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2023年10月18日 (水)

マタイ27:3-10 ユダの自殺/罪の思いとサタンの働き。神の予知

 マタイ273-10には次のように記されています。
3 その頃、イエスを裏切った〔別訳「引き渡した」(欄外注)〕ユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、
4
 「私は罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。
しかし彼らは、「我々の知ったことではない。お前の問題だ」と言った。
5
 それで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んでそこを離れ、出て行って、首をくくった。
6
 祭司長たちは銀貨を拾い上げて、「これは血の代価だから、神殿の金庫〔別訳「神への献げ物」(欄外注)〕に入れるわけにはいかない」と言い、
7
 相談のうえ、その金で「陶工の畑」を買い、見知らぬ人のための墓地にすることにした。
8
 それで、この畑は今日まで「血の畑」と呼ばれている。
9
 こうして、預言者エレミヤを通して言われていたことが実現した。「彼らは銀貨三十枚を取った。それは、値踏みされた者の価、イスラエルの子らが 値踏みした者の価である。
10
 主が私にお命じになったように、彼らはこの金で陶工の畑を買い取った。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 102日の当ブログにユダのことを少し書いていますので、まずはそれを再掲します。{  }内の個所です。
47節〔マタイ2647(筆者挿入)〕にはイエスがまだ話しておられるうちに、十二人の一人であるユダがやって来た。祭司長たちや民の長老たちの遣わした大勢の群衆も、剣や棒を持って一緒に来た。とあります。

 この箇所の並行箇所であるヨハネ183.12を読みますと、役人たちやローマ軍の兵士もイエス様を捕縛するために遣わされていることが分かります。そこには、
「それでユダは、一隊の兵士と、祭司長たちやファリサイ派の人々の遣わした下役たちを引き連れて、そこにやって来た。松明(たいまつ)や灯や武器を手にしていた。」(ヨハネ183・聖書協会共同訳)とあり、また、
「そこで一隊の兵士とその大隊長〔別訳「千人隊長」(欄外注)〕、およびユダヤ人の下役たちは、イエスを捕らえて縛り、」(ヨハネ1812・聖書協会共同訳)と記されています。

 48.49節にはイエスを裏切ろうとしていたユダは、「私が接吻するのが、その人だ。それを捕まえろ」と、前もって合図を決めていた。ユダはすぐイエスに近寄り、「先生、こんばんは」と言って接吻した。とあります。

イスカリオテのユダは、銀30枚というお金をもらってイエス様を祭司長たちに売ったのです(マタイ2615)。

ユダは「先生、こんばんは」と言って接吻した、とありますが、「こんばんは」という語のギリシア語原語は「カイロー」で原義は「cheer」です。2017の欄外注には別訳「喜びがありますように」「お元気ですか」とあります。
 いかにも偽りの父悪魔(サタン)がユダに内住している感じがします。

ヨハネ1327にはユダがパン切れを受けるやいなや、サタンが彼の中に入った。(聖書協会共同訳)とあり、
ヨハネ844には「・・・。悪魔は初めから人殺しであって、真理に立ってはいない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、偽りの父だからである。」(聖書協会共同訳)と、主イエス様が語られた御言葉を思い起こさせられます。

ユダが、主イエス様に近寄り、「先生、こんばんは」と言って接吻したとき、主イエス様はサタンに話しかけたり、命じたりしたのではなく、ユダの心に、「友よ、何のために来たのですか」と語りかけているように思います。
 もしユダが、主イエス様の御言葉で我に返って、主イエス様の御前で悔い改めたら、主イエス様は赦されたのではないかと思います。

 実際はどのようであったのでしょうか。
マタイ273-5には、サタンがユダから離れた後の出来事について次のように記されています。
3 その頃、イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、4 「私は罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。
しかし彼らは、「我々の知ったことではない。お前の問題だ」と言った。
5
 それで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んでそこを離れ、出て行って、首をくくった。(聖書協会共同訳)と記されています。

ヨハネ844の「・・・。悪魔は初めから人殺しであって、真理に立ってはいない。彼の内には真理がないからだ。悪魔が偽りを言うときは、その本性から言っている。自分が偽り者であり、偽りの父だからである。」(聖書協会共同訳)という主イエス様の御言葉がズーンと心に響きます。
サタンは、イエス様を死に追いやるようにし、弟子のユダも死に追いやったのです。

