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2024年3月 3日 (日)

黙示録20:1-3 悪魔(サタン)が悪魔の獄に入れられ、悪魔のいない世界が用意される/サタンとは

 黙示録201-3には次のように記されています。
1 また私は、一人の天使が、底なしの淵の鍵と大きな鎖を手にして、天から降(くだ)って来るのを見た。
2
 この天使は、悪魔でありサタンである竜、すなわち、いにしえの蛇を捕らえ、千年の間縛って、3 底なしの淵に投げ込み、鍵をかけ、その上に封印をした。
千年が終わるまで、もはや諸国の民を惑わさないようにするためである。
その後、竜はしばらくの間、解き放たれることになっている。”(聖書協会共同訳)とあります。

 サタンは大天使として造られた(エゼキエル2812c-15)にもかかわらず、神ヤハウェ(主)に、自由意思によって反逆し(イザヤ1413.14、エゼキエル2816.17a)たのです。堕罪前のサタンは、ヘブライ語で「ヘイレル」(「明けの明星」、英語で「ルシファー」)と呼ばれていたようです(イザヤ1412)。
サタンは、神様が造られた人類の始祖アダムとエバを堕罪へと導き、神に対して不従順になるという悪を人類に導入しました。
その結果、私たち全員は、罪の性質(原罪)をもって生まれるようになり、罪の性質を持っているゆえに、罪(複数形)を犯すことが当たり前のことになったのです(ローマ512)。
 
 余談になりますが、
人は罪の性質を持って生まれてきたゆえに、生まれながらの人(新生していない人)は、創造主なる神様を畏れ敬い、主なる神様に従うということを無意識のうちに嫌っています。
 新生していない人が、悪魔悪霊の支配している偽りの神を信じることは、比較的簡単です。
そして、そのような偽りの神を信じて、自分は信心深いと思っているのです。
 サタンは、無神論や、進化論も導入しました。
自分は頭が良いから、偶像などは信じない、という人もサタンにまんまとやられて、唯物論、進化論を信じるのです。
 新生していない人は、道徳的、倫理的な事柄についても、主なる神様が与えてくださった神のことばである聖書をそのまま信じることをせず、ヒューマニズムに基づいて判断したり、孔子、孟子、釈迦、その他の思想家等の教えを取り入れる人もいます。
 また新生していない人は、神のひとり子であり、救い主であり、創造主であり、万物を保持しているお方であり、万物の主であるお方であるイエス・キリストを信じない(信頼しない)のです(へブル12.3、コロサイ116.17、エペソ21-3、ヨハネ1691ペテロ221-24、ピリピ26-8、マタイ2818.etc.)。
 それだけではなく、生まれながらの人の内には罪が住んでいるので、霊的には暗闇で、サタンに従うことが自然のこととなっているのです(ローマ718.201ヨハネ519)。

 話を元に戻します。
神様は、天使を遣わして、いとも簡単に、サタンをサタンの獄に入れてしまわれます。それ故、主イエス様が統治なさる千年間、悪魔が人々を困らせることがなくなります。
神様はその時まで、どうして悪魔悪霊を野放しにしておいたのでしょうか。
その要因のいくつかは、悪魔悪霊の働きを用いて、人の心をより明らかにすることや、主なる神様を信じる者を霊的に成長させる一助とするためであったのではないか、また、主なる神様のすばらしさをより詳しく知るため、また自分自身をよく知るため、その他のため、であると思います。
 
 聖書辞典は、悪魔(サタン)について、次のように述べています。
“サタン (〈ヘ〉satan、〈ギ〉Satanas
元来は「敵対者」という意味。
 旧約聖書においてサタンへの言及はまれであるが、
ヨブ1‐2章では「神の子ら」と共に、神の前に姿を現す。そこからしばしばサタンが特別な悪としてではなく、単に御使いの一人として考えられることもあるが、サタンの活動がヨブに対して敵対するものであることは明らかである。
 彼〔サタン(筆者挿入)〕はダビデに人口調査をするように仕向け(21:1)、
大祭司ヨシュアを訴えるためにその右手に立ち(ゼカ3:1)、結局「サタンよ。主がおまえをとがめている」と言われている(ゼカ3:2)。
 また詩人はサタンが人の右手に立つことを悲惨なことと解釈し、これを報復の表現として用いている(詩109:6「なじる者」)。
 ヨハネは「悪魔は初めから罪を犯している」(Iヨハ3:8)と言っているが、旧約聖書もこれを支持している。

サタンに関する資料のほとんどは新約聖書による。
新約聖書では彼を悪魔(マタ4:1,ルカ4:3,ヨハネ8:44,使10:38等)、試みる者(マタ4:3)、誘惑者(テサ3:5)、悪い者(マタ13:19)、告発者(黙12:10)、敵(マタ13:39,ルカ10:19)、悪霊どものかしら(マタ9:34,マコ3:22)などと呼んでいる。他の表現では「この世を支配する者」(ヨハネ12:31)、「空中の権威を持つ支配者」(エペ2:2)、「ベルゼブル」(マタ10:25)などがある。

