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2024年2月26日 (月)

詩篇106:27 主に背き続けると他国に散らされることになる/罪を赦され交わりを回復させていただく方法

 詩篇10627には“また、国々の間でその子孫を倒し、もろもろの地に散らすと誓った。”(聖書協会共同訳)と記されています。

 北イスラエル王国の民はアッシリアによって他の国々に移されました(2列王記171-18、特に6節)。ただし、捕囚として連れて行かれたのは、イスラエル王国の民の全員ではありません(2歴代誌159参照)。
南イスラエル王国(ユダ王国)はバビロンに敗北し、バビロンに捕囚となりました(2列王記251-21)。

 捕囚となった北イスラエルの民の内の多くの人々のその後のいきさつは定かではありません。
 
 バビロンに捕囚になったユダヤ人たちは、B.C.538年に解放され、バビロンにとどまった人たちもいましたが、ユダの地に帰還した人たちもいました。
 その後、主イエス様が降誕され、イエス様こそ、メシアであり、救い主であると御自身で証しされたのに、ほとんどのユダヤ人たちは、その証言を受け入れず、イエス様を十字架につけたのです。
ユダヤの民は、イエス様をメシアとして受けいれることをしなかったので、ローマによって紀元70年に滅ぼされ、離散させられました。

 離散の憂き目にあった原因は、主なる神に背き続けたことによります。
イスラエルの民はいきなり他国に散らされたのではありませんでした。
このような罰を受けることは、神様とイスラエルの間の契約の中の条項にあったのです。

 簡単に言えば、主に従えば祝福され、主に不従順を続ければ裁かれる、という契約の中の一部です。
祝福と呪いについて、申命記よりも先に記されたレビ記26章を見ることにします。

 まず、主に従えば祝福されるという契約内容を見てみます。
レビ261-12には次のように記されています。
“1 あなたがたは自分のために偶像や彫像を造ってはならない。また、石柱を立ててはならない。あなたがたの地に石像を置いて、それにひれ伏してはならない。私は主、あなたがたの神である。
2
 私の安息日を守り、私の聖所を畏れなさい。私は主である。
3
私の掟に従って歩み、戒めを守り行うなら
4
 私は季節に応じて雨を降らせる。大地は実りをもたらし、野の木は実を結ぶ
5
 脱穀はぶどうの摘み取りまで続き、ぶどうの摘み取りは種蒔きまで続く。パンを食べて満ち足り、安らかにこの地に住むことができる
6
 私が地に平和を与えるので、あなたがたは脅かされることなく憩う。また私は悪い獣を地から滅ぼす。剣があなたがたの地を襲うことはない。
7
 あなたがたが敵を追うと、敵はあなたがたの剣に倒れる。
8
 あなたがたは五人で百人を、百人で万人を追う。敵はあなたがたの剣に倒れる。
9
 私はあなたがたを顧み、多くの子どもを与え、数を増し加えて、あなたがたと契約を立てる。
10
 古い穀物は食べきれず、新しい穀物を前にして運び出される。
11
 私の住まいをあなたがたの中に置く。私はあなたがたを心から嫌うことはない。
12
 あなたがたの間を巡って、あなたがたの神となり、あなたがたは私の民となる。”(聖書協会共同訳)とあります。

 主に従えば、主の臨在、平和、子孫繁栄、食物の満たし、もし戦うようなことがあっても必ず勝利する、等の約束が与えられたのです。

 新約の民であるキリスト者は、霊的な意味で、上記の祝福を受けますし、それ以上の祝福も約束されています。

 レビ記26章の呪いの条項は、5段階に激しくなります。
その段階の個所を列挙すると、
14-17節 ②18-20節 ③21-22節 ④23-26節 ⑤27-39節、と段階を踏むごとに厳しくなります。一段階上がるごとに、“七倍の懲らしめor七倍の災いor七倍の罰、を加える”と記されています(18212428)。

 詩篇10627の聖句は、⑤の個所に出てくるものです。
レビ2627-39には次のように記されています。
26 私がパンの蓄えを絶つとき、十人の女が一つのかまどでパンを焼いて、秤で量ってパンを配るようになる。食べても満たされることはない。
27
 それでもまだ私に聞き従わず、逆らって歩むなら、
28
 私は激しい憤りであなたがたに逆らって歩み、その罪に七倍の懲らしめを加える。
29
 あなたがたは自分の息子の肉を食らい、娘の肉を食(は)む。
30
 私はあなたがたの高き所を破壊し、香の祭壇を倒す。あなたがたの偶像の残骸の上にあなたがたの死骸を置き、私はあなたがたを忌み嫌う。
31
 あなたがたの町を廃虚とし、聖所を荒らし、宥(なだ)めの香りを嗅ぐことはない。
32
 私が地を荒らすと、そこにいるあなたがたの敵はそれを見て驚く。
33
 私はあなたがたを諸国民の中に追い散らし、背後で剣を抜く。地は荒れ果て、町は廃虚と化す。
34
 その荒廃の期間に、地は安息を享受する。あなたがたが敵の地にいる間、地は安息して、安息年を享受する。
35
 あなたがたが住んでいた間、安息年では得られなかった安息を、その荒廃の期間に享受する。
36
 あなたがたのうちの残りの者に対し、私は敵の地で、その心を臆病にする。揺れる木の葉の音さえ、彼らを追い立てる。彼らは剣で追われるかのように逃げ惑い、追う者もいないのに倒れる。
37
 追う者もいないのに、剣で追われるように逃げ惑い、仲間どうしでつまずく。あなたがたには敵に向かって立ち上がる力はない。
38
 諸国民の間で滅び、敵の地があなたがたを食い尽くす。
39
 あなたがたのうちの残りの者は、敵の地で自分の過ちのゆえに朽ち果て、先祖の過ちのゆえに衰え果てる。”(聖書協会共同訳)とあります。

