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2023年12月 6日 (水)

エゼキエル36:8-12 イスラエルの地の回復

 エゼキエル368-12には次のように記されています。
8 しかし、あなたがたイスラエルの山々よ、あなたがたは枝を出し、わが民イスラエルのために実を結ぶ。彼らの帰還が近いからである。
9
 私はあなたがたへと向かい、あなたがたを顧みる。あなたがたは耕され、種を蒔かれる。
10
 私はあなたがたの上に、すべてイスラエルの家の人口を増やす。町には人が住み、廃虚は建て直される。
11
 私はあなたがたの上に人と家畜を増やす。彼らは増えて、多くの子を生む。私はあなたがたを昔のように人の住む所とし、初めの時よりも栄えさせる。こうして、あなたがたは私が主であることを知るようになる。
12
 私はあなたがたの上に人々を、すなわちわが民イスラエルを歩ませる。彼らはあなたを所有し、あなたは彼らの所有となる。あなたは二度と彼らに子を失わせることはない。”(聖書協会共同訳)とあります。

 この聖書個所は19世紀以降についての預言であると思います。
イスラエルは1948年に再建国されましたが、それ以降は、イスラエルの地からイスラエル人が絶えることはないからです。
エゼキエル3612には“私〔ヤハウェ(主){筆者挿入}〕はあなたがた〔イスラエルの地(筆者挿入)〕の上に人々を、すなわちわが民〔ヤハウェ(主)の民{筆者挿入}〕イスラエルを歩ませる。彼らはあなた〔イスラエルの地(筆者挿入)〕を所有し、あなたは彼らの所有となる。あなたは二度と彼らに子を失わせることはない。”と記されていますから。

 神ヤハウェ(主)は、イスラエルの地をパレスチナとは呼びません。
イスラエルの地をパレスチナと呼ぶようになった経緯を聖書辞典は次のように述べています。
“「パレスチナ」という名称は、一般には西アジヤの南西部の、地中海に面した、ユダヤ人が居住していた地域を指している。この名称はペリシテ人の地という意味の語に由来しており、それが「パレスチナ」となったのである。したがって、この名称は本来はペリシテ人が住んでいた、ユダヤの海岸平野の南部の地域を指すことばであった(参照イザ14:29,31)。しかし、前5世紀のギリシヤの歴史家ヘロドトスは、『歴史』2:104において、パレスチナのシリヤ人は割礼の風習をエジプト人から学んだと述べている。この場合の「パレスチナ」は、本来のペリシテ人の住んでいた地域よりももっと広範囲な、内陸部をも含めた地域を指していると考えられる。このようにして、この語はしだいに本来の意味よりも広い地域を指す語となっていった。

 

さらに時代が下って紀元132年にバル・コクバがローマに対する反乱を起したが、ローマ軍によって鎮圧され、皇帝ハドリアヌスはエルサレムをローマの都市として再建し、エリア・カピトリナと命名すると同時に、ユダヤ人をこの町から締め出した。それと同時にユダヤをシリヤ・パレスチナと改称し、ユダヤ人を追放して、異邦人をその地に居住するようにさせた。この時代になると、「パレスチナ」はユダヤ一帯を指す語となった。”(抜粋)と記しています。

 現代において、パレスチナ人と呼ばれている人たちは民族的にはアラブ人です(ウィキペディア「パレスチナ人」の項)。
一方、聖書に登場するペリシテ人は、アモス97に“わたし〔ヤハウェ(主){筆者挿入}〕は、・・・、ペリシテ人をカフトルから、・・・連れ上ったではないか。”(2017)と記されています。
カフトルとは、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典によると“古代ミノア文明の中心地クレタ島の旧約聖書における呼称。ヒッタイト語のカプタラ,エジプト語のケフチウ (クレタ人) と同一視される。フィリスチア人 (ペリシテ人) はこのカフトルより渡来し,カナンの海岸地帯にパレスチナの呼称を与えた。”と記されています。

 ゼパニヤ25には“わざわいだ、海辺に住む者たち、クレタ人の国。主のことばはおまえたちに向けられている。「ペリシテ人の地、カナンよ。わたしはおまえを消し去って、住む者がいないようにする。」”(2017)と記されています。

 ペリシテ人は、アラブ人ではなくクレタ島の出身であると、ヤハウェ(主)は語っておられます。

 またイスラエルの地をパレスチナと呼ばれることを決定づけたのは、ローマ皇帝ハドリアヌスです。

 話を本題に戻します。
神ヤハウェ(主)は、イスラエルが再建国(1948年)される前に、まず荒れ果ててしまっているイスラエルの土地を整えると言われました。
8
節には“しかし、あなたがたイスラエルの山々よ、あなたがたは枝を出し、わが民イスラエルのために実を結ぶ。彼らの帰還が近いからである。”と記されています。