サタンは常に神への敵対者(ルカ22:3)、また神の計画を破壊する者として描かれている(マコ4:15)。
 マタイとルカはイエスの働きの初めに、そのわざをむなしいものとしようとして悪魔が誘惑したことを記す(マタ4:1‐11,ルカ4:1‐13)。悪魔の誘惑が退けられた時、「悪魔はしばらくの間イエスから離れた」(ルカ4:13)。これは後になって争いが再開されるであろうことを示唆している。
 彼〔サタン(筆者挿入)〕は悪霊に命じて人の心に住まわせ(マタ12:22‐29,マコ3:22‐27)、
イエスの弟子たちに働きかけ(マタ16:23)、
主の受難においてはサタンがユダに入ったと言われている(ルカ22:3,ヨハネ13:27)。
またアナニヤ、サッピラの心を奪い(使5:3)、宣教を妨害するなど(テサ2:18)、巧妙で活動的存在としてキリスト者のあり方に公然と敵対している(使13:10)。
 人間はサタンに自らを明け渡すことができるので、その結果サタンに属する者となり「悪魔の子ども」と呼ばれる(ヨハ3:10)。
 こうして私たちは「サタンの会衆」、「サタンの王座がある」所に住む人々について新約聖書から知ることができるのである(黙2:9,13)。

イエスがこの世に来られた明白な目的は、まさに「悪魔のしわざを打ちこわすため」にほかならなかった(Ⅰヨハ3:8.参照ヘブ2:14)。
 新約聖書の至る所で、神および善の力とサタンに導かれた悪の力との大きな戦いがあることが示されている(エペ6:12,Ⅰペテ5:8‐9)。
この戦いが激しいものであることを、ペテロは「悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています」と表現し(ペテ5:8)、
パウロは悪魔の巧妙さに注目して「サタンさえ光の御使いに変装する」と指摘している(コリ11:14)。

ゆえにキリスト者は悪魔の策略に対抗できるために、神のすべての武具を身につけることが勧められる(エペ6:11,ヤコ4:7)。
 サタンが、さまざまな「欺き」「策略」(コリ2:11)、「わな」(テモ3:7)をもって戦いを挑んでくるとはいえ、聖書は私たちが二元論に陥ることのないように留意している(参照ヨブ1:6‐12)。
 サタンは、イエスの十字架と復活によって一度打ち破られた以上、すでに敗北者なのである。
ゆえに新約聖書は、神の計画を初め、主イエス・キリスト、信仰者に敵対するサタンの姿を明らかにしつつ、同時に彼の限界と敗北を主張している。すなわち彼の力は派生的であり(ルカ4:6)、その活動は神が許された範囲でしか行えない(ヨブ1:12,2:6)。
 イエスは70人の弟子たちによる伝道の際に、勝利の予告をかいま見られた(ルカ10:18)。またサタンが「追い出される」(ヨハネ12:31)、「さばかれた」(ヨハネ16:11)と言い、サタンに対する勝利を明らかに示している。
 悪魔と堕落した御使いたちのために備えられている「永遠の火」についても語られ(マタ25:41)、ヨハネはそれが世の終りに実現する幻を見て「彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた」(黙20:10)と表現している。

宣教者の働きは人を「サタンの支配から神に立ち返らせる」ことである(使26:18)。
パウロは、イエスの勝利と、
耐えることのできないような試練にあわせることはしない神の真実と(コリ10:13)、
サタンの策略についての認識のゆえに(コリ2:11)、
信仰をもって「平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます」と言い得たのである(ロマ16:20)。

このように新約聖書におけるサタンに関する証言は明白であり、
サタンは悪意をもって常に神とその民に敵対する現実的存在である。
しかし、サタンはキリストの生涯と死、そしてよみがえりにおいてすでに敗北した者であり、この敗北は世の終りに決定的に明らかになり、御国は完成されるのである(Ⅰコリ15:24)。” (井出定治)と記しています。

<お祈り>
天のお父様。
あなたをほめたたえます。
サタンなんかいなければよいのに、と思う人も多いでしょうが、あなたは、人の思いをはるかに超えて、最善をなさるお方ですから御名を崇めます。
悪魔悪霊がいるおかげで、私たちは、自分の心がどのような状態であるのかをより詳しく知ることができるようにされました。
エペソ26の聖句にあるように、今や私たちの霊は、サタンの居場所よりも高い所に置かれていますことを感謝します。
悪魔悪霊の策略にごまかされることなく、常に主にあって勝利しながら歩み続けることができますように。
私たちの主キリスト・イエス様の御名で祈ります。アーメン。

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コメント

常に悪にうち勝てるよう導いてくださいと祈り続けます。
ヒューマニズムは厄介な事を運んでくると感じています。私もよくやっていた事ですので、今も気づかぬ内に行っている可能性があると思いますので、示された時には直ちに誤りを認めて、罪の告白をしようと思います。
キリスト者がヒューマニズムを語る時にも恐ろしい事がおきると思います。知らずになのでしょうけれども…ほんと、サタンは巧妙ですね。聖書に記されているのですから、イエス様が来るまで、千年王国が始まるまで、現代にサタンが蔓延っている事を忘れない様にしたいと思います。
イエス様が地上生活での送り方を教えてくださっているのですから、それに従って生きる事に専念したいと思います。それには、やはり学びとコミュニティが大事である事を改めて思いました。変装したサタンを見破る事ができますように。前もって「これはサタン」と気づけますようになる為には、日々、主に従って歩んでゆくことなのだと改めて思いました。

アーメン。
ハレルヤ!

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