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2023年12月28日 (木)

箴言27:8 キリスト者の幸せは主の内にある

 箴言27.8を、
聖書協会共同訳は“巣からさまよい飛ぶ鳥のように、自分の場所からさまよい歩く人がいる。”と訳し、
新改訳初版~第三版は“自分の家を離れてさまよう人は、自分の巣を離れてさまよう鳥のようだ。”と訳し、
新改訳2017は“自分の巣を離れてさまよう鳥のように、人は自分の家を離れてさまよう。”と訳し、
口語訳は“その家を離れてさまよう人は、巣を離れてさまよう鳥のようだ。”と訳しています。

 クリスチャンホームの子どもとして生まれ、あるいは幼少のころから他の宗教やこの世の惑わしを知る前から教会生活をしてきた人の中には、明確な悔い改めと主イエス様への回心を経験したという感じがないにもかかわらず、主イエス様を信じている、という人もいます。
しかしそのような人の場合でも、やがて自我が芽生え、自分の道を自分で選択できるようになると、主イエス様と共に歩むのではない道を歩みたくなって、主との交わりが減少し、教会生活からも遠のき、この世を謳歌するというような人も出てきます。

 この世に魅せられる人は、主イエス様よりも、1ヨハネ216に記されているような、生まれながらの人、すなわち新生していない人や、肉の人が求めるものに心が引き付けられます。
 1ヨハネ216には次のような聖句が記されています。
「すべて世にあるもの、すなわち、肉の欲、目の欲、見栄を張った生活は、御父から出たものではなく、世から出たものだからです。」(聖書協会共同訳)とあります。
「見栄を張った生活」の個所を、新改訳は「暮らし向きの自慢」と訳し、新共同訳は「生活のおごり」と訳しています。

 肉の欲、目の欲、暮らし向きの自慢の方に心が向いていますと、詩篇73篇を書いた詩聖のある期間の心の状態のようになります。
主を信ぜず、それどころか主に大いに逆らって歩んでいるにもかかわらず、この世で大成功を収めている人を羨ましく思うのです。
見ているところ、すなわち心の関心のある所が、この世なのです。

 詩編73篇の詩聖は神ヤハウェ(主)の御前にきよく歩もうとしていました。
 
“私は心を清く保ち、手を洗って潔白を示した。日ごと、私は打たれ、朝ごとに懲らしめを受けた。”(13.14抜粋・聖書協会共同訳)と記しています。
13.14
節をリビングバイブルは“私が今までしてきたことは、むだだったのでしょうか。きよくあろうと苦しんだ日々は何だったのでしょう。神に従う生活から得たものは、苦しみと災いだけです。しかもそれは、来る日も来る日も、朝から晩まで私につきまとうのです。”と訳しています。

 詩聖はきよく歩むべき努力をしていましたが、疲れてしまったのでしょうか、主に目を留めるべきところを、そうはしないで、主を信じていないこの世の成功者たちに目を留めたのです。
 2-12
節には次のように記されています。
2 それなのに私は、危うく足を滑らせ今にも歩みを踏み誤るところだった。
3
 悪しき者の安泰を見て驕り高ぶる者を妬んだ。
4
 彼らには苦しみがなく〔「実に彼らの死には苦痛がなく」(2017)、「死ぬまで彼らは苦しみを知らず」(新共同訳)〕、体も肥えて健やかである。
5
 人間の負うべき労苦もなく〔「だれにもある労苦すら彼らにはない」(新共同訳)、「ほかの人々のように悩むことがなく」(口語訳)〕、人々のように打たれることもない。
6
 それゆえ、高慢が首を飾り、暴虐〔ヘブライ語原語は「ハーマース」で、暴力、乱暴、強姦・・・等の意(筆者挿入)〕の衣が彼らを包む。
7
 過ちは脂肪の中からにじみ出て、悪だくみは心に溢れている。
8
 彼らは嘲り、悪意をもって語り、高飛車に暴言を吐く。
9
 彼らは口を天に置き、舌は地を這う。
〔リビングバイブルは「彼らは天を向こうに回していばり、大手を振って地上を闊歩します。」と意訳しています。(筆者挿入)〕
10
 それゆえ、民はここに帰り、彼らの言葉を水のように貪る。
2017は「それゆえこの民はここに帰り、豊かな水は彼らに汲み尽くされる」と訳し、
リビングバイブルは「その影響は神を信じる人々にも及び、多くの混乱ととまどいをもたらしました」と意訳しています。(筆者挿入)〕
11
 彼らは言う。「神がどうして知っていようか。いと高き方に何の知識があろうか。」
12
 見よ、これが悪しき者。とこしえに安穏に財をなしてゆく。”(聖書協会共同訳)とあります。

