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2023年9月20日 (水)

マタイ26:26-30 主の晩餐

 マタイ2626-30には次のように記されています。
26 一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してそれを裂き、弟子たちに与えて言われた。「取って食べなさい。これは私の体である。」
27
 また、杯を取り、感謝を献げて彼らに与え、言われた。「皆、この杯から飲みなさい。
28
 これは、罪が赦されるように、多くの人のために流される、私の契約の血である。
29
 言っておくが、私の父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」
30
 一同は賛美の歌を歌ってから、オリーブ山へ出かけた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 主の晩餐の並行記事は、ルカ2214-20、マルコ1422-251コリント1123-25にも記されています。

 ルカ2215には、“イエスは彼らに言われた。「わたしは、苦しみを受ける前に、あなたがたと一緒にこの過越の食事をすることを、切に願っていました。」”(2017)とあります。
イエス様は、「切に願っていた」のです。
この食事の間に、イエス様が弟子たちに教えた内容は、極めて重要な内容であり、ヨハネの福音書をも合わせて考えると教えられた分量も多いことが分かります。ご自分が十字架に架かられる前に言っておこうと考えられたことを語ったのだと思います。その時には弟子たちが理解できなかったことでも。

ヨハネ13:7に、イエス様が、「わが爲すことを汝いまは知らず、後に悟るべし。」(文語)と語られた御言葉が記されています。これを語った時だけではなく、その後に語られた内容もイエス様が復活し、聖霊が注がれた後にならなければ分からないことが沢山あったと思います。

 16節には、“あなたがたに言います。過越が神の国において成就するまで、わたしが過越の食事をすることは、決してありません。”(2017)とあります。

聖書現代訳はこの箇所を、「よくいっておきますが、私は間もなく、イスラエルの民が繰り返し守って来た過越しの祭りの中心である子羊としてほふられます。そうすれば、やがて、私はあなた方を御国に招きます。それまでは、あなた方とこうして親しく食事をし、交わることはもうありません。」と解釈を加えて訳しています。

 ルカ2217-20を新共同訳は次のように記しています。
17 そして、イエスは杯を取り上げ、感謝の祈りを唱(とな)えて〔感謝の祈りをささげて(2017)〕から言われた。「これを取り、互いに回して飲みなさい。
18
言っておくが、神の国が来るまで、わたしは今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」
19
それから、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えて〔感謝の祈りをささげた後(2017)〕、それを裂き、使徒たちに与えて言われた。「これは、あなたがたのために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい。」
20
食事を終えてから、杯も同じようにして言われた。「この杯は、あなたがたのために流される、わたしの血による新しい契約である。とあります。

 パンもぶどう酒もイエス様を象徴したものでした。
イエス様は、この食事以前にも、弟子以外の人をも対象として、パンとぶどう酒について語られたことがありました。
 それは、ヨハネ6章に分かり易く記されています。その箇所(抜粋)を下記します。
35 イエスは言われた。「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。/
48
わたしはいのちのパンです。
49
あなたがたの父祖たちは荒野でマナを食べたが、死にました。
50
しかし、これは天から下って来たパンで、それを食べると死ぬことがないのです。
51
わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。」/
53
イエスは彼らに言われた。「まことに、まことに、あなたがたに告げます。人の子の肉を食べ、またその血を飲まなければ、あなたがたのうちに、いのちはありません。
54
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。
55
わたしの肉はまことの食物、わたしの血はまことの飲み物だからです。
56
わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、わたしのうちにとどまり、わたしも彼のうちにとどまります。/
58
これは天から下って来たパンです。あなたがたの父祖たちが食べて死んだようなものではありません。このパンを食べる者は永遠に生きます。」(新改訳第二版)とあります。

 イエス様が地上に来られる前は、三位一体の第二位格の神として霊的な存在であったのです。
しかし神の第二位格の神すなわち御子が、罪の贖いを成し遂げるためには、体が必要であり(ローマ83参照)、血が流されることが必要であったのです(へブル922参照)。そこで聖霊によって、マリアを通して肉体の誕生をし、ここに至ったのです。
御子イエス様が肉体をもって十字架につかれ、血を流されて死なれたのは、贖いの為でした
 イエス様が贖いを成し遂げてくださったので、ヨハネ6章の上記の箇所を読むと、信じた者は、罪を赦され、義と認められ、永遠の命が与えられ、更にイエス様がその人の内に住んでくださり、やがては栄光の体によみがえらせて頂ける、ということを知ることが出来ます。
 新生したキリスト者は、栄光化された体以外はすでに体験し、証することが出来る者とされているのです。そして、キリストの空中再臨の時に、栄光の体に変えられることを待ち望んでいるのです(1コリント15521テサロニケ416.17を参照)。

