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2023年12月 4日 (月)

箴言27:1 明日のことを誇らず、明日のことを思い煩わず

 箴言271には“明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから。”(2017)と記されています。

 「明日も今日と同じようなものだ」と無意識のうちに思いながら日々の生活を送っている人も数多くいることでしょう。聖書の中にも、そのような人が登場します。

聖書に記されているいくつかの個所を下記します。
 イザヤ5612には「さあ、酒を手に入れよう。強い酒を浴びるように飲もう。明日も今日と同じこと。いや、もっとすばらしいにちがいない。」(新共同訳)と記されています。
 この個所をリビングバイブルは“彼らはこう言った。「さあ、酒を手に入れ、宴会を開こう。みんなで酔っ払うのだ。これこそ生きがいというものだ。さあ、浴びるほど飲もう。明日は今日よりもっとすばらしいことがあるかもしれない。」”と意訳しています。

 詩篇10篇には次のような箇所があります。
2 悪しき者は高ぶり、苦しむ人を追い回している。彼らが、自らの謀(はかりごと)に陥りますように。
3
 悪しき者は自らの野望を誇り、貪欲な者は主をたたえながらも〔主を呪い(口語訳、新改訳)〕侮っている。
4
 悪しき者は鼻高々で神を尋ね求めず、「神などいない」とあらゆる謀(はかりごと)をたくらむ。
5
 その道は常に栄え、あなたの裁きは彼からは高く離れてある。彼は敵対する者すべてを吹き倒す。
6
 彼は心の中で言う。「私は代々に揺らぐことなく、災いに遭うはずがない」と。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 主イエス様が、「愚かな金持ちの譬え」を次のように語ったことが、ルカ12章に次のように記されています。
13 群衆の一人が言った。「先生、私に遺産を分けてくれるように兄弟に言ってください。」
14
 イエスはその人に言われた。「誰が私を、あなたがたの裁判官や調停人に任命したのか。」
15
 そして、群衆に向かって言われた。「あらゆる貪欲に気をつけ、用心しなさい。有り余るほどの物を持っていても、人の命は財産にはよらないからである。」
16
 そこで、イエスはたとえを話された。
「ある金持ちの畑が豊作だった。17 金持ちは、『どうしよう。作物をしまっておく場所がない』と思い巡らし、18 やがて言った。『こうしよう。倉を壊し、もっと大きいのを建て、そこに穀物や蓄えを全部しまい込んで、19 自分の魂にこう言ってやるのだ。「魂よ、この先何年もの蓄えができたぞ。さあ安心して、食べて飲んで楽しめ。」』
20
 しかし、神はその人に言われた。『愚かな者よ、今夜、お前の魂は取り上げられる。お前が用意したものは、一体誰のものになるのか。』
21
 自分のために富を積んでも、神のために豊かにならない者はこのとおりだ。」”(聖書協会共同訳)と記されています。 

 人間は、日々の生活の中で、「明日も今日と同じようなもの」という生活を送っていきますが、一瞬先の自分の状態がどのようになるのか、自分の置かれる立場がどのようになるのか、世界の情勢がどのようになるのかを知ることができません。

 ヤコブは次のように述べています。
13 さて、「今日か明日、これこれの町へ行って一年滞在し、商売をして一儲けしよう」と言う人たち、14 あなたがたは明日のことも、自分の命がどうなるかも知らないのです。あなたがたは、つかの間現れ、やがては消えてゆく霧にすぎません。
15
 むしろ、あなたがたは、「主の御心であれば、生きて、あのことやこのことをしよう」と言うべきです。”(ヤコブ4章・聖書協会共同訳)と記されています。

 新生したキリスト者は、いつこの世を去ることがあっても、それは父なる神の王国に帰ることですから本当に安心して生活できます。
そのことは明らかなことですが、地上にあっては、一瞬先のことも定かではないというのが現実です。

 しかし主は、私たち一人一人の将来についてすべてご存知です。
御父は、私たちの髪の毛の本数さえご存知あると主イエス様が語られました。
マタイ1030には「あなたがたの髪の毛さえも、すべて数えられています。」(2017)と記されています。

 私たち人間は、キリスト者であっても、明日何が起こるのかということについて分からないようにされています。
それは主に信頼して歩むためなの訓練の意もあるのでしょう。

 「明日を守られるイエス様」という賛美歌があります。日本語の歌詞にはいくつかありますが、そのうちの一つを下記します。
“1.明日はどんな日か 私は知らない 晴か 嵐か 曇になるか 私は明日を心配しない イェスが私を守られるから
(折り返し) * 明日は 私には分からないけど 明日を守られるイェスがおられる
2.日々の歩みは 日々に明るく 肩の重荷は次第に軽い 輝く太陽 涙乾かし 仰ぐ空には虹の架け橋 *
3.明日はどんな日か 私は知らない どんな道筋が 先にあるかも だけど私は心配しない イェスがおられる私のそばに *”
この讃美歌をご存知ない方はユーチューブで聞いてみてください。前述しましたように、ユーチューブの中には異なる歌詞のものもあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
“あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
主によって人の歩みは確かにされる。主はその人の道を喜ばれる。その人は転んでも倒れ伏すことはない。主がその人の腕を支えておられるからだ。”(2017)と詩篇37篇に記されています。
主を愛し、主に信頼し続ける生涯を歩ませてください。
あなたの御名を賛美し、私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

人それぞれの性質があったり、様々な環境があったり、それぞれの捉え方があったりすると思うので、よく混乱してしまうところです。
同じ説教を聞いても、捉え方が異なれば行いが変わってきてしまうと思うのです。
心がか細い私は日々の生活の中で人間に振り回される事がとても多いのです。神様に日々祈れる事はとても感謝です。
(祈れる様になってから、振り回されず、明日も今日と同じという事が出来てきている様に思います。でもその明日の中身は考えません。考えない様にしています。それは神様が決める事)
人との約束や、やるべき事は考え行います。当日の急用は行う事は不可能ですし…。前もって行える事は準備を整える事ができます。それも祈りの内にですね。
祈りは習慣…と、祈れない時でも祈る事をしておりましたが、昨晩は祈りを捧げる事ができませんでした。祈れませんと神様にお伝えして床につきました。今朝は祈る事ができました。
習慣的に同じ文言を唱える事も大切な事ですが、私にはまだ自分の思いの身の丈を神様にお伝えする事も大事な段階なのかと思いました。
未熟な私はその様な状態です。今日の学びはもう少し先にわかる所なのかな?と思いました。
いつも学びをありがとうございます。
ヤコブの手紙は4章でよかったでしょうか?

ヤコブは4章です。
ありがとうございます。
入れておきました。
明日のことを思い煩わないことと、事前に思い煩うことなく準備しておくことはまた別のことですね。
主イエス様の中心点は、「思い煩わないで、わたしに信頼してね。」ということであろうと思います。

思い煩うよりイエス様を信じる事ですね。
人間は罪人。互いに赦しあってゆく事が大切ですものね。
ありがとうございます。希望をもちます。
主であるイエス様が来られるのを待ち望みます。

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