 しかし、詩聖は次の内容を悟ったのです。
24
節には“一生涯、神は知恵と助言を与えて、私を導いてくださることでしょう。そしてついに、私は栄光の天へ入れられるのです。”(リビングバイブル)とあり、
18-20
節には“18 あの者たちは、なんとすべりやすい道を歩いていることでしょう。突然、神から崖っぷちに追いやられて、足をすべらせ、滅びの底に落ちて行くのです。19 こうして、その幸福も、あっけなく幕切れとなり、永遠の恐怖にのみ込まれるのです。20 彼らの今の暮らしぶりも、つかの間の夢にすぎません。夢から現実の世界に引き戻される人のように、いつかは真実を突きつけられるのです。”(意訳・リビングバイブル)とあります。

 主に逆らう者に対する裁きについて、黙示録の第6の封印が開かれたときの様子が次のように記されています。
12 また、小羊が第六の封印を解いたとき、私が見ていると、大地震が起きた。太陽は毛織の粗布のように暗くなり、月は全体が血のようになって、13 天の星は地上に落ちた。まるで、いちじくの青い実が、大風に揺さぶられて振り落とされるようであった。
14
 天は巻物が巻き取られるように消え去り、山も島も、みなその場所から移された。
15
 地上の王、高官、将校、富める者、力ある者、また、すべての奴隷も自由人も洞穴や山の岩間に身を隠した。
16
 そして、山と岩に向かって言った。「私たちの上に覆いかぶさって、玉座におられる方の顔と小羊の怒りから、私たちをかくまってくれ。
17
 神と小羊の大いなる怒りの日が来たのだ。誰がそれに耐えられようか。」”(黙示録6章・聖書協会共同訳)とあります。

 また黙示録184-11には次のように記されています。
4 また私は、天からもう一つの声がこう言うのを聞いた。
「わが民よ、この女から離れよ。その罪に加担し、その災いに巻き込まれないようにせよ。5 彼女の罪は積み重なって天まで届き、神はその不義を覚えておられる。6 彼女がしたとおりに、彼女に報復せよ。その行いに応じ、倍にして返せ。彼女が注いだ杯に、その倍を注いでやれ。7 彼女が驕り高ぶり贅沢をほしいままにしていたのと同じだけの苦しみと悲しみを与えよ。彼女は心の中でこう言っているからである。
『私は、女王の位にあり、やもめではないから、決して悲しい目に遭いはしない。』
8
 それゆえ、一日の内に、さまざまな災いが、死と悲しみと飢えが、彼女を襲う。そして、彼女は火で焼き尽くされる。彼女を裁く神は、力ある主だからである。」
9
 彼女と淫らなことをし、贅沢をほしいままにした地上の王たちは、彼女が焼かれる煙を眺め、胸を打って嘆き悲しみ、10 彼女の苦しみを見て恐れ、遠くに立ってこう言う。
「災いだ、災いだ、大いなる都、強大な都バビロン。お前は一瞬のうちに裁かれた。」
11
 地上の商人たちは、彼女のために嘆き悲しむ。も はや彼らの商品を買う者が誰もいないからである。”(聖書協会共同訳)とあります。

 最後の裁きは、黙示録2011-15に次のように記されています。
11 また私は、大きな白い玉座と、そこに座っておられる方を見た。天も地も、その前から逃げて行き、見えなくなった。
12
 また私は、死者が、大きな者も小さな者も玉座の前に立っているのを見た。数々の巻物が開かれ、また、もう一つの巻物、すなわち命の書が開かれた。これらの巻物に記されていることに基づき、死者たちはその行いに応じて裁かれた。
13
 海は、その中にいた死者を吐き出し、死と陰府も、その中にいた死者を吐き出した。死者はおのおの、その行いに応じて裁かれた。
14
 死も陰府も火の池に投げ込まれた。この火の池が第二の死である。
15
 命の書に名が記されていない者は、火の池に投げ込まれた。”(聖書協会共同訳)とあります。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
私たちキリスト者は、旧約時代には奥義であったことも今や開かれ、かつ、聖霊が上に留まるというだけではなく、私たち主を信じる者の内に住んでくださっておられますから感謝します。
日々の主との交わりは、私たちの心を満たし、私達に力を与え、慰めの必要なときには私たちに慰めを与えてくださいます。
御父を礼拝するときには、霊と真理によって礼拝するのです、とイエス様は言われましたが、真理の御霊は、日々真理を教えてくださいます。
さらに更に、数多くの恵みを与えられつつ主に在って歩ませていただけます恵みを感謝し、私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

主であるイエス様のおかげであることを改めて思います。旧約時代であれば、私はとうにさばきを受けている身です。何一つ主の御旨を行う事はできず、イエス様をただ信じるだけの日々(信じると言っては罪を犯し悔い改める日々ですので…)。学ばせていただき、改めて思いました。この様に学ばせていただかなければ、忘れてしまっていたり、ボンヤリしてしまう事がありますね。気づかせてくださり、ありがとうございます。
第六の封印が開かれた記事は黙示録6章ですよね?

「黙示録6章」を書き加えました。
感謝します。

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