 8節は神ヤハウェ(主)の天地創造の順番を思い起こします。
創造主なる神様は、人を造る前に人の生存に適した環境をまず作られました(創世記1章)。

 神ヤハウェ(主)は、イスラエルの土地を良いものにした後に、イスラエルの民を世界各地から集め繫栄させていったのです。
9-12b
には次のように記されています。
9 私〔ヤハウェ(主){筆者挿入}〕はあなたがたへと向かい、あなたがた〔イスラエルの地(筆者挿入)〕を顧みる。あなたがたは耕され、種を蒔かれる。
10
 私はあなたがたの上に、すべてイスラエルの家の人口を増やす。町には人が住み、廃虚は建て直される。
11
 私はあなたがたの上に人と家畜を増やす。彼らは増えて、多くの子を生む。私はあなたがたを昔のように人の住む所とし、初めの時よりも栄えさせる。こうして、あなたがたは私が主であることを知るようになる。
12
 私はあなたがたの上に人々を、すなわちわが民イスラエルを歩ませる。彼らはあなたを所有し、あなたは彼らの所有となる。”とあります。

 イスラエルの人口の推移をネットで検索すると、1950年は約128万人、2022年は約955万人となっていました。

 どのようにしてイスラエルの民はこの地から断ち滅ぼされないで守られるのでしょう。
主イエス様は、大患難時代におけるイスラエルの地への攻撃について次のように語られました。
「そのときには、世の始まりから今に至るまでなかったような、また今後も決してないような、大きな苦難があるからです。もしその日数が少なくされないなら、一人も救われないでしょう。しかし、選ばれた者たち〔主を信じるイスラエル人たち(筆者挿入)〕のために、その日数は少なくされます。」(マタイ2421.222017)と記されています。(新生しているキリスト者は、この時、天の神の王国にいます)

 またゼカリヤ129には“その日、わたしはエルサレムに攻めて来るすべての国々を根絶やしにしよう。”(2017)と記されています。

 どのようにして主イエス様は敵を駆逐するのでしょう。
おそらく主が語られる言葉によるのでしょう(その時が来ないとわかりませんが)。神である主は、想像を絶する莫大なエネルギーをこめて言葉を発することができますから{主が一声、「山よ、移れ」と言えば山は移り、「嵐よ、静まれ」と言えば静まるのです。「あなたの命はそれまで」と言われたらいのちの息(霊)は抜け出るのです。その反対も可能ですが(ルカ854.55)}。主のことばには権威があり力があるのです(マタイ2818、へブル412)。

 黙示録19章には次のように記されています。
11 それから、私は天が開かれているのを見た。すると、白い馬が現れた。それに乗っている方は、「忠実」および「真実」と呼ばれ、正義をもって裁き、また戦われる。
12
 その目は燃え盛る炎のようで、頭には多くの王冠を戴き、この方には、自分のほかは誰も知らない名が記されていた。
13
 この方は血染めの衣を身にまとい、その名は「神の言葉」と呼ばれた。
14
 そして、天の軍勢が白い馬に乗り、白く清い上質の亜麻布を身にまとい、この方に従っていた。
15
 この方の口からは、鋭い剣が出ている。諸国の民をそれで打ち倒すのである。また、自ら鉄の杖で彼らを治める。そして、この方はぶどう酒の搾り桶を踏む。そのぶどう酒には、全能者である神の怒りが込められている。
16
 この方の衣と腿には、「王の王、主の主」という名が記されていた。”(聖書協会共同訳)とあります。

 2コリント62には“神は言われます。「恵みの時に、わたしはあなたに答え、救いの日に、あなたを助ける。」見よ、今は恵みの時、今は救いの日です。”(2017)と記されています。
キリストの空中再臨に伴う携挙によって「恵みの時」は終了します。

 黙示録6章~19章、2011-15は、裁きのとき、主の御怒りの日です。
黙示録612-17には次のように記されています。
12 また、小羊が第六の封印を解いたとき、私が見ていると、大地震が起きた。太陽は毛織の粗布のように暗くなり、月は全体が血のようになって、13 天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようであった。
14
 天は巻物が巻き取られるように消え去り、山も島も、みなその場所から移された。
15
 地上の王、高官、将校、富める者、力ある者、また、すべての奴隷も自由人も洞穴や山の岩間に身を隠した。
16
 そして、山と岩に向かって言った。「私たちの上に覆いかぶさって、玉座におられる方の顔と小羊の怒りから、私たちをかくまってくれ。
17
 神と小羊の大いなる怒りの日が来たのだ。誰がそれに耐えられようか。」”(聖書協会共同訳)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
「今は恵みの時」と言われている期間の間に主イエス様を信じて救われていく人が起こされていきますように。
特にキリスト者が祈っている人々が主を求め、主の御救いにあずかっていきますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

<追伸>
今日から三日間は検査入院のためコメントを頂いても返信はできませんのでよろしくお願いします。
ブログは入院中の分も用意してありますので更新されます。

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コメント

神のなさることは時にかなって美しいという事に繋がっていると思いました。
全て神様から始まり、全て神様のもとへ行き終る。救いが皆様のところにゆきますよう、祈ります。
検査入院なさるということ。どうぞご静養も兼ねられ、神様との豊かなお時間の中でお過ごしください。

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