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2023年9月11日 (月)

箴言25:1-3 主は知恵と知識を与えてくださるが、主の知恵と知識の富は極めがたい

 箴言25:2.3には次のように記されています。
2 事を隠すのは神の誉れ。事を探るのは王たちの誉れ。
3
天が高く、地が深いように、王の心は測り知れない。”(2017)とあります。

 この個所をリビングバイブルは次のように訳しています。
2.3 物事を秘密にするのは神の特権、それを探り出すのは王の特権です。だから、天の高さや地の深さ、それに王の考えを知ることはできません。”とあります。

 25章からは、またソロモンの箴言になります。
箴言251には、“次もソロモンの箴言であり、ユダの王ヒゼキヤのもとにある人々が書き写したものである。”(2017)と記されています。

 箴言251-3131の個所について、Bible naviは、次のように記しています。
“これらの箴言はヒゼキヤの助言者たちによってまとめられた。最初の部分はソロモンが書き、続く2つの部分は他の人たちが書いたものである。私たちはこれらの箴言から学ぶことが出来るが、ほとんどが、もともとは王や、王に関係する人に直接向けて書かれたものである。これらは特にリーダーや、これからリーダーになることを目指している人たちにとって助けになる。箴言は、敬虔な知恵の模範である、真に良い妻の記述で終わっている。”とあります。

 上述した文章を読むと、私たち一般のキリスト者には無関係のように思われるかもしれませんが、何と、キリスト者は、「王である祭司」(1ペテロ29・新改訳)なのですから、キリスト者全員にとって箴言25-31章は適用することが出来ます。

 2節の前半部分には、“事を隠すのは神の誉れ。”とあります。
福音書の中には、イエス様が譬えで語られた話が載っています。
イエス様が譬えで話された理由の一つとして、マタイ1313には次のように記されています。
「わたしが彼らにたとえで話すのは、彼らが見てはいるが見ず、聞いてはいるが聞かず、悟ることもしないからです。」(2017)とあります。

 2節の後半部分には、“事を探るのは王たちの誉れ。”と記されています。
主イエス様の弟子たちも主イエス様が語られたたとえ話を理解できませんでした。
弟子たちは、主イエス様にたとえ話の意味を質問して、理解させてもらったのです。
 マタイ13章には次のように記されています。
10 すると、弟子たちが近寄って来て、イエスに「なぜ、彼らにたとえでお話しになるのですか」と言った。
11
イエスは答えられた。「あなたがたには天の御国の奥義を知ることが許されていますが、あの人たちには許されていません。
12
持っている人は与えられてもっと豊かになり、持っていない人は持っているものまで取り上げられるのです。」/
51
あなたがたは、これらのことがみな分かりましたか。」彼らは「はい」と言った。
52
そこでイエスは言われた。「こういうわけで、天の御国の弟子となった学者はみな、自分の倉から新しい物と古い物を取り出す、一家の主人のようです。」”(2017)とあります。

 1
コリント2章には次のように記されています。
6 しかし、私たちは、成熟した人たちの間では、知恵を語ります。それはこの世の知恵ではなく、また、この世の無力な支配者たちの知恵でもありません。
7
 私たちが語るのは、隠された秘義としての神の知恵であって、神が私たちに栄光を与えるために、世界の始まる前から定めておられたものです。
8
 この世の支配者たちは誰一人、この知恵を悟りませんでした。もし悟っていたら、栄光の主を十字架につけはしなかったでしょう。
9
 こう書いてあるとおりです。「目が見もせず、耳が聞きもせず、人の心に思い浮かびもしなかったことを、神はご自分を愛する者たちに準備された。」
10
 私たちには、神は霊〔御霊(口語訳等)〕を通してこのことを啓示してくださったのです。霊〔御霊(口語訳等)〕はあらゆることを、神の深みさえも究めるからです。
11
 人の内にある霊以外に、一体誰が人のことを知るでしょう。同じように、神の霊以外に神のことを知る者はいません。
12
 私たちは世の霊ではなく、神の霊を受けました。それで私たちは、神から恵みとして与えられたものを知るようになったのです。
13
 この賜物について語るにも、私たちは、人の知恵が教える言葉ではなく、霊〔御霊(口語訳等)〕が教える言葉を用います。つまり、霊によって霊のことを説明するので す。
14
 自然の人〔生まれながらの人間(新改訳)〕は神の霊に属する事柄を受け入れません。その人にとって、それは愚かなことであり、理解できないのです。霊に属する事柄は、霊によって初めて判断できるからです。
15
 霊の人は一切を判断しますが、その人自身は誰からも判断されたりしません。
16
 「誰が主の思いを知り、主に助言するというのか。」しかし、私たちは、キリストの思いを抱いています〔ただわたし達(主キリストを信ずる者)は、キリストの(霊を持ち、その)心を持っているのである{塚本訳/( )内は訳者挿入}〕。”(聖書協会共同訳)とあります。

 私たちは、聖書の分からないところを、主に教えていただくことが出来ます。また聖霊は真理の霊でもあります。
 ヨハネ1426には、“父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。” (2017)と記され、
 ヤコブ15には、“あなたがたのうちに、知恵に欠けている人がいるなら、その人は、だれにでも惜しみなく、とがめることなく与えてくださる神に求めなさい。そうすれば与えられます。”(2017)と記されています。
ヤコブ15の中にある「知恵」と訳されている語のギリシア語原語は「ソフィア」で、知恵、英知、知識、等の意があります。

 主は知恵と知識とを与えてくださいますが、主なる神の知恵と知識の富はあまりにも深く極めがたいものでもあります。
 ローマ1133には、「ああ、神の知恵と知識の富は、なんと深いことでしょう。神のさばきはなんと知り尽くしがたく、神の道はなんと極めがたいことでしょう。」(2017)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
あなたは聖書に記されている知恵や知識を一つまた一つと教えてくださいますからありがとうございます。
聖書に記されている知恵や知識の奥義を知っていくためには、頭の良さよりも、きよさが大切であると感じます。
御言葉によって聖別され、あなたのみ旨に一致して歩む者とさせていただけますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

今までは人としての知恵を頼りに生きてきて、何と愚かである事を思います。
神様の知恵は本当に深く、極め難いです。
また、こうして学ぶ事で引き戻させていただけます。感謝です。
私はサタンの誘惑に引っ張られやすく、不安になりがちです。なので、学びは必要不可欠になります。
神様は赦しと愛を与えてくださいます。
それなのに、私は惜しむのです…。不安…サタンが誘惑するのです。やはり信じる事しかないのですね。サタンから誘惑がきた時こそ、信じて従って歩み進む事。今日は改めて強く思いました。ありがとうございました。

主に感謝します。
ハレルヤ!

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