サタンがイエス様を殺したかったのは、創世記315の神ヤハウェ(主)の宣告の言葉を無効にするためでした。しかし実際には、創世記315の御言葉の通りになるのです。}

 今日の聖書個所に関する神の予知とそれに基づく預言の聖句は次のように記されています。
ゼカリヤ1112.13には次のような預言があります。
12 私は彼らに言った。「あなたがたの目にかなうなら、私に賃金を払え。もしそうでないなら、やめよ。」すると彼らは、私の賃金として銀三十シェケルを量った。
13
主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は私に言われた。「それを陶器師に投げ与えよ。わたしが彼らに値積もりされた、尊い価を。」そこで私は銀三十を取り、それを主の宮の陶器師に投げ与えた。”(2017)とあります。

 永遠にして自存の神であるヤハウェ(主)、すなわち「イエス」は銀30シェケルに値積りされて売り飛ばされたのでした。
ゼカリヤ1113によると、ヤハウェ(主)が値積もりされた値が銀三十、すなわち30シェケルと預言されています。
 マタイ2614-16には次のように記されています。
14 その時、十二人の一人で、イスカリオテのユダと言う者が、祭司長たちのところへ行き、
15
 「あの男〔イエス(筆者挿入)〕をあなたがたに引き渡せば、幾らくれますか」と言った。
そこで、彼らは銀貨三十枚を支払った。
16
 その時から、ユダはイエスを引き渡そうと、機会をうかがっていた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 マタイ277には、“陶器師の畑を買って”とあります。
エレミヤ182には「陶器師の家に下れ」とあり、エレミヤ192には「陶片の門の入り口にあるベン・ヒノムの谷」とあり、エレミヤ329には「畑を買い取り」とあります。

マタイ273-8及び使徒118.19には次のように記されています。
27:3 その頃、イエスを裏切ったユダは、イエスに有罪の判決が下ったのを知って後悔し、銀貨三十枚を祭司長たちや長老たちに返そうとして、
4
 「私は罪のない人の血を売り渡し、罪を犯しました」と言った。しかし彼らは、「我々の知ったことではない。お前の問題だ」と言った。
5
 それで、ユダは銀貨を神殿に投げ込んでそこを離れ、出て行って、首をくくった。
6
 祭司長たちは銀貨を拾い上げて、「これは血の代価だから、神殿の金庫に入れるわけにはいかない」と言い、7 相談のうえ、その金で「陶工の畑」を買い、見知らぬ人のための墓地にすることにした。
8
 それで、この畑は今日まで「血の畑」と呼ばれている。/
1:18
 ところで、この男は不正を働いて得た報酬で土地を手に入れたのですが、そこに真っ逆様に落ちて、体が真っ二つに裂け、はらわたがみな出てしまいました。
19
 このことはエルサレムに住むすべての人に知れ渡り、その土地は彼らの言葉で『アケルダマ』、つまり、『血の土地』〔地の地所(2017)〕と呼ばれるようになりました。”(聖書協会共同訳)とあります。

エレミヤ1911には「器が砕かれる・・・・トフェテに・・葬る」とあります。
トフェテは「陶片の門の入り口にあるベン・ヒノムの谷」にあります。

 イスカリオテのユダは首をくくって死にましたが、首をくくるために用いた木の枝が折れたか、枝を切り離したときに、真っ逆様に落ちて、体が真っ二つに裂け、はらわたがみな出てしまいましたのではないかと推測されているようです。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
主イエス様の救いにあずかっていないこの世の人は、三一の主なる神様を天地万物の創造者、主権者として認めていません。
そのような中に私たちキリスト者は置かれています。
私たちがこの世の流れに流されることなく、常にイエスは主であると、言葉と態度で示しつつ歩みつづけていく私たちであらせてください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ルカ188に次のような聖句があります。
「あなたがたに言いますが、神は彼らのため、速やかにさばきを行ってくださいます。だが、人の子が来るとき、はたして地上に信仰が見られるでしょうか。」(2017
「言っておくが、神は速やかに裁いてくださる。しかし、人の子が来るとき、果たして地上に信仰を見いだすだろうか。」(新共同訳)
「神はすぐにも答えてくださるのです。ただ問題は、メシヤ(救い主)のわたしが帰って来る時、いったいどれだけの人が信仰を持って祈り続けているかです。」(リビングバイブル)

「小さな群れよ、恐れることはありません。あなたがたの父は、喜んであなたがたに御国を与えてくださるのです。」(ルカ12322017

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コメント

どんな事があっても主から逸れることなく信じて歩んでゆけますよう、切に願い祈ります。
預言はされていて、あとは成就してゆくのみてすのが、あれこれ考えたりするよりは主を信じ、聖書の御言葉を食しながら愛を持って生きてゆく事が一番だと改めて思います。

アーメン。

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