり、この民には神の怒りが下るからである。
24
 人々は剣の刃に倒れ、捕虜となってあらゆる異邦人のもとへ連れて行かれる。異邦人の時が満ちるまで、エルサレムは異邦人に踏みにじられる。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 ルカ2122に記されている預言はエルサレムがAD70年のローマ軍の攻撃によって壊滅させられた時のものであると思います。それは、24節の「異邦人の時が満ちるまで、エルサレムは異邦人に踏みにじられる。」という箇所からそのように思えるのです。

 22節には、「書かれていることがことごとく実現する懲罰の日だからである。」とあります。

「フラウィウス・ヨセフスは、この攻囲戦で「110万人」が死に(そのほとんどはユダヤ人)、97千人が捕虜となり奴隷にされた」(ウィキペディア「エルサレム攻囲戦(70年)」と記していますが、キリスト者はAD70年の神殿滅亡時には逃げ延びていたとエウセビオスの「教会史」に記されてあると新聖書注解は記しています。この時、イエス様のこの時の預言の他に神様からの啓示があった(エウセビオスの教会史)とのことです。

 ルカ2120の預言の前に、ルカ1334.35の箇所でも、イエス様は、「ああ、エルサレム、エルサレム。預言者たちを殺し、自分に遣わされた人たちを石で打つ者、わたしは、めんどりがひなを翼の下にかばうように、あなたの子らを幾たび集めようとしたことか。それなのに、あなたがたはそれを好まなかった〔望まなかった(2017)〕。見なさい。あなたがたの家は荒れ果てたままに残される〔おまえたちの家は見捨てられる(2017)〕。わたしはあなたがたに言います。『祝福あれ。主の御名によって来られる方に』とあなたがたの言うときが来るまでは、あなたがたは決してわたしを見ることができません。」(新改訳第二版)と語られたとあります。

 また、ルカ1941-44には、
41 エルサレムに近くなったころ、都を見られたイエスは、その都のために泣いて、42 言われた。
「おまえも、もし、この日のうちに、平和のことを知っていたのなら。しかし今は、そのことがおまえの目から隠されている。43 やがておまえの敵が、おまえに対して塁を築き、回りを取り巻き、四方から攻め寄せ、44 そしておまえとその中の子どもたちを地にたたきつけ、おまえの中で、一つの石もほかの石の上に積まれたままでは残されない日が、やって来る。それはおまえが、神の訪れの時を知らなかったからだ。」(新改訳第二版)とあります。

 また、ルカ1146-51には、
46 しかし、イエスは言われた。
「おまえたちもわざわいだ。律法の専門家たち。人々には負いきれない荷物を負わせるが、自分は、その荷物に指一本さわろうとはしない。
47
わざわいだ。おまえたちは預言者たちの墓を建てている。しかし、おまえたちの父祖たちが彼らを殺しました。
48
したがって、おまえたちは父祖たちがしたことの証人となり、同意しているのです。彼らが預言者たちを殺し、おまえたちが墓を建てているのだから。
49
だから、神の知恵もこう言いました。
『わたしは預言者たちや使徒たちを彼らに遣わすが、彼らは、そのうちのある者を殺し、ある者を迫害する。50 51 それは、アベルの血から、祭壇と神の家との間で殺されたザカリヤの血に至るまでの、世の初めから流されたすべての預言者の血の責任を、この時代が問われるためである。そうだ。わたしは言う。この時代はその責任を問われる。』
50.51節を新共同訳は、「こうして、天地創造の時から流されたすべての預言者の血について、今の時代の者たちが責任を問われることになる。それは、アベルの血から、祭壇と聖所の間で殺されたゼカルヤの血にまで及ぶ。そうだ。言っておくが、今の時代の者たちはその責任を問われる。」と訳し、2017も聖書協会共同訳も同じような意で訳しています(筆者挿入)〕(新改訳第二版)と記されています。

 エルサレム崩壊と多くの死者、多くの奴隷とされた人々、・・・・。
なんと痛ましいこと、と私たちは感じますが、これは神様によるさばきであると幾たびも預言されていたのです。