 イエス様は、弟子を含めたユダヤ人たちに、ヨハネ6章の上記の内容を語られました。
その結果はどのようであったのでしょうか。それは、
60 そこで、弟子たちのうちの多くの者が、これを聞いて言った。「これはひどいことばだ。そんなことをだれが聞いておられようか。」/
66
こういうわけで、弟子たちのうちの多くの者が離れ去って行き、もはやイエスとともに歩かなかった。(ヨハネ6章・新改訳第二版)と記されています。

 イエス様の御言葉は、信じない者には実体化されないのです。
イエス様を信じてイエス様を心の中にお迎えすると、イエス様が語られたことが実体化するのです。
 ヘブル42.3(抜粋)には、「わたしたちにも彼ら同様に福音が告げ知らされているからです。けれども、彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結び付かなかったためです。信じたわたしたちは、この安息にあずかることができるのです。」(新共同訳)と記されています。

 ヨハネ6:54を再び求道中の方のために取り上げます。
「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者は、永遠のいのちを持っています。わたしは終わりの日にその人をよみがえらせます。」(新改訳)とあります。
 「わたしの肉を食べ、わたしの血を飲む者」とは、イエス様を信じイエス様を心の中にお迎えする者のことを言います。
イエス様の血は、私たちの罪の赦しの為、私たちを聖とする為、私たちを贖う為に流されたものです。イエス様が十字架上で流された血を自分のものとして受け入れるだけで、罪は赦され、神のものとして聖別され、神の子どもとされるのです。イエス様を信じるや否や神の霊はその人の霊を生まれさせ(ヨハネ33.6、ヤコブ1181ペテロ13、ヨハネ113)、新生された霊と主の霊は一つ霊となるのです(1コリント617)。それ故、イエス様を信じた人は永遠の命を持ったのです。イエス様を死から復活させた方即ち父なる神様の霊が内に住んでおられるので、神様が定められたキリストの空中再臨の時に、肉体をもって生きている人は、肉の体の方も滅びることの無い栄光に輝く霊の体に変えられます。もし、キリストの空中再臨以前に霊は生かされて永遠に生きていても肉体の死を迎えた人は栄光の霊の体によみがえるのです。
少し膨らませて書きましたが、おおむね以上のようなことをヨハネ654は語っています。
記した内容を確かめたい方は、次の聖書箇所をお読みください。
(ローマ321-26)、(ヨハネ33.6)、(ヨハネ112.13)、(ヨハネ316)、(ヘブル1010)、(1コリント130)、(1コリント617)、(ガラテヤ46)、(ローマ811)、(1テサロニケ416.17)、(1コリント1552.43)、(ピリピ321

 私たちは、記念として(ルカ2219)、聖餐を守るようにイエス様に命じられています。

パウロは、1コリント1123-32に次のように記しています。
11:23 私は主から受けたことを、あなたがたに伝えたのです。すなわち、主イエスは、渡される夜、パンを取り、24 感謝をささげて後、それを裂き、こう言われました。
「これはあなたがたのための、わたしのからだです。わたしを覚えて、これを行いなさい。」
25
夕食の後、杯をも同じようにして言われました。
「この杯は、わたしの血による新しい契約です。これを飲むたびに、わたしを覚えて、これを行いなさい。」
26
ですから、あなたがたは、このパンを食べ、この杯を飲むたびに、主が来られるまで、主の死を告げ知らせるのです。
27
したがって、もし、ふさわしくないままでパンを食べ、主の杯を飲む者があれば、主のからだと血に対して罪を犯すことになります。
28
ですから、ひとりひとりが自分を吟味して、そのうえでパンを食べ、杯を飲みなさい。
29
みからだをわきまえないで、飲み食いするならば、その飲み食いが自分をさばくことになります。
30
そのために、あなたがたの中に、弱い者や病人が多くなり、死んだ者が大ぜいいます。
31
しかし、もし私たちが自分をさばくなら、さばかれることはありません。
32
しかし、私たちがさばかれるのは、主によって懲らしめられるのであって、それは、私たちが、この世とともに罪に定められることのないためです。(新改訳第二版)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
主の贖いを感謝します。
主が贖ってくださったゆえに信じられないほどの祝福を頂いております。
さらに将来においては、霊のからだ、携挙、天国での生活、千年王国、新天新地での驚くべき祝福が約束されています。
何という驚くべき祝福でしょうか。
あなたの栄光をほめたたえます。
御名を崇め感謝し、私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

盛りだくさんの学びをありがとうございます。
本当に沢山の祝福をもらい感謝です。
その全てはイエス様の贖いがあったゆえのこと。(今朝の祈りで改めてその様に思って祈ったばかりでしたので、驚いております)
豊かな恵みと祝福に感謝です。天の御国も千年王国も新天新地も、うっすらとした記憶の中に蘇るのか、それともハッキリと記憶しているのかさえ未知ですけれど、楽しみです。
地上生活を主に従って歩んでゆける今、与えられている日々をより感謝して歩んでゆけますよう祈ります。

アーメン。
ハレルヤ!

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