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2023年12月 3日 (日)

詩篇104:31-35 頌栄

 詩篇10431-35には次のように記されています。
31 主の栄光がとこしえにあるように。主がご自分の業を喜ばれるように。
32
 主が地を見ると、地は震え、山々に触れれば、それらは煙を吐く。
33
 私は命のあるかぎり、主に向かって歌い、長らえるかぎり、わが神をほめ歌う。
34
 私の思いが御旨に適うように。私は主によって喜ぶ。
35
 罪人は地から消えうせ、悪しき者はもはやいない。私の魂よ、主をたたえよ。ハレルヤ。”(聖書協会共同訳)とあります。

31節を2017は“主の栄光がとこしえにありますように。主がご自分のみわざを喜ばれますように。”と訳し、多くの日本語訳聖書もその様な意で訳していますが、
リビングバイブルは“主をいつまでもほめたたえなさい。主は、ご自分の手のわざを喜んでおられるのです。”と意訳しています。

 主の御業を覚えるとき、私たちキリスト者は、33節に「私はいのちの限り主に歌い、生きるかぎり私の神をほめ歌います。」(2017)とあるように主を賛美することと思います。
33
節を口語訳は「わたしは生きるかぎり、主にむかって歌い、ながらえる間はわが神をほめ歌おう。」と訳し、
リビングバイブルは「私は息を引き取るその時まで、主をたたえ続けます。」と訳しています。

 旧約時代の詩聖は、新約時代の聖徒のように、死後の永遠の世界に関してあまり啓示されていませんでしたから、このような祈りになるのでしょうが、キリスト者が天に帰った後には、キリスト者は地上にいるときよりもますます主を賛美するのでしょう。

 黙示録58-14には携挙されたキリスト者たちの賛美が含まれている個所が次のように記されています。
8 〔子羊が(筆者挿入)〕巻物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老はおのおの、竪琴と、香で満たされた金の鉢とを手に持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖なる者たちの祈りである。
9
 そして、彼らは新しい歌を歌った。
「あなたは、巻物を受け取り、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、屠られて、その血により、神のためにあらゆる部族と言葉の違う民、あらゆる民族と国民の中から人々を贖い、10 彼らを私たちの神に仕える御国の民、また祭司となさったからです。彼らは地上を支配するでしょう。」
11
 また、私は見た。そして、玉座と生き物と長老たち〔おそらくキリスト者の代表(筆者挿入)〕との周りに、多くの天使の声を聞いた。その数は千の幾千倍、万の幾万倍であった。12 天使は大声でこう言った。
「屠られた小羊こそ、力、富、知恵、権威、誉れ、栄光、そして賛美を受けるにふさわしい方です。」
13
 また私は、天と地、地の下と海にいるすべての造られたもの、そして、そこにいるあらゆるものがこう言うのを聞いた。
「玉座に座っておられる方と小羊に、賛美、誉れ、栄光、そして力が、世々限りなくありますように。」
14
 四つの生き物は「アーメン」と唱え、長老たちはひれ伏して礼拝した。”(聖書協会共同訳)とあります。

 また艱難時代に殉教した聖徒たちの天での賛美が含まれている個所が、黙示録79-17に次のように記されています。
9 この後、私は数えきれぬほどの大群衆を見た。彼らはあらゆる国民、部族、民族、言葉の違う民から成り、白い衣を身にまとい、なつめやしの枝を手に持って、玉座と小羊の前に立っていた。10 彼らは声高らかに言った。
「救いは、玉座におられる私たちの神と小羊にある。」
11
 また、天使たちは皆、玉座と長老たちと四つの生き物を囲んで立っていたが、玉座の前にひれ伏し、神を礼拝して、12 こう言った。
「アーメン。賛美、栄光、知恵、感謝、誉れ、力、権威が世々限りなく私たちの神にありますように。アーメン。」
13
 すると、長老の一人が私に問いかけた。「この白い衣を身にまとった者たちは誰か。またどこから来たのか。」
14
 そこで私が、「私の主よ、それはあなたがご存じです」と答えると、長老は言った。
「この人たちは大きな苦難をくぐり抜け、その衣を小羊の血で 洗って白くしたのである。15 それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて昼も夜も神殿で神に仕える。玉座におられる方が、彼らの上に幕屋を張る。16 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどのような暑さも彼らを打つことはない。
17
 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり命の水の泉へと導き、神が彼らの目から涙をことごとく拭(ぬぐ)ってくださるからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 「聖なる我らの主」(聖歌479 聖歌総合版496 新聖歌479)という聖歌があります。
この聖歌の3節は、
“世界の王なる主 祝(いわ)わまし 歌わまし 御国に帰りなば いよいよ高らかに 白妙(しろたえ)の衣(きぬ)まとい 棕櫚(しゅろ)の葉を手に取り 聖なる我らの主 歌え喜びもて”という歌詞で、天に帰ってから、益々主を賛美する様子が歌われています。

