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2024年3月24日 (日)

黙示録21:1-7 新天新地の現れと新天新地における祝福

 黙示録211-7には次のように記されています。
1 また私は、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は過ぎ去り、もはや海もない。
2
 また私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために装った花嫁のように支度を整え、神のもとを出て、天から降って来るのを見た。
3
 そして、私は玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となる。神自ら人と共にいて、その神となり、4 目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆きも痛みもない。最初のものが過ぎ去ったからである。」
 5 すると、玉座におられる方が言われた。
「見よ、私は万物を新しくする。」また言われた。「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である。」
6
 また、私に言われた。
「事は成った。私はアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。7 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。私は彼の神となり、彼は私の子となる。”(聖書協会共同訳)とあります。

 1節には“また私は、新しい天と新しい地を見た。最初の天と最初の地は過ぎ去り、もはや海もない。”と記されています。
これは永遠の世界です。

 イザヤ書には次のように預言されていました。
6513 それゆえ、主なる神〔アドナイ・ヤハウェ(筆者挿入)〕はこう言われる。/
 6517 見よ、私は新しい天と新しい地を創造する。先にあったことが思い出されることはなく、心に上ることもない。
18
 しかし、私が創造するものを代々とこしえに楽しみ、喜べ。私はエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。
19
 私はエルサレムを喜びとし、私の民を楽しみとする。そこに再び、泣き声や叫び声が聞かれることはない。/
 6622 私の造る新しい天と新しい地が、私の前にいつまでも続くように。あなたがたの子孫とあなたがたの名もいつまでも続く――主の仰せ。
23
 新月ごと、安息日ごとに、すべての肉なる者は私の前に来てひれ伏す。――主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕は言われる。
24
 彼らは出て行き、私に背いた者たちの死体を見る。それに付く蛆(うじ)は絶えず、それを焼く火は消えることがない。それは、すべての肉なる者に忌み嫌われる。”(聖書協会共同訳)とあります。

 新天新地の新エルサレムは、キリストの千年王国のエルサレムとも異なります。
2
節には“また私は、聖なる都、新しいエルサレムが、夫のために装った花嫁のように支度を整え、神のもとを出て、天から降って来るのを見た。”と記されています。
新エルサレムは目をみはるように美しいのでしょう。

 新天新地においては神が人々と一緒に住むのです。
旧約時代は、神を見たら死んでしまうと思われていました。主がそのようにモーセに語られたからです。
 出エジプト33章には次のように記されています。
18 モーセが、「どうかあなたの栄光を私にお示しください」と言うと、
19
 主は言われた。
「私は良いものすべてをあなたの前に通らせ、あなたの前で主〔ヤハウェ(筆者挿入)〕の名によって宣言する。私は恵もうとする者を恵み、憐れもうとする者を憐れむ。」
20
 さらに言われた。「あなたは私の顔を見ることはできない。人は私を見て、なお生きていることはできないからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 新天新地において、神が人と共に住む、ということは何と素晴らしいことでしょうか。
しかしキリスト者は、今の世にあっても主と共なる生活を体験することができるのです。
主イエス様は言われました。
「だれでもわたしを愛する人は、わたしのことばを守ります。そうすれば、わたしの父はその人を愛し、わたしたちはその人のところに来て、その人とともに住みます。」(2017)と。
何という恵みでしょうか!しかし条件も付いています。

 3.4節には、
3 そして、私は玉座から語りかける大きな声を聞いた。「見よ、神の幕屋が人と共にあり、神が人と共に住み、人は神の民となる。神自ら人と共にいて、その神となり、4 目から涙をことごとく拭い去ってくださる。もはや死もなく、悲しみも嘆きも痛みもない。最初のものが過ぎ去ったからである。」”と記されています。

 これは新天新地における有様ですが、キリストの千年王国時代以前においても、天においては同じような状況が見られます。
 黙示録7章には次のように記されています。
13 すると、長老の一人が私に問いかけた。「この白い衣を身にまとった者たちは誰か。またどこから来たのか。」
14
 そこで私が、「私の主よ、それはあなたがご存じです」と答えると、長老は言った。
「この人たちは大きな苦難をくぐり抜け、その衣を小羊の血で 洗って白くしたのである。15 それゆえ、彼らは神の玉座の前にいて、昼も夜も神殿で神に仕える。
玉座におられる方が、彼らの上に幕屋を張る。
16
 彼らは、もはや飢えることも渇くこともなく、太陽もどのような暑さも彼らを打つことはない。
17
 玉座の中央におられる小羊が彼らの牧者となり、命の水の泉へと導き、神が彼らの目から涙をことごとく拭ってくださるからである。」”(聖書協会共同訳)とあります。

 この個所は、大患難時代に殉教した聖徒たちについての記述ですが、教会時代(恵みの時代)の聖徒が天に召されたときも同じです。

 パウロは次の様に告白しました。
20 そこで、私が切に願い、望んでいるのは、どんなことがあっても恥じることなく、これまでのように今も堂々と語って、生きるにも死ぬにも、私の身によってキリストが崇められることです。
21
 私にとって、生きることはキリストであり、死ぬことは益なのです。
22
 けれども、肉において生き続けることで、実りある働きができるのなら、どちらを選んだらよいか、私には分かりません。
23
 この二つのことの間で、板挟みの状態です。私の切なる願いは、世を去って、キリストと共にいることであり、実は、このほうがはるかに望ましい。」(フィリピ1章・聖書協会共同訳)と。

 5-7節において、主はさらなる確証を次のように与えられています。
5 すると、玉座におられる方が言われた。
「見よ、私は万物を新しくする。」
また言われた。
「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である。」
6
 また、私に言われた。
「事は成った。私はアルファであり、オメガである。初めであり、終わりである。渇いている者には、命の水の泉から価なしに飲ませよう。7 勝利を得る者は、これらのものを受け継ぐ。私は彼の神となり、彼は私の子となる。”(聖書協会共同訳)と。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
日々、父、子、聖霊なる神様と共に生活させていただく恵みを与えられていますことを感謝します。
更に天に召された後には、直接御顔を仰ぎ見させていただきつつ交わりを持たせていただけますことを感謝します。
ハレルヤ!
大いなる感謝をもって私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

永遠の御国は今も表す事ができる事を知り、確かにそうだと思いました。
自分の心の内を見てみれば、争いや囚われなど、様々な悪があり、それを取り除いてくださいますよう常に祈り続ける日々です。
変えてくださいますよう、主と共に歩みを進めてゆけますよう祈り求めます。

主と共に歩める幸いを感謝しながら

主と共に歩める幸いを感謝しながら

アーメン。

細かな所ですが、表題が4節までとなっていると言うことを伝えそびれていました。

教えてくださりありがとうございます。

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