これが、一般の歴史書となると、神様は出てきませんから、例えばウィキペディアのユダヤ戦争の記事などを見ると、
“開戦までの経緯
ヘロデ大王の死後、ユダヤ属州はローマの総督によって直轄されていたが、大王の孫であったアグリッパ1世は巧みにローマ側にすりよって、41年にユダヤの統治を委ねられた。このアグリッパ1世が44年に病死すると、再びユダヤ地方はローマの直轄地となった。当時のローマ帝国は基本的に被支配民族の文化を尊重し、統治者としてバランスのとれた巧みな統治政策を示しているが、多神教文化であった地中海世界の中で、一神教を奉ずるユダヤは特殊な文化を持った地域であったため、支配されていたユダヤ人のローマへの反感は日増しに高まった。
 開戦
フラウィウス・ヨセフスによると、「ユダヤ戦争」が勃発した発端はカイサリアにおけるユダヤ人の殺害であったという。即ち、当時のユダヤ属州総督フロルスがエルサレムのインフラ整備のための資金として神殿の宝物を持ち出したことにあったといわれている。これをきっかけにエルサレムで過激派による暴動が起こった。ユダヤ側の指導者は、シモン・バル・ギオラ(Simon Bar-Giora)、ギスカラのヨハネ(John of Gischala)、エルアザル・ベン・シモン(Eleazar ben Simon)らと伝えられるが、いずれも強硬派・原理主義者に属した点も事態過激化への呼び水となった。
 フロルスは暴動の首謀者の逮捕・処刑によって事態を収拾しようとするが、逆に反ローマの機運を全土に飛び火させてしまう。シリア属州の総督が軍団を率いて鎮圧に向かうも、反乱軍の前に敗れてしまう。事態を重く見たネロ帝は将軍ウェスパシアヌスに三個軍団を与えて鎮圧に向かわせた。
ウェスパシアヌスは息子ティトゥスらと共に出動すると、エルサレムを攻略する前に周辺の都市を落として孤立させようと考え、ユダヤの周辺都市を各個撃破していった。このガリラヤ攻略戦のさなかに投降してきたユダヤ人武将こそがヨセフスであった。こうしてウェスパシアヌスらはユダヤ軍を撃破しながら、サマリアやガリラヤを平定し、エルサレムを孤立させることに成功した。
 エルサレム陥落
詳細は「エルサレム攻囲戦 (70)」を参照
68
4月、ガリア・ルグドゥネンシス属州総督であったガイウス・ユリウス・ウィンデクスによる反乱が発端となって、同年6月にネロが自殺。69年には4人のローマ人が次々と皇帝に即位(「4皇帝の年」)した他、ゲルマニアでガイウス・ユリウス・キウィリスを首謀者とした反ローマの反乱が勃発する等、ローマは大混乱に陥った。ウェスパシアヌスもエルサレム攻略を目前にして、ローマへ向かった。ローマ軍の司令官不在のまま、ユダヤ戦争は一旦、戦線膠着状態となった。
 6912月にアウルス・ウィテッリウスが殺害され、唯一のローマ皇帝としてローマ帝国を掌握したウェスパシアヌスは懸案のエルサレム陥落を目指して、ティトゥスを攻略に向かわせた。70年、ユダヤ人たちは神殿やアントニウス要塞に拠って頑強に抵抗したが、圧倒的なローマ軍の前に敗北し、エルサレム神殿はユダヤ暦第68日、9日、10日に火を放たれて炎上し、エルサレムは陥落した。エルサレムを舞台とした叛乱は鎮圧され、ティトゥスはローマへと凱旋した。このとき、つくられたのがフォロ・ロマーノに今も残るティトゥスの凱旋門である。そこにはエルサレム神殿の宝物を運ぶローマ兵の姿が刻まれている。”となるのです。

 歴史を紐解くと、神様抜きで歴史が語られていますが、預言されていた出来事も預言されていなかった出来事も、神様の観点から書かれたとしたら、ずいぶんと感じが変わって読めるのではないか、或いは、出来事の結果を見て神様のご判断は如何なるものであったのかということに思いをはせることが出来ます。

どうして日本は第二次世界大戦で敗戦したのか、どうしてアメリカはベトナムで負けたのか、等々、神様のご判断があったのでしょう。人間はそれとは異なる答えをいくつも出しますが。

歴史という語は、英語ではhistoryですが、ご存じのように、His(神の)storyなのです。

 ルカ2120-22の、
20 エルサレムが軍隊に囲まれるのを見たら、その滅亡が近づいたことを悟りなさい。
21
 その時、ユダヤにいる人々は山に逃げなさい。ユダヤの中心部にいる人々は、そこを退きなさい。地方にいる人々はユダヤに入ってはならない。
22
 書かれていることがことごとく実現する懲罰の日だからである。」(聖書協会共同訳)とイエス様が言われた御言葉を覚えていた人は、新約時代の預言者が同じことを告げた時、その預言は事実だと信じてエルサレムの包囲が解かれたわずかの間に逃げ出すことが出来たのです。

 キリストの地上再臨の3年半前に、エルサレム神殿に偶像が据えられ、さらに大患難時代の最終戦争時に、エルサレムは世界の軍隊に囲まれ攻撃されると預言されています。それについては明日の当ブログの、マタイ2415-22において記します。

ルカは、終末預言の最後に、「まことに、あなたがたに告げます。すべてのことが起こってしまうまでは、この時代は過ぎ去りません。この天地は滅びます。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。あなたがたの心が、放蕩や深酒やこの世の煩いのために沈み込んでいるところに、その日がわなのように、突然あなたがたに臨むことのないように、よく気をつけていなさい。その日は、全地の表に住むすべての人に臨むからです。しかし、あなたがたは、やがて起ころうとしているこれらすべてのことからのがれ、人の子の前に立つことができるように、いつも油断せずに祈っていなさい。」(ルカ2132-36・新改訳第二版)というイエス様のおことばを記しています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名をほめたたえます。
主を愛し、主に在って祈り、主に在って歩ませていただく日々を送らせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

幾度も預言されていた事を、何度もイスラエル人は…罪を認めて回心していたら…と、客観的に見れば簡単に見えて言えますが、自分自身に置き換えてみれば、そう簡単ではない事を思います。
救われてもなお、その様な事は度々おきます。(一度経験した事は回避できる事もありますが)恐れて何もできない時もありましたが、今、恐れずに主を信じて進み歩む事が大切であると実感します。
「傷ついても」と御言葉に出てくる時、何時も何故だか戦争などの戦いをイメージしていました。今日は心…自分の内なるものが傷ついても…という事が含まれている事にハッとしました。確かに、傷ついても今は主が共にいてくださるので、深い傷を負う事はなくなりました。感謝です!主を信じて立ち向かって(この言葉も戦いに行くイメージでした…)ゆこうと思います。
悔い改め、罪を告白し赦しをいただくことが出来る恵みに感謝します。
明日のブログを楽しみにしております。
また細かな所ですが、ルカ21:20-24、20節前にコロンが入ってました。
いつも詳しい解説をありがとうございます。

教えてくださり感謝します。
早速消しておきました。

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