 32節には、「主が地に目を注がれると地は震え、山々に触れられるとそれは煙を上げます。」(2017)とあります。
これは出エジプト19章を覚えてのことだろうと思います。
 現代の科学では、地震や火山の噴火は自然現象として片付けますが。地震も火山の噴火も神様の御支配のもとにあることが分かります。神様は万物を創造された時に、それらに関する一般的な法則も定めたことと思います。分かり易いところでは、太陽や月の運行状況とか、地球の自転など。宇宙に散らばる多くの恒星や惑星や衛星の運行も恐らく同様なのでしょう。地震を引き起こす原因の一つのプレートのずれも、大きなずれを一瞬にして修正しようとすれば大きな地震が起きるでしょうし、ずれを少しずつ修正するように神様がご配慮くだされば、小さな揺れで済むのだろうと思います。

 これから起こる地震や火山の噴火などの預言の一つにエゼキエル38.39章があります。その中に次のような箇所があります。
“38
18 ゴグがイスラエルの地を攻めるその日、──神である主の御告げ──わたしは怒りを燃え上がらせる。
19
わたしは、ねたみと激しい怒りの火を吹きつけて言う。その日には必ずイスラエルの地に大きな地震が起こる
20
海の魚も、空の鳥も、野の獣も、地面をはうすべてのものも、地上のすべての人間も、わたしの前で震え上がり、山々はくつがえり、がけは落ち、すべての城壁は地に倒れる。
21
わたしは剣を呼び寄せて、わたしのすべての山々でゴグを攻めさせる。──神である主の御告げ──彼らは剣で同士打ちをするようになる。
22
わたしは疫病と流血で彼に罰を下し、彼と、彼の部隊と、彼の率いる多くの国々の民の上に、豪雨や雹や火や硫黄を降り注がせる
23
わたしがわたしの大いなることを示し、わたしの聖なることを示して、多くの国々の見ている前で、わたしを知らせるとき、彼らは、わたしが主であることを知ろう。」(新改訳初版~第三版)と。

 34節には、「どうか、わたしの思いが主に喜ばれるように」(口語訳)、
「私の心の思いがみこころにかないますように。」(2017)とありますが、この様な願いを持っている人、この様に祈る人を御聖霊はその様に変えてくださいますから感謝です。

 35節には、「どうか、罪びとが地から断ち滅ぼされ、悪しき者〔主に逆らう者(新共同訳)〕が、もはや、いなくなるように。」(口語訳)とあります。
このことは、キリストの地上再臨の時に行われ、更に、キリストの千年王国の最後にも行われます。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
地上を歩むときも、天に帰ってからも、いつも主をほめたたえながら歩む者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

主の御業を感じると33節のように賛美します。アーメンです。
悪い事をしてしまったら懺悔。いつも主と共にです。ちょっと前、主と共にいることができずにいた時はとても苦しみが湧きました。祈れど…。消えてしまっている様な感覚で、とても苦しかったです。以前の私、主を信じない時の私はそれが当たり前でしたのに。不思議です。また、主を賛美します。
黙示録5:8〝・・この香は 聖なる者たちの祈りである。〟聖なる者たちの前が半角空いていました。この様な細かな事は関係のない所ですけれどもね…。いつもありがとうございます。

ありがとうございます。
とても気づけませんから感謝です。

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