 次に、申命記4章には次のように記されています。
25 もしあなたが子や孫をもうけ、その地で年を取り、堕落してあらゆる形の彫像を造り、あなたの神、主の目に悪とされることを行い、主を怒らせるならば、
26
 私は今日あなたがたに対して、天と地を証人として呼び出す。あなたがたは、ヨルダン川を渡って行って所有する地から取り去られ、たちまち滅び去る。あなたがたはそこで長く生きることはできない。必ずや滅ぼされる。
27
 主は、あなたがたをもろもろの民の中に散らされる。しかし、主が追いやる先の国々で僅かな者は残される。”(聖書協会共同訳)とあります。

 主は契約を守る神です。
この契約の中には、主に立ち返る方法も記されています。
レビ2640-45には次のように記されています。
40 彼らは背信の罪を犯した先祖の過ちと、また私に逆らって歩んだ自らの過ちを告白するようになる。
41
 だが、私は彼らに逆らって歩み、彼らを敵の地へ導く。その時、その割礼のない心もへりくだり、過ちの償いをするようになる。
42
 そこで私は、ヤコブとの契約、イサクとの契約、アブラハムとの契約を思い起こして、かの地のことを思い出す。
43
 かの地は彼らから捨てられ、荒廃している間に、その安息を享受する。彼らは自らの過ちの償いをしなければならない。私の法を拒み、私の掟を心から嫌ったからである。
44
 しかし彼らが敵の地にいるときでさえ、私は彼らを拒まず、嫌わず、滅ぼさず、彼らとの契約を破りはしない。私は主、彼らの神である
45
 私は彼らの先祖との契約を思い起こす。私は、彼らの神となるために、諸国民の目の前で彼らをエジプトの地から導き出した。私は主である。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 キリスト者も罪を告白することなく、罪の中にとどまり続けると、神様との間に隔てが出来、神様がわからなくなってしまいますし、御言葉も虚しく感じるようになり、また、御言葉に対する信頼も起こらなくなってしまします。

 キリスト者の場合の対処法は、1ヨハネ19に記されていますが、ここでは1ヨハネ15-10の聖句を下記します。
5 私たちがイエスから聞いて、あなたがたに伝える知らせとは、神は光であり、神には闇が全くないということです。
6
 神と交わりを持っていると言いながら、闇の中を歩むなら、私たちは偽りを述べているのであり、真理を行ってはいません。
7
 しかし、神が光の中におられるように、私たちが光の中を歩むなら、互いに交わりを持ち、御子イエスの血によってあらゆる罪から清められます。
8
 自分に罪がないと言うなら、自らを欺いており、真理は私たちの内にありません。
9
 私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、あらゆる不正〔「不義」(口語訳、2017、新共同訳)〕から清めてくださいます。
10
 罪を犯したことがないと言うなら、それは神を偽り者とすることであり、神の言葉は私たちの内にありません。”(聖書協会共同訳)と記されています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたの御名を賛美します。
あなたを愛し、あなたに信頼し、あなたに従って歩む者であらせてください。
罪を犯してしまったときには、御聖霊によってすぐに教えてくださり、罪を示されたら、すぐに告白し、きよめていただいて、あなたといつも親しく歩む者であらせてください。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

1ヨハ1:6を読みハッとします。笑顔が出ずに固まった表情になっている時があり、それは真理に立っていない表れだと思いました。アレコレ考えることはないのに考えているからだと思いました。そういう時こそ祈り歌えばよいのだと思いました。そして、罪を示されてもいないのに「罪を犯してしまった」と騒いでいる時もあったりするので、気をつけたいと思いました。
〝捕囚となった北イスラエルの民の内の多くの人々のその後のいきさつは定かではありません。〟と書かれているのを読んで、神様の範疇ではない事を思いました。見放されることがありませんよう祈ります。

〝捕囚となった北イスラエルの民の内の多くの人々のその後のいきさつは定かではありません。〟→
大丈夫です。
神様はご存知です。
ただ人間には詳しく教えていないだけです。

ただ、信じて従って歩んでいればよいのですよね。ありがとうございます。

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